後期日程も含めて受験の結果が出そろい、進学や浪人など新しい道にすでに進み始めている時期。一方で、受験に対して不完全燃焼な思いや不安が拭えない人も少なくないだろう。浪人を嫌って併願校に進学したが、受験の悔しさから立ち直れない。強烈な志望理由はない自分が浪人しても第一志望に受かるだろうか。大学生活や浪人生活が進む中で新たな不安や後悔にさいなまれることもあるかもしれない。もっと頑張らないと受からないのではないか。息抜きを挟みすぎてはいないか。一度大学に入学したら途中からの再挑戦は難しいのか。一人でいくら悩んでもどうにもならない。経験者の話を聞いてみるのはどうだろう。(構成・新内智之)
アンケートで探る実際の浪人生活
東京大学新聞社では浪人経験のある東大生を対象にアンケートを実施。29人から回答を得た。そのうち、合格時の科類は文科16人、理科13人。1浪が15人、2浪以上の多浪経験者が14人だった。
浪人の形態について、多浪では、2浪目や3浪目で仮面浪人に切り替える人が半数だった(今回は、初め浪人する意思がなかった場合にも、他大学に所属しながら東大を受験した人はすべて仮面浪人とした)。「第一志望への未練はあるが、もう一年頑張るのはきつい」という人にとって、大学に行きながら挑戦しても良いというのは希望になるだろう。
仮面浪人を決めた時期は合格発表直後が約半数だったが「夏休み(7~9月)」「未練が残っていたので、実際に受験するかは分からなかったがとりあえず出願だけした」という人もいた。
三つまで複数回答可能(*)という条件の下、現役生時代に東大を志望した理由も聞いた。「漠然と1番の大学に行きたいと思ったから」が21人いた一方、「教員や雰囲気、研究・教育の内容に魅力を感じ、東大に何としても入りたかったから」は9人だった。現役生当初の浪人意思の強さを聞く質問では、併願校に受かれば浪人するつもりがなかった人も9人いた。東大への強いこだわりがなくとも浪人を乗り越えることは可能のようだ。
*選択肢は「教員や雰囲気、研究・教育の内容に魅力を感じ、東大に何としても入りたかったから」「就職など将来の進路選択で有利だから」「学費の安い国立大学に行きたかったから」「漠然と1番の大学に行きたいと思ったから」「家族から東大に行ってほしいという期待を受けていたから」の五つと「その他」の計六つ。
意欲がわかないスランプ期間がどれくらいあったか、合格した年度について、3〜6月、7〜9月、10〜12月、1〜2月の4期間に分けて調べた。「1カ月以上」という回答は3~6月、7~9月では10件以上あった。すべての期間で「1カ月以上」と答えた人も4人おり、スランプが頻繁に訪れても後ろ向きになる必要は必ずしもないかもしれない。
アンケートの分析を通して、合格できた人でも浪人時代は完璧な勉強ができていなかったことが示唆された。ここからは浪人経験者がどのように実際の勉強に取り組んでいたかを見ていく。
内容重視の勉強を 息抜きを挟んでモチベーション維持
Aさん(女性)は都内の共学の公立進学校出身。1浪を経て東大に入学した。東大に興味を持ったきっかけは所属高校向けに行われた講演会。安田講堂での講演会は「東大を身近に感じ憧れを抱くきっかけになりました」。現役時の併願校は受験会場の雰囲気に慣れるため受けた一校のみ。その大学にも、通学時間の関係で進学する意志はなかったという。
予備校での浪人を選んだ。予備校に通っていなかった高校時代とは「何かを変えないといけない」と思ったからだ。「予備校がある分、強制的に生活リズムが整いましたね。現役時にあったかもしれない科目間での勉強量の偏りもなくなりました」と実感を込める。
一人で勉強する時間は高校時代と変わらなかった。重視したのは勉強の内容。苦手な教科や間違えた問いは繰り返し解いて模範解答の再現を目指した。「現役時は勉強時間の目標に過剰にこだわり、解き直す必要のない問題まで解いていました」と後悔を明かす。勉強時間のノルマをなくし、自分が納得すれば勉強をやめられるようにしたことで、精神的な負担を減らすことができた。
