小林和弘さん(博士課程・当時)、草木迫司助教、濡木理教授(いずれも東大大学院理学系研究科)らの研究グループはクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析で、副甲状腺ホルモン1型受容体(PTH1R)に薬剤分子PCO371とGタンパク質が結合した立体構造を明らかにした。成果は6月7日付の英科学雑誌『Nature』に掲載された。
細胞には細胞外の特定の物質と結合できる受容体というタンパク質があり、ヒトのほぼ全ての生命現象が各種受容体に制御されている。Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は生物の細胞膜を貫通している受容体で、最大の創薬標的となっている。GPCRは、細胞外領域で特定の物質を受容すると活性化し、全体構造が変化することで、細胞内領域にGタンパク質やβアレスチンといった分子が結合し、薬効や副作用につながるさまざまな情報伝達をする。
今回、小林さんらはGPCRの一つであるPTH1Rに注目。PTH1Rは骨の形成や維持に必須で、体内のカルシウム濃度調整に関わり、機能不全はさまざまな疾患につながる。PTH1RにおいてGタンパク質による情報伝達は薬効をもたらすが、βアレスチンは副作用をもたらすことが知られている。近年、薬効につながる情報のみを伝達できる作動薬が開発され、副作用を起こさずに治療効果を得ることが期待されている。低分子を受容するGPCRでは創薬がうまくいっていたが、副甲状腺ホルモンのような大きな分子を受容するPTH1RなどのGPCRに対する薬剤の設計指針はなかった。
中外製薬の開発したPCO371は非ペプチド性のPTH1R作動薬として知られており、小林さんらはクライオ電子顕微鏡を用いて、PCO371の作動状態を観察。PCO371が既存のGPCR作動薬とは異なり、細胞内でPTH1Rと結合していることに加え、Gタンパク質とも結合していることを発見した。PCO371は細胞外領域の構造変化を起点とする既知の機構ではなく、細胞内に侵入しPTH1Rの細胞内のポケットに入り、直接構造変化させることで活性化させるという新規メカニズムを持つことを見出した(図2)。
続いて、細胞内でのそれぞれの分子への情報伝達を解析すると、PCO371は結合する三量体Gsタンパク質のみを選択的に活性化し、薬効のみをもたらすことが分かった。この発見で、低分子薬物を用いてGPCRの細胞内領域を直接活性化し、薬効をもたらす情報伝達のみを作動させる手法の可能性が示された。PTH1Rの関わる骨粗しょう症といった疾患の治療薬開発、その他細胞内ポケットを持つGPCRに対し、副作用の低減した薬剤開発に役立つことが期待される。