インタビュー

2016年7月24日

人工知能のその先へ 「グーグルの先を行く」プリファードネットワークスが描く未来

 トヨタ自動車から10億円の出資を受けるなど、AIの分野で「グーグルの先を行く」(日本経済新聞)ベンチャー企業として注目を集めているプリファードネットワークス。東大の大学院を修了した同期二人が立ち上げたベンチャーが、これほど急速に成長することができた要因には、射程にある分野の多様さと、意思決定の迅速さがある。

 

 AIの利用が一般化していく世界では、「知能と知能をつなぐネットワーク」が重要になると考える西川徹社長。自分自身やプリファードネットワークスの役割を何に見出しているのだろうか。「コンピューターサイエンスだけに注力していては、人工知能の今後を考えることはできない」。そう語る西川さんに、AIの最先端を進む企業として、自身が担うべき役割を聞いた。

 

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人工知能の強みを活かすネットワーク

 

――人工知能やディープラーニングが絵に描いた餅ではなく、実際に産業で活用されるためには何が必要なんでしょうか。

 

 僕たちは人工知能を使って、ロボットや自動車などの機械を賢くすることをミッションにしていますが、その先に想定しているのは、機械同士が賢くつながる世界です。人間が複雑な仕事をするときも、一人一人の能力の高さだけでなく、その能力を上手く組み合わせることが重要ですが、機械はリアルタイムに情報をやり取りすることに優れているので、協調し合うことで人間以上に複雑なタスクを迅速にこなすことができるようになります。

 

 今は人工知能など「知能」がフォーカスされていますが、これからは知能と知能をつなぐ「神経」のようなネットワークが重要になってきます。プリファードネットワークスという会社名に、複数のネットワークという言葉(ネットワーク“ス”)を用いたのは、インターネットと神経ネットワークの2つの技術・研究を融合して、ネットワークそのものを賢くしていこうという意図なんです。

 

 

――知能だけでなくネットワークを賢くするというのはどういうことですか?

 

 例えばいくつもの産業用ロボットが稼働している工場を想像してください。それぞれの産業用ロボットが決まりきった仕事しかしなければ、一台壊れるとそこでシステムが止まってしまう。でもロボット同士がつながって、リアルタイムにネゴシエーションしながら仕事を分担していれば、一台が不調でも製造ラインが止まることがない。

 

 また、工場全体のどの仕事をどのロボットに任せればいいのかということを、工場全体が学習することもできます。生産すればするほど、生産効率が上がっていくようなシステムができる。これは、交通システムでも同じです。信号機や道路のカメラ、自動車同士が協調して、システム全体として事故や渋滞が起こらないように最適化することができる。

 

 現在、こういった工場の生産ラインや信号機・車の制御は、人間が局所的に見られる情報で判断しながら、経験と勘にもとづいてシステムを作っています。ただ、人間は同時平行で情報を処理するのが苦手で、たくさんの情報が同時に来たときに、それを経験と勘で処理することはできないんです。

 

 

――人間のコミュニケーションと機械のコミュニケーションとの違いにはどのようなものがあるんでしょうか。

 

 機械の良さは、「脳みそ」の状態を正確にコピーすることができることです。Aというロボットが経験して学習したことを、BというロボットやCというロボットにコピーすることができる。人間の場合は、それぞれの人が個別に学習しなきゃいけません。人の振り見て我が振り直せとは言うものの、自分で経験してみないとなかなかできるようにはなりませんよね。

 

 ロボットの場合は、他のロボットが経験したことをあたかも自分が経験したかのように振る舞うことが出来るわけです。こういうカーブはこういうふうに曲がったら車体をこすっちゃうんだなというのを、初めから知っているわけです。そしたら次の学習は次の段階から進めることが出来る。

 

 こういった、空間を超えて知能をコピーすることが出来るのがAIの強みです。だからこそ、機械と機械をつなぐネットワークが重要になります。こういった人間にはない特性を活かした人工知能が、これからの産業のカギになってきます。

 

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ソフトとハードが融合すると世の中はもっと面白くなる

 

――プリファードネットワークスは、産業機械メーカーのファナックやトヨタ自動車といったハードウェアを作る企業と提携を進めていますが、これにはどういった意図があるのですか?

 

 ハードウェアはソフトウェアを通して、もっと進化させられると考えています。今のロボットは、制御プログラムがそれほど複雑ではありません。AIを用いて制御プログラムを進化させれば、ハードによってできることがもっと増える。

 

 例えば人間の手ですが、トングを使って物をつかむとき、制御できるパラメータはそんな多くないのに簡単に物をつかめますよね。でもあれを、モーター付けてロボットでやろうとすると難しい。私たちが簡単にできるのは、人間のソフトウェアとセンサーが優れているからなんです。

 

 ソフトとハードを融合すると世の中はもっと面白くなる。東大にもロボットをやっている研究室はありますが、専門分野の中で独自の文化や考え方があって、ソフトとハードの専門家が、円滑にコミュニケーションを取りながら研究を進めることはなかなかできません。

 

 僕は、コンピューターサイエンスを学んできた者として、ソフトウェアの立場からハードウェアの人たちに歩み寄っていくというのが、自分のミッションだと思っています。

 


グーグルが苦手なもの

 

 自動車や産業用ロボットといったハードウェアを作っている会社と仕事をするメリットは、僕たちがそのハードウェアを深く理解して、そのハードウェアで動く知能を作れるということです。

 人工知能分野には、グーグル、フェイスブック、IBMといった競合がいます。とくに注目されているのはグーグルですが、グーグルは研究の成果物を事業に落としこむのが苦手で、ハードの部分を重要視していない印象があります。ソフトウェアを賢くすれば自ずとハードウェアも強くなるだろうというスタンスです。

