東京大学新聞社では「東京大学新聞社 写真コンテスト 2021」を開催した。テーマは「学生生活」。募集期間は9月1日から10月15日までの1カ月半で、応募総数は25点に上った。作品の中には、社会人の視点から学生生活を写したものや、新型コロナウイルス感染症拡大後らしくマスクを着けた学生生活を写したものが寄せられた。今回は応募総数25作品の中で、栄えある優秀賞に選ばれた作品を発表する。(取材・黒田光太郎)
12月5日に東京大学新聞社主催の「東京大学新聞社 写真コンテスト 2021」の審査が行われた。審査員は写真評論家の清水穣教授(同志社大学)と、写真を研究テーマの一つとする今橋映子教授(東大大学院総合文化研究科)、鈴木茉衣東京大学新聞編集長(文III・2年)。今回の審査では、優秀賞4作品と次点1作品が選ばれ、優秀賞に早坂瑠花さんの『美術大学生』、橘卓見さんの『再起と反復』、六川雅英さんの『滝に舞う』、韓浜澤さんの『対岸の青春』が選ばれた。さらに、次点として六川雅英さんの『2021 年3月11日14時46分 渋谷』も選ばれた。本コンテストには、17歳から64歳までの幅広い年代からの応募があった。
本コンテストのテーマは「学生生活」。応募者の考える「学生生活」が写された作品が寄せられた。さらに、応募した写真にまつわるショートエッセイも同時に募集され、審査の対象となった。
審査の中で、今橋教授は「写真だけでなく、ショートエッセイと合わせて一つの作品と考えました。とはいえ、写真を見たとき、その写真がテーマである『学生生活』であることが分かるようなものでないと(受賞は)難しいかと。ショートエッセイとの兼ね合いがうまくいっているかどうかを見ました」と審査を振り返る。
個別の作品については「『美術大学生』は鮮やかなカラーの色使いが効いているとともに、イーゼルの向こうを入れる構図が良いです。『2021 年3月11日14 時46分 渋谷』はコロナ禍に埋もれそうであった震災10年を、自分の視座から記憶に収めようとした企図が際立ちます。画中画の構図も効いている1枚です。また『楽屋』は最後の立ち姿が良いです。「学生生活」に没入する姿がエッセイと共鳴し、写真に写る、そこから未来に歩み出すかのような若者の足が印象的でした」と評価した。
また、清水教授は「『滝に舞う』は台風の時のあまりうまくないスナップ写真、というだけだが、そこが生きた。『再起と反復』は鬱屈(うっくつ)した気分を、その正反対の被写体で表現している。『対岸の青春』は追憶の青春。もう花火の頃には戻れないことが伝わる。また『台風通学』はクラシックな白黒写真。激しい雨であるということが、向こう側が真っ白になっていることからもよく分かる」と作品を振り返った。
審査員の講評
清水穣教授
応募総数25点とはやや少なく、その中でも、例えば夕日、漁船、清涼飲料、台風、花火といったモチーフを共有する作品が目立ち、さらに無人の写真が大部分なので、あまり多様性のないコンクールになった。とはいえ、学生生活とは基本的に単調なものなのだろうとも思う。その単調な学生生活の中の非凡な瞬間にカメラを向けるのではなく、最も平凡な瞬間に、とりわけキャンパスの主役である学生や教師たちにカメラを向けることを考えてみてはどうだろうか。
突出する作品がなかったので、4点が仲良く優秀賞に選ばれた。それぞれが平凡なテーマに独自の表現を与えている。その他、クラシックな『台風通学』、若々しい親密さの『友との学び』などが印象に残った。
清水穣(しみず・みのる)教授(同志社大学)
87年東大大学院人文科学研究科(当時)修士課程修了。文学修士。『デジタル写真論 イメージの本性』(東京大学出版会)、『日々是写真』(現代思潮新社)など著書多数。
今橋映子教授
東京大学新聞社初めての写真コンテスト、ということでどのような作品が集まるのか、まずは投稿していただけるのかをひそかに心配していましたが、20 数点も応募していただいた上に、なかなか気持ちのこもった、おざなりでない写真の数々に出会えて、うれしかったです。
今回の審査では、東大生だけでなく、さまざまな年代の、さまざまな「学校生活」が精妙に反映されている映像を選びました。技術的に、映像的に「ずば抜けている」という作品は見当たらない代わりに、ショートエッセイと呼び合って見応えのする作品が多いのが特徴的だったと思います。
