報道特集

2025年2月15日

東大とガザ【前編】大学はパレスチナ問題とどう向き合うか

 

 2023年10月に始まったパレスチナ・イスラエル間の武力衝突は、15カ月にわたる戦闘の末、今年1月19日に停戦が発効した。徐々に人質の解放が進んでいる一方で、ガザ地区では人道的危機が今もなお続く。東大では、学生や教職員による即時停戦を求める署名活動、学習ゼミ、連帯キャンプなど、多様な活動が展開されている。前期教養課程でのパレスチナ問題に関する授業の開講や、大学院情報学環でのアルジャジーラ(中東・カタールの衛星テレビ局)とのVRコンテンツの共同開発など部局単位での取り組みは見られるが、大学としての声明はまだ発出されていない。東大で広がる連帯の動きに、大学はどう応えるのか。(取材・渡邊詩恵奈)

 

【後編はこちら

 

 2023年10月7日、イスラム組織ハマスはイスラエル南部に対して大規模な攻撃を開始。約1,200人のイスラエル人が犠牲となり、約250人が人質として拘束された。この攻撃を受け、イスラエル政府は直ちにガザ地区への大規模な軍事作戦で報復した。ハマスが運営するガザ保健当局は、この作戦で現在までに4万7310人以上が殺されたとしているが、実際の死者数は7万人を超えると推定する報道もある。イスラエル国防軍(IDF)はガザ地区やハンユニスなどの主要都市に対して地上攻撃を実施し、ガザ地区全域で複数回の避難指示を発令。23年11月24日から12月1日にかけて、イスラエルとハマスは一時的な停戦に合意したが、その後も衝突は断続的に続いた。昨年5月末にイスラエルは数十万人の民間人が避難していたとされるパレスチナ南部のラファへの本格侵攻を進め、国際的な非難の対象となった。15カ月に及ぶ戦闘の末、今年1月19日に両者は停戦合意を発効した。しかし、継続的な軍事行動でガザ地区では、多数の民間人が犠牲になっただけでなく、インフラの破壊や食料や水の不足による人道的危機が今もなお続いている。

 

 米国や西欧諸国の中にはイスラエルの自衛権を支持する声もあったが、国際社会は当初からイスラエルによる侵攻に懸念を示し、特に民間人の被害拡大や人道的状況の悪化に対する非難の声が高まっていた。南アフリカは23年12月と昨年5月に、それぞれイスラエルの行為のジェノサイド条約違反認定、ラファでの軍事作戦の即時停止を求めて、イスラエルを国際司法裁判所(ICJ)に提訴。昨年9月には国連総会で、パレスチナの占領状態終結を求める議案が日本を含む賛成多数で可決され、11月21日には国際刑事裁判所(ICC)が、ガザ地区での戦闘をめぐり戦争犯罪や人道に対する犯罪の疑いで、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相、ヨアヴ・ガラント前国防相、ハマス軍事部門トップのモハメド・デイフ司令官ら3人に逮捕状を出した。イスラエルは国際社会の中で外交的に厳しい立場に立たされつつある。一方で米ドナルド・トランプ大統領はガザの「一掃」のためにパレスチナ・ガザ地区に住むパレスチナ人について、エジプトとヨルダンに受け入れを求める発言をするなど、米国は今なおイスラエル支援の姿勢を示している。

 

 1月19日から始まった停戦と人質解放は今後3段階に分かれて行われ、第1段階(6週間)でハマス側は人質33人を毎週数名ずつ解放し、イスラエル側は刑務所に収監されているパレスチナ人を段階的に釈放する。この期間中に人道支援物資の搬入やガザ地区にある医療施設の改修も行うという。停戦発効後、計4回の人質解放でハマスはイスラエル人13人とタイ人5人を解放し、イスラエルもパレスチナ人約400人を釈放した(2月1日現在)。しかし、解放予定の人質のうち8人がすでに死亡していることが明らかになり事態の複雑さを浮き彫りにした。イスラエルは1月30日には国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のイスラエル国内での活動を禁止したほか、政府や政府関係機関がUNRWA側と接触することを禁じる法律が施行された。これにより30日以降、食料や支援物資のUNRWAによる搬入が困難になると見込まれる。UNRWAのジュリエット・トーマ広報官は、この非常に脆弱ぜいじゃくな停戦の運命が危険にさらされ、重大な危機に陥るだろうと懸念を示している。

 

東大で続くパレスチナ連帯の動き

 