 

 グーグルでロボット分野を主導していたのは、アンドロイドを作ったアンディ・ルービンでしたが、2014年に彼が退職してからは、ハードへの力が落ちています。2016年には、「蹴られても転ばない犬型ロボット」などでも 有名なボストン・ダイナミクスを売却しようとしているというニュースも流れました。

 

 これから僕たちが果たしていかなくてはならないのは、このようなソフトとハード両方を扱える会社として、さまざまな産業を人工知能でつなぐ神経ネットワークのような役割だと考えています。

 

社内には産業用ロボットも
社内には産業用ロボットも

 


分野横断が強みになる

 

――分野を横断することの強みという話ですと、東大医学部を卒業して、医学的に正確な身体のCGグラフィックスを作っている瀬尾拡史さん は、西川さんの中高の後輩だとか……

 

 そうなんです。筑波大学附属駒場中学・高校のパーソナルコンピューター研究部の後輩です。僕が中3で部長をやった年に、瀬尾くんが1年生で入ってきた。僕が高2で引退するまで一緒に活動していました。

 

 それまで、うちの部活は、皆ばらばらにゲームを作って文化祭に出店するなどの活動をしていたんですが、僕が部長をしていた代から、皆で同じテーマを決めて一緒に研究をした方が部活として楽しいよねという方針になりました。そのとき扱ったテーマがCGだったんです。

 

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“CGで医療を変える”:東大医学部卒サイエンスCGクリエイター瀬尾拡史さん前編

 

――世界最大のCG学会で賞をもらってしまうような瀬尾さんの、CGとの出会いはそこにあったんですね。瀬尾さんはよく、「自分は医者としてのスキルは低いし、CGでもちゃんとした芸術家ではない。どの分野でも二流なんです」 という言い方をしていましたけど、これは一つの分野を突き詰めること以上に、分野を横断して深めることが強みになるというようなメッセージだと、僕は受け取りました。

 

 そうですね。分野横断が強みになるというのは、人工知能研究でも同じです。今のAI研究には、人の言葉とは何かを考えるといった、計算機科学では捉えがたい部分がある。自分がやっていることが正しいかどうかは、遠くから見ると分かりませんし、色々な分野を見ることによって、自分の得意な分野を伸ばすことも出来ます。

 

 もともと今の会社を、岡野原という学科の友人と創業したんですが、僕は最初、彼がやっていることが全く分かりませんでした。僕はずっとコンピューターを速くするとか、バグが起こらないようにする研究をしていましたが、彼は同じ情報理工学系研究科でも「人の言葉を理解しましょう」というより抽象的な研究をしていた。当時僕は、それをとてもフワフワしていて分かりづらいと感じたんですが、世の中で必要とされている技術は明らかにそっちに向かっていたんですね。

 

 ディープラーニングを扱うときは、そういった理論的な部分の他にも、アルゴリズムを速く大規模に動かすための分散システムとか並列コンピューティングの知識、半導体やプロセッサーの設計についても、詳しく知らなければいけません。ハードウェアの知識もソフトウェアの知識も持っていないと何も出来ない世界になってきている。そういう意味では2つの分野で伸ばしていた能力が、あるとき融合して新しい専門分野になっていっていくというようなこともあると思います。

 

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人間の知能の本質。脳科学に起こる革新とは?

 

――人工知能の理論の話が出てきましたが、人間の知能の本質ってなんだとお考えですか? それは今後どのように解明されていくのでしょうか。

 

 子供を見ていて思うのですが、人間は少ない量のデータから演繹的に仮説を生み出す能力が非常に優れています。自然言語の習得でも、人工知能は膨大な量の会話を学習させないといけないのに対して、人間の子供はインプットが少なくても突然二単語連続で発話するようになって、こんどはすぐに会話もし始めるようになる。十分なインプットがあったとはとうてい思えません。

 

 こういった人間の知能に関する研究にも、今後力を入れていきたいと思っています。脳の研究をするには脳がたくさんなきゃいけないんですが、人間の脳にいろんな刺激を与えてデータを取るという実験はあまりできません。今までは、脳に損傷を受けてしまった人とか、脳に先天的な疾患がある難病の人に協力してもらって、なんとか少ない実験が可能になっていました。

 

 そこでキーになってくるのは、iPS細胞の技術ではないかと考えています。iPS細胞から神経細胞を作って、それに色々なデータを入力するという実験をすれば、より多くのデータから脳に迫ることが将来的にはできるようになるでしょう。それだけでなく、創薬やがんの研究などにおいても、iPS細胞は重要な役割を担っていくことは間違いありません。iPS細胞への理解を深めるために、現在、私たちは京都大学のiPS細胞研究所(ノーベル医学・生理学賞を2012年に受賞した山中伸弥博士が所長を務める)と共同研究を行っています。

 

 こういった脳の仕組みの解明のためにも、人工知能は役立っていくと思います。僕が大学院にいたとき、先生が「コンピューターの処理速度があと10の26乗速くなれば、人間の脳と同じくらいになる」と言っていました。僕はそれを受けて、どうすれば処理速度が速くなるかを考えていたけど、その一方で、共同創業者の岡野原は、知能について考えていたんです。

 

 そのとき夢想していたような未来の世界に、世の中が近づいてきた印象がありますね。

 

(取材・文:須田英太郎 写真:小川奈美)

この記事はGCLプログラムとの共同企画です。

後編→ これからのエンジニアに求められるもの プリファード西川徹さんの青春に学ぶ

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