昨年11月末より当時情報学環(以下、学環)特任准教授だった大澤昇平氏のツイッターにおける数々の差別発言が学内外で大きく問題になった。大澤氏は「弊社Daisyでは中国人は採用しません」などと発言し、東大は1月15日付けで大澤氏に懲戒解雇処分を下した。一方で、問題発生後の東大の一連の対応に批判の声も上がっている。当時大澤氏のツイートの不適切さを指摘し謝罪する声明などを出していた越塚登学環長に学環の対応の振り返りや再発防止策について聞いた。
(取材・楊海沙)
まずは大学の責任に触れるべきだった
「元特任准教授は当時学環の一員であり、我々学環が組織として事態を未然に防げなかったという結果責任はあると考えています」と越塚学環長は言う。大澤氏は特定短時間勤務有期雇用教職員であり常勤と採用プロセスは異なるが、常勤の教員と同様に人事教授会の決議等を経て採用されている。その意味で採用責任は越塚学環長にもあると言えるが「当時は彼がこういう問題を起こすだろうということは分かりませんでした」。
事後的な対応に関しては、11月24日に最初に発表した見解で大澤氏の書き込みは「学環・学府の活動とは一切関係がありません」と書いたことを後悔。問題発言を受けて数日で出したメッセージであるため内容を十分に検討できなかった上、大学の業務で差別発言をすることと個人ですることは大きく異なると考えたため、そのようなメッセージを出したという。「まずは大学としての責任に触れるべきでした」
当時は学内外からの多く苦情などの対応に追われ、学生への説明が遅くなってしまったことも悔やむ。「最初に学生への説明とケアをするべきでした」
学環から発表された一連の見解の中で、最初は大澤氏の氏名を明記していなかったが、12月13日の寄付講座の性質に関する見解から明記するようになった。越塚学環長によれば、今回のような公表の際は実名を出さないことが多いという。「当人自身が名前を前面に出し多くの発言をして社会的問題も起こしていました。そのため、途中で実名を出した方がいいと判断しました」
大澤氏はツイッター上で東大女子や環境活動家のグレタさんなどに対する数々の女性差別発言もしていたが、東大による懲戒解雇処分発表時の「認定する事実」には含まれていなかった。「女性差別発言が重要でないわけではありません。発言に重みの大小はないと思います」
大澤氏の中国人差別発言から懲戒解雇に至るまでに2カ月が経過し、事態解決の遅さを批判する声もある。これに対し越塚学環長は「僕らは最大限適正な範囲で迅速にやったと思っています。それが早かったか遅かったかは、僕らはコメントできる立場にはありません」。
今回問題を起こした大澤氏は短期雇用だったが、もし長期雇用の教員であった場合、より多くの時間がかかっていたのだろうか。「短期と長期では規定が違うので、プロセスは全く同じではありません」。大澤氏の差別発言のような場合は滅多にないため、対応はケースによって分からないという。また、大澤氏が長期雇用だった場合の懲戒解雇処分については「仮定の話は難しいですが、(個人の意見としては)雇用形態は事の重大さとは関係ないと思います。規定が違うので処分のプロセスは若干違うかもしれませんが」。長期雇用の教員の場合、大学の中で重要なポジションを占めていることが多い。「権限もある中で同じことをしたら、もっと大きい影響力があるケースは多いので、その場合はもっと良くないことになったかもしれないと思います」
今回の発端となった発言がツイッター上ではなく授業中などで行われていた場合、同様の処置になったのかという疑問の声を伝えると「それは業務上のことなので、今回よりも重大な問題だと思います」と言い切った。ツイッターは拡散力があり多くの人々の目に触れるのに対し、授業や研究室は閉鎖的な空間であり被害は見えにくい。そんな中で差別発言やハラスメントがあった時に学生の声が拾い上げられる体制にする努力はしているという。
例えば、大学院は研究室内の活動が中心で、教員ごとにコミュニティーが孤立して分断した形で存在する。そんな中で少しでもコミュニケーションを取りやすくするために研究室内の指導教員以外の教員を副指導教員として配置する副指導教員制度がある。これにより、学生が指導教員に言えないことでも他の教員に言えるような仕組みになっているという。
