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2021年2月8日

【優秀な若手を活かせ】ポスドク支援の課題を考える

 ポスドク問題。この言葉を聞いたことがある人は多いだろう。大学院博士課程修了後、任期付きの研究者「ポストドクター(ポスドク)」として不安定な立場にある人が多いことを指していう。そうしたポスドクへの支援はどう在るべきか。そして、東大の支援策とは。ポスドク問題に詳しい北野秋男教授(日本大学)と東大の担当者に聞いた。

(取材・桑原秀彰)

 

現状把握から支援へ

 

 2018年度の文部科学省などの調査によると、ポスドクは全国に約1万5千人存在する。『ポストドクター―若手研究者養成の現状と課題』(東信堂)でポスドクの現状を分析した北野教授は、大学によるポスドクへの支援は未だ十分でないと話す。その根底には、博士課程の院生やポスドクがすでに自立した研究者であることを理由に、自分の研究・就職活動は本人の責任の範疇であり、大学が支援する必要はない、という考えが残っているのだという。北野教授はこれに対し「競争により優秀な研究者が選抜されるのは当然ですが、常勤職に就くための支援を大学が行うことで優秀な人が一人でも多く大学に残るようにするべきです」と支援の重要性を主張する。

 

 

 しかしながら、支援を行う以前の問題として、学内のポスドクの実情を把握できていない大学が多いという。「大学が全学のポスドクの人数や実態を把握しない限り、有効な支援にはつながらないでしょう」

 

 また、日本学術振興会特別研究員やプロジェクトの研究費支援を受けているポスドクがいる一方、研究補助者などの名目で雇用されているポスドクも一定数存在する。そうした研究者は無給か、アルバイト程度の状態であることも多く、研究どころか生活に困っている場合も多い。つまりは、こうしたポスドクには研究費の支援だけでなく、社会保険・交通費の支給など、研究面と生活面の両方における支援が必要だという。

 

 では具体的にどのような支援が有効なのだろうか。北野教授は、まずポスドク支援における国と各大学の予算を増大し、その支援を手厚くする必要があることを指摘する。米国には、無休やアルバイト程度のポスドクは存在しない。また、米国と比較した場合、常勤学術職へのキャリアパス(テニュア・トラック制)が日本では不明確な点が挙げられる。米国では終身在職権(テニュア)は「教授」であっても持っていない人も多い。「現行の日本における教員採用の流動化を図り、優秀な若手を一人でも多く採用するべきです」

 

 また、米国では大学院時代にティーチィング・アシスタント(TA)、リサーチ・アシスタント(RA)などを経験し、教育者としての「準備」も行う。「研究」と「教育」の両方が重視され、大学院時代からの一貫した若手研究者・教育者養成制度ともいえるシステムが存在する。一方、日本では、米国を模倣したTA・RA制度はあるものの、一貫した若手研究者・教育者養成制度が確立されているとは言い難い。例えば、現行制度では、ポスドクは一般的には授業を担当せず、研究に打ち込める。しかし、助教・准教授などの大学教員になれば、授業担当も求められる。ポスドクと助手・助教の関係性や地位も曖昧である。「キャリアを考える際、ポスドクと助手・助教のどちらがよいか不明瞭な点も問題ですが、大学教員となるための研究と教育上のスキルの必要性を明確にすべきです」と指摘する。

 

 では実際に各大学の支援は、どのようなものであるか。国内のいくつかの大学ではキャリア設計や就職のためのスキル支援を行っている。名古屋大学では「博士課程教育推進機構キャリア教育室」を設け、院生やポスドクを対象に企業などへの就職につながる実用的なスキルを指導している。九州大学では、ポスドクの実態調査を行った上で、キャリア設計に関するカウンセリングや求人情報ウェブシステムなどのサービス提供を行っている。また、九州大学では他にも2013年度まで女性研究者の出産育児に対する支援を実施した。ポスドクや博士号取得を目指す研究者も対象となり、研究のための資料収集や会議資料の作成・整理などのために研究補助者が配置されていた。

 

 このような支援の実施は重要ではあるが、予算に関しては問題点もあると、北野教授は指摘する。「文科省や企業など、外部からの予算で支援を実施すると、予算がなくなった際に支援が続くかどうか不透明です。大学裁量の予算でも支援することが持続性を保つことになります」

 

 また、ポスドク問題の解決には、大学単独で取り組むのではなく、大学の垣根を越えた支援を行う必要もあるという。例えば、米国には「全米ポスドク協会」という、ポスドクのためのネットワーク組織が存在し、キャリア支援やポスドク同士の交流を図っている。国内でもすでに日本物理学会などがキャリア支援の活動を行っている。「各大学や学会、国、企業などが主体となり、横断的なネットワークの構築を行う必要もあるでしょう」

 

 加えて、企業や国・地方自治体などが博士人材を積極的に採用していくべきだと話す。特に人文社会科学系ではアカデミック・ポストが少なく、大学に残るのが難しいため「大学院で養成した優秀な人材の専門性を社会全体で広く活用していくべきです」

 

 最後に、北野教授は「ポスドクは日本の宝です。磨けば磨くほど、光り輝くはずです。一人でも多くの有意な人材が活躍できる場が必要です」と締めくくる。

 

北野 秋男(きたの あきお)教授(日本大学) 84年日本大学大学院博士課程満期退学。博士(教育学)。01年より現職。

 

東大における支援の実情とは

 

 東大はどれほどポスドクの実情を把握しているのか。有期雇用の教職員には主に常勤で年俸制の特定有期雇用教職員と、週35時間以内のパートタイムで時間給の(特定)短時間勤務有期雇用教職員があり、ポスドクは主にこれらに含まれる。これらの有期雇用の状況について東大の担当者に取材したところ、前者の人数は把握しているものの「ポスドク」という枠組みでの人数調査は行われていないようだ。

 

 では、大学として行っている支援にはどのようなものがあるのか。担当者によると、テニュア・トラック制を「一部の部局において導入・運用」しているほか、男女共同参画室において若手の女性研究者を対象に、学会などへの参加費用などの支援やを行う「スキルアップ経費支援」や育児・介護中の研究者に対する「研究者サポート要員配置助成の支援」を行っているという。

 

 他にも、キャリア形成のアドバイスなど細やかな支援を行っている窓口として、東京大学キャリアサポート室理工連携キャリア支援室数理キャリア支援室がある。順に全学、大学院工学系研究科・理学系研究科、大学院数理科学研究科の組織で、いずれも学部生のみならず、ポスドクや院生へのキャリア支援も担当している。東京大学キャリアサポート室ではポスドク・博士の採用に積極的な企業との合同説明会の開催やスキルアップ系のワークショップに加え、個別のキャリア相談でのアドバイスを実施しているという。また、主催するイベントの告知や有益な情報を提供するポスドク・博士対象のメールマガジンも配信している。理工キャリア支援室でも業界セミナーや企業説明会の他、個別にエントリーシートの添削や模擬面接を実施しているという。

 

 実際にどれほどのポスドク・院生がキャリアに関するアドバイスを求めに来るのか。東京大学キャリアサポート室は実数については非公開としつつも「比較的多くの方がいらっしゃいます」と回答。理工連携キャリア支援室は月ごとに30~100人の利用があり、中でも3~5月が最も多いという。

 

2021年8月17日23:36【記事修正】記事中に、全国のポストドクターの数を15万人と記載していましたが、正しくは1万5千人でした。お詫びして訂正いたします。

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