泣いている赤ちゃんにおしゃぶりを与えると、数分後には台所で料理をしているお母さんのもとに「寝ました」との通知が――。昨年末に開催されたオリジナル ハードウェアコンテスト「GUGEN2014」で大賞を受賞した「おしゃぶりセンサ」だ。単なる思いつきと思われる 読者もいるかもしれないが、このデバイスを欲したのは赤ちゃん研究のプロ達だった。開発者である石井健太郎特任研究員(総合文化研究科)に、開発の経緯や 「おしゃぶりセンサ」に秘められた可能性について聞いてみた。
—-早速ですが、「おしゃぶりセンサ」って何なんですか?
「おしゃぶりセンサ」は、おしゃぶりから赤ちゃんの口の動きを計測し、無線でそのデータを送信できるデバイスです。計測には赤外光を使ったセンサを用いて いて、おしゃぶり部分(赤ちゃんが咥える部分)の変形を捉えることで、赤ちゃんがおしゃぶりを吸う強さなどを測ることができます。試作機を見てもらえば分 かりますが、データは無線で送信されるので、重さや大きさなどは普通のおしゃぶりとして違和感なく使えるようになっています。
こうして「おしゃぶりセンサ」から得られた口の動きのデータを分析することによって、ゆくゆくは「赤ちゃんの気持ちがわかる」ことを目指しているんです。
—-気持ちってそんなに簡単にわかるものですか?
実は臨床研究の世界でも、赤ちゃんの口の動きってよくわからないと言われているんです。なので、実際にどのレベルまでできるかは未知数の部分もあります。 ただ、現時点でも口の活動量のレベルを見ることによって、起きているか寝ているかのような判断ならば可能になっています。
これは希望ですが、やがて製品化されて、多くの利用者に使ってもらえるようになればデータがたくさん集まるので、「ミルクが欲しい」「おしっこがしたい」 などといったもっともっと複雑な状態や感情がわかるようになるではないかと思っています。「赤ちゃんビッグデータ」ですね。
—-とても面白そうなデバイスですね。そもそも開発に至った動機は何だったんでしょう?
きっかけは「研究」でした。
私自身は、レーザーポインタを利用したロボット操作方法や実物があるかのように感じるアバタ投影システムなど、新しいインターフェースとかコミュニケー ション手法を開発する、工学出身のバックグランドを持っています。広い意味での認知科学も扱ってはいましたが、赤ちゃん研究というのは初めてでした。た だ、いろいろなハードウェアを作った経験を買われたのか、開一夫教授(総合文化研究科)から声を掛けて頂いたんです。
開研究室は、赤ちゃんの認知機能を研究する発達認知科学などを専門としているんですが、ここで赤ちゃんの新しい計測手法が欲しいというニーズがあったんで す。1歳未満の赤ちゃんというのは、言葉も話せないし身体を思った通りに動かせないこともあります。だから、例えば、小さな赤ちゃんに学習する能力がある かなどを調べるためには「おしゃぶりセンサ」のようなデバイスが必要なんです。口は生まれてからすぐに動く部分ですので。
「縁があって」という表現がぴったりきますが、こうして2013年の4月から開研究室に移ることになり、「おしゃぶりセンサ」の開発をスタートさせました。
—-開発中はどんな感じだったのでしょう?
一番難しかった部分は、おしゃぶりの根本の部分の力を測ることです。小さな製品があるということで赤外光のセンサを選択したのですが、おしゃぶりの根本の 部分のように、力を加えても全体の形があまり変化しない部分については計測が困難だったんです。
色を塗って反射率を変えるなど、いくつかの試行錯誤の結 果、センサの周りに綿を巻くと上手くいくことが分かりました。あと、握りやすい形状だったのか、ケースを掴んでセンサを壊されてしまうということも最初はありました。そこで、ケースの形状も改良を重ねています。
—-「GUGEN2014」では見事大賞を受賞されました。コンテストを振り返ってみていかがでしたか?
研究がきっかけでスタートした開発ですが、試作機ができあがってみると、もっと日常で活用できるのではないかと思えました。GUGENに応募したのは、そ の可能性を探るためです。コンテストでは展示会をやって審査員や来場者に見てもらうのですが、「ウチの子どもに使わせてみたい」とか「こんな使い方もでき ますか?」など、学会とは違い実用に向けたさまざまな意見を聞くことができました。
基礎研究を積み重ねることはもちろん大切ですが、その成果が社会の役に立つような仕事をしたいです。これがそのきっかけになればと思います。
(編集部:渡邊勝太郎)
石井 健太郎(いしい けんたろう)特任研究員(総合文化研究科)
2009年慶應義塾大学大学院博士課程所定単位取得退学。2010年博士(工学)取得。JST ERATO 五十嵐デザインインタフェースプロジェクト技術員、情報学環助教を経て、13年より現職。