パレスチナ/イスラエルにおける即時停戦等を求める東京大学学生・教職員による署名

 2023年10月以来パレスチナ・イスラエル問題について学び直したり、デモに参加したりする中で、大学内で何か行動を起こしたいと思い活動開始。署名活動を通じて新たな関心を引き、さらなる活動に向けた前例作りを目指した。アカデミックボイコットの中東研究への影響については判断できなかったが、問題が解決しないからといって何もしないのは言い訳に過ぎないと感じ、署名活動を始めた。昨年3月4日の東大本部への1次提出では、99名(学生92名、教職員7名)の署名を大学総長・各学部長に提出した。東大当局からパレスチナ/イスラエル問題に関するアクションが見られなかったため、一次提出から増加した分も合わせた計166名(学生147名、教職員19名)の署名を10月14日に東大駒場パレスチナ連帯キャンプの要望書と合同で2次提出をした。大学総長の年頭挨拶ではパレスチナ問題に触れられたものの、声明としては不十分だったと感じたという。東大当局にパレスチナ/イスラエルに関する声明を出させることに加え、学生・教職員が公的に意思表明を行う機会を提供することも署名の重要な目的だという。具体的な要求事項として東大が即時停戦を求める声明を発出することなどの9項目を提示した(詳細はこちらを参照)。 

 

 侵攻開始から1年以上が経った現在も、パレスチナの人々が故郷で安心して暮らすことができるようになるまで、声を上げ続け、不公正の存在を主張し続けたいという思いから活動を続けているという。本署名が署名としてできることはごくわずかだが、キャンパスのあちこちでいろいろな活動が続いていることを頼もしく思っている、と語った。仮に恒久的な停戦が成立しても、ガザ地区の壊滅的な状況やヨルダン川西岸の攻撃は続いており、停戦合意だけでは問題は解決しない。署名は即時停戦の要求に加え、パレスチナ人への暴力を批判し、国際社会の応答責任を求める内容でもあるため、活動終了の目処は未定だという。

 

 「ガザの死者数は64000人に上るという報告もあります。本署名を初めて知った方は、ぜひHPで声明文や解説を読んでみてください。パレスチナ/イスラエルの現状について知るコンパクトな入口になるはずです。もちろん署名も受け付けています。仮に停戦が実現したとしても、パレスチナ人の暮らしに国際社会が関心を持ち続ける責任があります。この記事を通してパレスチナのために何かしたいと思った方へ、最も手軽で効果的な運動として不買があります。イスラエルによる入植を支援している企業や、入植地産の農作物を使用したレモンサワーやジュースなどが不買の対象です。選択の自由がある方は、買わないという選択をしていただきたいです」

 

2024年10月14日に東大本部へ署名の二次提出を行った際の写真(東大駒場パレスチナ連帯キャンプとの合同提出)(写真はパレスチナ/イスラエルにおける即時停戦等を求める東京大学学生・教職員による署名提供

 

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パレスチナ/イスラエル問題学習ゼミ

 駒場Iキャンパスでのパレスチナ問題に関するイベントで知り合った2人の学生が「関心があっても具体的な行動の起こし方が分からない、基礎から学べる機会がない」との問題意識からゼミを企画したのが始まり。話し合いの中で学生団体設立を決意し、気軽に学べる講義セッションと、深く考えを表現したい人向けの対話セッションの2本立てで、幅広い層にアプローチすることを目指した。

 

 ガザ地区を中心としたパレスチナの惨状に危機感を抱き、停戦を願いながらも、運営内には「親パレスチナ」「親イスラエル」といった二項対立に収まらない多様な立場が存在している。誰かの思想を一概に判断する姿勢こそが分断を生むと感じた運営メンバーは、立場の違いを隠さず、妥協のない対話を通じて自らの立場を見直す場を作りたいと考え、参加者に特定の政治的立場の促進や共有を求めず、多様な意見や立場が尊重をもって表現される場を提供することを目指したという。

 

 講義セッションにはパレスチナ地域や法学など多様な研究分野の専門家を招いた。オンライン・対面のハイブリッド形式で、学生を中心に30〜40人が参加し、質疑応答を通じて活発な議論が行われた。対話セッションは最大10名程度が集まる小規模な対話の場で、グラウンドルール(参加者の守るルール)の確認後、参加者の関心に基づいてトピックを決定。最小限の司会進行でその場の流れを尊重するよう意識した。「このような機会が世界を変えると思う、成功を祈っている」「この場に来て、初めて自分の考えにもこんなに揺らぎがあると気付くことができた」と参加者から声を掛けられたのが印象的だったという。