予備校では授業に加えて添削なども受けられ、浪人生の大きな助けになるが、相性が合わない講師や職員がいると悩みの種にもなりかねない。Aさんは基本的には予備校を信頼しつつ振り回されない工夫もしていた。教材は基本的に予備校のものを用い、苦手教科でも予備校の教材のほかは高校時代に配られたもの以外に手を広げなかった。一方で、予備校のやり方でうまくいかなかった現代文では自己流を貫いた。
受験勉強への意欲が著しく低下する時期はなかった。スランプに陥らないよう「緩さ」を持ちながら勉強していたためだ。高校時代、受験期間よりはるかに短い2週間のテスト期間の終盤「しんどくなった」経験を踏まえた。だらだらと勉強はせず睡眠時間の確保を優先。その日のうちに終わらなかった分は翌日以降に回した。テレビやラジオなどの息抜きもあまり我慢しないようにしていたという。「予備校浪人の場合は受験勉強しかやることがないので、多少ダラけても現役生より勉強できているはず。自分のペースを乱さず焦らず過ごしましょう」と浪人生にアドバイスを送る。
場所を分ければ自律できるかも 未練があるなら受けるべき
Bさん(男性)は関西の共学の私立中高一貫校出身。出身校からの進学先は、国立なら大阪大学や神戸大学が多い。大学に在籍しつつ再度大学受験するいわゆる仮面浪人を経て2浪で東大に入学した。仮面浪人では大学での勉強と受験の勉強を両立させる必要があり、時間のやりくりなどが大変そうなイメージだ。Bさんは実際には、8月以降受験のために特別な勉強はしなかったと語る。「受験票が届くまでは共通テストに出願していたことも忘れていました(笑)」
そもそも、再受験へのこだわりがなかった。とにかく歴史が好きで、当時はローマ美術を研究したいという意志も固かった。東大を志望したのも海外に出向いて考古学を体感できるプロジェクトが行われていたからだ。現役時、後期日程で受かった神戸大学に行かなかったのは目当ての教授が退職すると知ったから。予備校浪人を経て1浪で入った早稲田大学にずっと在籍することに疑問を抱いたのも、政治経済学部では学部生が文献研究を行えなかったから。Bさんにとって再受験は、転学部や大学院進学時の専門変更に並ぶ一つの手段に過ぎなかったという。
1浪時は合格最低点から約10点の差で不合格だったBさん。実力アップの要因を「大学の授業が結果的に受験勉強にとても役立ったのだろう」と推測する。例えば、経済学の授業のおかげで数学の苦手意識が軽くなった。教員がさまざまな式を意味付けながら解説するため、数学が机上の空論ではなく社会の分析に活用できることが身をもって理解できた。ネイティブ教員が指導を行う英語も役立った。ライティングの授業が英作文に有効なのはもちろん、スピーキングの授業はリスニングにも効果があったという。スピーキングの授業中、コミュニケーションはすべて英語。英語を話すだけでなく聞く機会も多かったからだ。
早稲田大学在学時も「東大に落ちたからといって腐ってたまるか」という決意で学習習慣は維持していた。堕落しがちな大学生活の中でも習慣的に勉強できた秘訣(ひけつ)は、勉強は図書館、リラックスは家、と場所を分けたことだ。家から近かったこともあり空きコマや授業後はすぐに大学の図書館に向かい、毎日2時間ほど過ごしたという。授業の復習を中心とはせず、勉強時間の7割ほどは歴史の本を読み漁っていた。
Bさんは未練を抱える人に向けて「迷うなら再受験すれば良い」と後押しする。予備校に行くこと、戦略的に準備することは再受験成功の必須条件ではない。再受験するかに関係なく「所属先の大学の勉強を大切にし、高校とは全く違うアカデミックな授業を味わうべき」とメッセージを送る。仮面浪人では周囲の負担も大きくなる。「両親にかける経済的負担やきょうだいの進路に与える制限も自覚し、家族への感謝を忘れないでほしいです」
【タイトル変更】2023年6月3日17時、タイトルを変更しました。