入学時のガイダンスでも、相談があれば指導教員や副指導教員、コース長、女子学生なら男性教員に言いづらいことは女性教員に言うようにと丁寧にアナウンスしている。「学生にとって一番相談しやすいチャンネルから話ができるようにするために、チャンネルを一個ではなくたくさん用意してあげることが重要だと言われています」と越塚学環長。学環全体に言いづらい時は学生相談室という全学の仕組みもある。「どこでもいいので困ったら相談してくださいという体制で学環と全学の制度を組み合わせて学生の声を聞けるようにしたいと思っています」
倫理規定の整備が急務
今後は原因究明と再発防止が最優先課題だ。学環として結果責任がある中、事態が起こった直接的・間接的原因、学環の対応が適切かどうかも含めて必要なことは全て、第三者から成る調査委員会に調査を委託したという。「僕らもある意味調査の対象であり、二度とこういうことは起こしたくないと真剣に思っているという一つの意思表明です」
また、倫理規定の整備も重要課題だ。「現在、差別はいけないという文面が東大憲章ぐらいにしかありません。憲章って憲法みたいなものじゃないですか」。ヘイトスピーチは法律で言論の自由の内だという国もあれば外だという国もある。そんな中で、差別に関して大学としてどういう立場なのかを明確にする倫理基準を作りたいと考えている。
「今回の件はいくら言論の自由があっても許してはいけないと考えています。いろんな国、文化、考え方の人が集まって学問をする大学の根幹に関わるものなので。言論の自由があったとしても言論を封殺するような言論はあってはならず、大学内のヘイトスピーチはなくしていかなければいけません」。ただ一般論として差別はいけないと言うだけでは意味がないため、倫理規定に罰則に関係する内容は必要と考えている。
倫理規定の整備は東大では初の試みであり、学生の意見も取り入れる。「これはできる限り急いだ方がいいです」。学環で検討した結果は全学にも伝え、全学で取り入れるかは本部の判断になるという。
教員への教育も強化する。大学の差別問題を教材にするべきという意見もあるという。学環では「研究倫理」という授業があり「今回は研究倫理について学生に教える立場の教員自身が明らかに研究倫理に反することをやってしまったことは大きく反省しています」。現在研究倫理の教材にヘイトスピーチに関する記載はないが、今後入れる予定だ。研究倫理の教材は全学でも参照し合っており、学環で検討したことを他にも伝えていく努力をするという。また、SNSの社会的影響力に関しても教職員・学生も含めて理解を深めることも重要だと考えている。
寄付講座や社会連携講座の設置方法の見直しも進めており、講座をマネジメントする運営委員会は必ず設置するようにした。以前は講座を設立してから委員会ができていたが「今回の件を反省し、寄付講座の教員採用や講座内容のチェックを、講座設立時にさらに手厚くやったほうがいいと考えました」。講座設立の前に準備委員会を立ち上げ、講座立ち上げ担当の教員だけではなく他の教員の目も入れるようにしているという。特任教員の採用手続きに関しても、以前は受け入れ教員による説明と審査だけを行っていたが、現在は複数の教員の目を入れている。「とりあえず我々がすぐできることはすでに始めています」
「ただ、今回のような問題が起こる度にただ対策を打つだけでは、いずれ対策が溜まっていき破綻してしまいます」と、組織運営の見直しも同時に視野に入れる。組織全体として他の仕事もある中で、対策を実行するための作業量をこなせるかという課題がある。対策を打つ際に組織運営の状況も考慮しなければ有効に実行できないため、防止策が機能するように運営体制を安定させる必要がある。「一つ一つの問題を取り上げるだけでは解決しないことに僕らも気付いています」
最後に、学生へのメッセージを聞いた。
「学環の教員が学生の模範とならなければいけない中で、このような不適切な発言をSNSで大きな社会的影響がある形で拡散したことに関しては、学環として非常に良くありませんし、学生の皆さんに対してまずお詫びしたいという気持ちが一番あります。そして原因究明や再発防止策の検討により、二度とこのようなことが起こらないようにしたいと伝えたいです。大学はいろいろな人が自由闊達に学問をして真理を探求する場所です。逆に大学の外が社会情勢によって生きにくくなったとしても、大学の中では自由闊達な議論が安心してできる環境を最後まで守らないといけません。今回はそれと反対のことを教員自身がやってしまったので、僕らは絶対にこれを許してはいけないと思っています。学環も学生の信頼を失ったと思いますが、その回復に向けて再発防止に取り組んでいきたいのでよろしくお願いします」
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