 

 今後、講義セッションの文字起こしや、1月24日・31日の対話セッションでの参加者メッセージ、運営内対談を収録したZINEを作成予定。来年度の五月祭では、ZINEの販売や参加者のメッセージ展示を検討している。

 

 「「パレスチナについてニュースでたまに聞くけれど、忙しくて情報収集する時間がない」「たくさんの人が亡くなっているのは悲しいけれど、自分が時間を割いて行動を起こそうと思えない」「デモをたまに見かけるけれど、少し苦手意識があるし、やっても意味がないのではないかと思ってしまう」弊ゼミは、そんなことを感じている皆様のためのものです。遠い世界の出来事のようだけれど自分たちと繋がっているイスラエル/パレスチナの問題について知り、語り合うために少しだけ時間を割いてみませんか。もちろん、今までたくさん勉強して、行動して、その上でもっと学びたい、語りたい、という方も大歓迎です。皆様のご参加をお待ちしています」

 

第1回講義セッション『パレスチナ問題の100年と現在』(鈴木啓之先生)(写真はパレスチナ/イスラエル問題学習ゼミ提供)

 

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パレスチナ連帯キャンプ

 東大生や訪問者の問題意識を喚起し、SNS上でコロンビア大学への「連帯」を示すことで、世界的なムーブメントに続くことを目的に芝生広場でキャンプを実施。キャンプは抗議活動だけでなく、パレスチナへの思いを共有する場でもあるという。主な活動は東大当局への抗議や要求文書の提出。「行動を起こさない」という大学側の返答も多く、回答がないこともあった。キャンプでは、ダイイン(犠牲者を擬して横たわり抗議を表明する行為)や合唱、立て看制作体験、読書会、本読みデモなどを行い、5月にはナクバデイ(パレスチナ人の多くがイスラエル建国に伴い土地を追われ難民になったことを嘆く日)に合わせてデモが開催され、約500名が参加した。秋には音楽イベントも開催し、関心喚起のために五月祭や駒場祭でステッカーやビラの配布も行った。

 

 ガザの苦しみは2023年10月に突然始まったわけではなく、停戦が実現しても、ガザの人々がすぐに人間らしい希望ある生を得られるとも限らない。そういった意味で「パレスチナ問題」に長いスパンでの取り組む活動が必要だと考えているという。

 

 「私たち東大パレスチナ連帯キャンプは、既に発足して7ヶ月になろうとしています。こんなにも長く続くなど、当初は誰も考えていませんでした。それがここまで続いたのは、東大生や東大の教員はじめ、様々な方にご支援いただき、パレスチナ連帯の「場」を創造することができたからです。関心はあったけれど…と言いながらキャンプを訪れてくれた方、遠巻きでもキャンプの存在を意識しパレスチナってなんだろう?と考えてくれた方、それら全ての人々に向けて私たちは活動してきましたし、これからもそうです。現在はキャンプを畳んでいますがイベントなどに精力的に取り組んでおり、これからも連帯を忘れず、パレスチナの人々のための活動をしていきたいと考えています。」

 

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研究室の「連帯」と大学の対応

 本郷キャンパスの文学部2・3号館の一部の窓には、パレスチナ連帯を示す張り紙がはられている(写真)。その多くは学生有志の提案によるもの。フランス文学研究室の学部生が一人で図書館前の広場に面した窓のみに掲示したのがきっかけで、他の研究室の大学院生を含めそれに共感した学生が張り紙をコピーし、法文2号館に面した窓や図書館脇のけやき並木に面した窓にも掲示。他の研究室を訪問し掲示を依頼することもあったという。フランス文学研究室以外に宗教学研究室でも大学院生2人の呼びかけにより、昨年6月からパレスチナ連帯の張り紙の掲示が始まった。他研究室との組織的な関連はなく、既存の掲示を参考にしつつ独自に実施したという。

 

 一方で大学としては、藤井総長が今年の年頭挨拶でパレスチナ問題に触れたほか、教育誌Times Higher Educationに寄稿し、紛争解決での学術の重要性を訴えた。紛争により学修や研究の継続が困難となった学生や研究者への支援策も検討中だという。

文学部3号館(本郷キャンパス)に掲げられている「STOPGENOCIDE」のメッセージ。昨年の春ごろからの掲示。夏休み中からパレスチナ国旗も掲げられている(撮影・渡邊詩恵奈)

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