人工知能の応用で世界的に注目を浴びているベンチャー企業、プリファードネットワークス。トヨタ自動車やパナソニック、ファナックといった大手メーカーや、京都大学iPS細胞研究所などと共同研究を進め、AIの分野で「グーグルの先行く」(日本経済新聞)と高い評価を得ている。
東大の大学院を修了した同期二人が立ち上げたベンチャーが、これほど速く成長し続けている要因には、成功した分野に固執せず、「技術的に面白い」 分野にすぐ舵を切る意思決定の迅速さがある。社長の西川徹さんへのインタビュー後編では、このような経営理念を育んだ、西川さんの青春時代に迫った。
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――小学生のときからコンピューターが好きだったそうですが、コンピューターの何が西川さんを惹きつけたのでしょうか。
コンピューターが一台あれば、何もないところから何でも作れるというのがとても面白かったんです。初めは、小学生向けのコンピューターでゲームを作ったのがきっかけでした。そのときはコンピューターの処理能力とか分からなかったので、想像力さえあればどんなゲームでもタダで手に入ると思っていた(笑)。そこからコンピューターの可能性を考えるようになりました。
僕が中学生のころは、ちょうどマイクロソフトが力を付けてきた時代でした。それまでのビジネスは、モノを買って組み合わせて利益を出すというのが基本だったのに、マイクロソフトはソフトウェアという簡単にコピーできるもので莫大な利益を生み出していて、その得体のしれないものが世界中のコンピューターに入っている。それがとても印象的でした。
中高(筑波大学附属駒場中学・高校)では、パーソナルコンピューター研究部に所属して、文化祭に出店するゲームを作っていましたが、途中からゲームを動かしている仕組みそのものに興味が移っていったんです。プログラミング言語はなんで動くのかとか、オペレーティングシステムって何なのか。そういうことを調べるようになった。
コンピューターから離れた東大1、2年生
学部1,2年生のときは遊んでばかりいましたね。ドイツ語で赤点をとるなど、成績は悪かったです。専攻する学科を決める進学振分けのときも、希望の学科が例年より多く学生を取ったおかげでギリギリ行けたというような具合で(笑)
――1、2年生の時に勉強以外のことから得たものはありますか?
山を走るオリエンテーリングのサークルや、エレクトーンのサークルに入っていたんですが、やはり人が集まれば揉め事もあります。そういった複雑な人間関係について勉強できたのは、いま組織をやっていくにあたって良かったなと思っています。組織を経営していくうえでも、人工知能を研究する上でも、人間の難しさは感じます。
専門に進んでからは、面白い授業にしか出ないで楽しみながら勉強していました。マイクロプロセッサーからコンパイラまで全部自分で作って、できたものの速さを皆で競い合う授業があって、負けず嫌いなこともあってとても面白かったですね。それが大学院での研究につながりました。
もし自分が大学1年生だったら何を学ぶか
――もし今の西川さんが大学生だったらどんなことを勉強しますか?
コンピューターサイエンスは最低限の知識として必要です。ただ、コンピューターサイエンスを色んな産業に生かしていくということが今後重要になってくるので、アプリケーションの側、つまり応用する側を同時に勉強していくことが重要ですね。今の仕事の中心となっているのはロボットですし、航空や宇宙の分野、ライフサイエンスにも人工知能を生かせないかということもやっています。
大学ではコンピューターのことばかりやっていましたけど、今考えてみると、ロボットの勉強もしておけばよかったと思うし、航空や宇宙、医学や薬学も勉強できればよかった。病気の研究にしても創薬にしても、最近は扱うデータがどんどん高次元で複雑になっているので、コンピューターの力を借りないと研究できません。今後は、バイオとコンピューターなど、2つの領域を扱えるような人が求められていくのではないでしょうか。
僕たちも最近はバイオに力を入れていて、東大のアントレプレナープラザにオフィスを作り、ゲノムを解析する装置を入れることが決まりました。バイオサイエンス系の実験は企業ではなかなかできないのですが、大学だとやらせてくれる。もし自分が大学生に戻れるのなら、企業だとできない危ない実験をたくさんしたいですね(笑)。
――優秀な人材が欲しい企業側として大学生や若手エンジニアに期待することは何ですか?
一つは、常に勉強し続けないといけないということです。いくら今優秀なエンジニアでも十年後にも同じ能力だったら、この技術の移り変わりが早い世界では決して活躍できません。成長速度、知識の吸収、好奇心がとても重要です。
もう一つは多様性を理解できること。自分が見えている世界だけでなく、見えていない世界に重きを置けることが重要。自分の知らない技術と、自分の分野とを融合していくことで、新しい分野を切り開いていくことが出来る。そういうメンタリティーが大事ですね。
自分の能力の限界を決めるな
――大学生や東大を目指す高校生へのメッセージをお願いします。
サークルでも勉強でも、自分がやりたいこと、面白いと思えることをやればいいと思います。楽しくないと情熱も入らないし、創造力も沸き立てられない。
僕は、何が楽しいのか分からなくなったとき、本屋に行って面白いものを探していました。文系の本も理系の本もいろいろ見てみると、どういう分野があって、どういうものに自分が興味をもつのか分かってくる。本屋で得られた影響は大きいですね。あとは、東大の中に色々な研究室があるので、オープンキャンパスとかオープンラボの機会を利用してください。
また、熱中できなければどんどん分野を変えてもいいと思います。今やっていることにこだわらない方がいい。僕らは今ロボットに力を入れていますが、それは去年からなんです。あるとき、ファナックの工場を見学してロボットがあまりにも進んでいることを目の当たりにして、帰りの車で共同創業者と「もうこっち行こうよ!」と即断しました。
自分がこっちの方がいいかなと思ったら、今まで積み重ねてきたものを捨てることも厭わない。日本人って特に、過去の蓄積を捨てるのがとても苦手ですよね。今まで文系でやってきたからこれからも文系じゃなきゃ、という意識がある。でも海外を見ると、哲学を専攻していた人が、急にコンピューターサイエンスをやって、その後バイオやってということがある。自分で能力の限界を決めつけないほうがいいと思います。
本当にやりたい、オモシロイと思えるものがあったら、そっちにシフトしてもいい。そういった冒険ができるのは大学生のうちだと思います。
(取材・文:須田英太郎 写真:小川奈美)
この記事はGCLプログラムとの共同企画です。