廣川信隆特任教授(順天堂大学健康総合科学先端研究機構、東京大学名誉教授)、田中庸介講師(東大大学院医学系研究科)らの研究チームは、哺乳類の体の左右非対称な発生を開始させる新しい機構を発見した。成果は7月5日付の『DevelopmentalCell』オンライン版に掲載された。
哺乳類の内臓は、右肺は三葉で左肺は二葉、心臓の右心系は肺循環に、左心系は大循環に関係するなど左右非対称性を持つ。左右非対称性は生命の維持に重要な役割を果たすが、なぜ非対称性が生じるのかについては発生生物学で長年研究がなされていた。
廣川特任教授、田中講師らは今までに、発生初期の胚の正中部に一時的に生じる凹み(腹側ノード)の中で、胚を包む胚体外液の左向きの流れ(ノード流)が生じることを明らかにしていた。ノードの左縁に存在する細胞で細胞内のカルシウム濃度が上昇し、シグナルの伝達が活性化されることにより内臓の左右非対称性が生じることも分かっていたが、ノード流がノード左縁のカルシウム上昇をもたらす機構は分かっていなかった。
研究では、細胞内のカルシウム濃度上昇に関係するカルシウムチャネルの一種であるポリシスチンとポリシスチンを構成するタンパク質のPKD1L1に着目。PKD1L1を合成するための情報を持つmRNAとPKD1L1をそれぞれ染色すると、染色像の分布が異なることから、PKD1L1がmRNAの情報をもとに合成された後にノード正中部から左側へ移動していることが示唆された。
PKD1L1を蛍光でラベリングし追跡すると、PKD1L1はポリシスチンを含む線維状の構造が撚り合わさった橋のような構造を介してノード正中部から左側へ輸送されていた。さらにノード左側に集積したPKD1L1が、ノード周縁に局在する特定のタンパク質(ノーダルタンパク質)と結合することによって、カルシウムを通すチャネルであるポリシスチンが開口し、細胞内にカルシウムが流入することが明らかになった。
成果は哺乳類の体の左右軸を決定する機構の新たなモデルとなるもの。発生生物学の根本原理に関わるという意味で非常に意義深い発見だ。タンパク質の細胞外移送をターゲットとした新しい抗がん剤の開発など、臨床応用も期待される。