今回選ばれた優秀作4作品(順不同)は、美術大学生の日常を鮮やかに切り取る一枚(『美術大学生』)、鬱屈した日常を植物の生命力で恢復(かいふく)されるエッセイと呼び合う一枚(『再起と反復』)、駒場キャンパスの土砂降りをむしろ楽しむエネルギーが青春を感じさせる一枚(『滝に舞う』)、おそらく学窓を離れた幾年かを経た者だからこそ撮れる一枚(『対岸の青春』)どれもエッセイと写真の交響が見事です。次点に選ばれたのは 3.11 の10年後を、まさにその瞬間の渋谷で捕まえた一枚(『2021 年3月11日14 時46分 渋谷』)。画中画の効果もあいまって、撮る者の企図と志を精妙に収めた点で、秀逸だと感じます。
個人的には他にも、学校演劇の楽屋を組み写真で構成した作品(『楽屋』)や、二宮尊徳という「ベタ」な撮影対象に軽妙なエッセイを添えた一枚(『二宮尊徳像』)も推しました。
私たちがあまりによく知る「学校生活」は、けれども何か少しでも社会的自然的環境が変われば、すぐにでも変わり、失われる貴重な時間の集積なのだ、ということを思い知らされた2年間です。だからこそ、大事に過ごしてほしい、そしてそこで教える者の一人としては、少しでも充実した時間にしていきたいと、今、痛切に思います。
今橋映子(いまはし・えいこ)教授(東京大学大学院総合文化研究科)
92年東大大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。『フォト・リテラシー 報道写真と読む倫理』(中公新書)など著書多数。
入賞作品
優秀賞『美術大学生』(早坂瑠花)
私は高校生の頃、進路に迷っていた。進学して学びたいことは何だろう。まだ将来の夢も定まっていない私は学びたいことがパッと浮かぶはずもなかった。私は気の進まない受験勉強をしている合間の時間で、絵を描いたり動画制作をしたりしていた。思い返せば、私が興味あるのは、本当に好きなものは、学びたいことは、創り出すことかもしれない。と気がついた。その日から美大を目指し、無事合格し、現在に至る。大学は手を動かす創作活動ばかりで楽しいかと思いきや、論文を書いたり計算したり頭を動かすことも意外に多く、大変だなと思う日々が続いている。私はまだ大学一年生。残りの期間も他大学では吸収出来ないような事を沢山経験していきたい。
優秀賞『再起と反復』(橘卓見)
対象を愛すること。ある被写体がずっとそこに在り続けるのならば、撮る人は忍耐と責任を持って最も良い角度を探し出し、最高の瞬間を選ばなければなりません。初夏、平板な蓮(はす)の葉が凄(すさ)まじい勢いで繁茂して、直立する立葵(たちあおい)は鮮烈な色彩を纏(まと)っています。鋭角に差す陽光に浮かび上がる丈夫そうな葉脈と背丈をゆうに超す花茎。大学からの帰り道、池全体に漲(みなぎ)る生命力がどこか憎らしく思われて、その時には既に私は救われていたのでした。
優秀賞『滝に舞う』(六川雅英)
七月のある日、研究室で本を読んでいると、どこか遠くで雷鳴が轟(とどろ)いていた。ぽつりぽつりと窓の外に聞こえてきて、次第に滝の音になり、駒場は水没した。外に出ねばならない。日傘を手にした友人たちと階段を駆け下りて、自動ドアから飛び出して、あたりが沈んでいくのを見届ける。私たちは非日常を楽しみ、日常に舞っていた。
優秀賞『対岸の青春』(韓浜澤)
小雨の日。
川沿いを歩いたら、対岸に花火で遊んでいる人たちを見つけた。
風で花火の煙が自分の方に流れている。風の中に微(かす)かに青春の匂いがした。
次点『2021年3月11日14時46分 渋谷』(六川雅英)
東北地方太平洋沖地震から10年の日、私は渋谷の街にいた。この日、この時間に人は何を考えるのか、この街の人間を観察すればわかる気がした。マスクをつけた人々は、忙しそうに交差点で止まり、歩んでいく。私はスマホを構える。遠くでサイレンが鳴った気がした。いや、まったく気のせいだったかもしれない。何事もなく交差点で止まり、歩んでいく人々。忘れぬように、フィルムカメラでスマホの画面を写真に収めた。タイムスタンプが無いと忘れてしまいそうで。