東大生産技術研究所(生研)と東大先端科学技術研究センター(先端研)が主催する研究公開イベント「東大駒場リサーチキャンパス公開2022」が6月10日と11日に行われた。
「東大駒場リサーチキャンパス公開」は、毎年6月に東大駒場IIキャンパスで子どもから学生、企業研究者に向けて両施設所属の研究室が企画およびポスターセッションを行うイベント。新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ 2020年は中止、21年はオンラインのみでの開催となったが、今年は事前予約制での現地開催、一部はオンラインでも参加可能なハイブリッド開催となった。
東京大学新聞社取材班は10日、リサーチキャンパスに丸1日潜入。オープニングセレモニーをはじめとして、体験型イベントおよびいくつかの研究室のポスター展示を取材した。 (構成・清水琉生)
「楽しい」の途切れぬ数多の研究との巡り合い
3年ぶりの現地開催の先陣を切ったのは、生研An棟2階コンベンションホールで開催されたオープニングセレモニー。生研所長の岡部徹教授と先端研所長の杉山正和教授からのあいさつ、両研究所紹介からセレモニーが始まる。
生研は「もしかする未来の研究所」というテーマで、今後はアートも視野に入れて、従来の「重厚長大」から「軽薄短小」な社会実装を行うという方向性を述べた。先端研は「学際性」「国際性」「流動性」「公開性」をモットーに「人間と社会に向かう先端科学技術の新領域を開拓」する場であることを紹介した。
セレモニーでは、岩船由美子特任教授(生研)から「カーボンニュートラル実現のためのエネルギー需要家の役割」、河野龍興教授(先端研)から「カーボンニュートラルを実現する水素エネルギー─次世代に向けた新たなエネルギー技術─」というテーマでの講演が行われた。2030年と言われていた達成目標に対し実現には時間がかかることや、水素エネルギーへの世界的な移行の概要とウクライナ情勢による意外な課題について熱いメッセージが聴衆に届けられた。
続いて生研の建物全体を使って行われていた研究室紹介を見て回った。参加者に配られた研究室公開に関するマップには、カテゴリごとに両研究所の研究室がまとめられている。
その一部を紹介する。まずは地上の研究室からだ。
<松山研究室 どうなる?もしかする未来─自動運転、ゲノム編集、気象制御─>
「科学コミュニケーション」を研究公開。参加者が考えを付箋で貼れるスペースを用意していた。自動運転技術やゲノム編集技術、気候制御技術について、台風の進路を変えられる世界になってほしい/ほしくない」などといった二つの立場での意見が多数見られ、にぎわっていた。
<須田・平岡・小野研究室合同 より安全で快適な自動運転技術の具現化を目指して>
VRを用いることで安全に実際の交通環境に近づけたシミュレーションを体験。歩行者の動きのデータ収集のための研究で、実際に自動車があるかのようなバーチャルの世界に立たされ、自然と歩行者としての振る舞いが引き出される感覚があった。
<白樫研究室 生体の高品位保存技術>
生体の高品位保存技術について、品質低下の根源となる水に焦点を当てたミクロからマクロまでの基礎研究が行われている。
<加藤研究室 地域安全システムの構築に向けて>
続いて取材班は生研地下に向かった。地下では吹き抜けの廊下に面して多くの研究室の展示が並んでいた。
<酒井雄也研究室 未来の建設材料〜植物性コンクリート、月面コンクリート〜>
工場のような雰囲気のある研究室。セメントを用いない植物性コンクリート、月面の砂を利用したコンクリート、廃棄食材を用いた新素材の開発という、資源の持続可能な利用をけん引する研究に立ち会った。
<川勝研究室 力で見る>
原子を短時間で見やすくする新技術を公開。金属やシリコンの針で試料表面をなぞって調べる従来の技術では観察に時間がかかっていたところ、磁気を使って原子同士の核間距離、結合エネルギー、相互作用距離を独立した物理量として測定。これら三つをそれぞれRGBに対応させ、色の成分と濃淡を利用することで原子が観察しやすくなっていた。取材時には小さな子どもが興味深そうに装置に触れている姿も見られた。
<金研究室 貼るシートで健康診断>
マイクロニードルを活用した医療の臨床実装に向けた研究を公開。皮膚に貼り付けて使用するマイクロニードルは蚊に刺された時と同じように、刺されても痛覚を呼び起こさない。体内に入っても安全な素材を使い、自宅でも貼るだけで投薬や健康診断ができるなど、医療の可能性を広げる技術革新を担っていた。
<南研究室 超分子分析化学に基づくセンシングデバイス>
分子認識技術によって検出分子の濃度を色彩で可視化し、食品の調理や保存による品質変化などを検出する薄い紙状のデバイス(センサーアレイ)を展示。
ワクワクする未来を想像してもらうために
今回のキャンパス公開でもとりわけにぎわっていたのが先端研稲見・門内研究室の「体験して想像する身体の未来」だ。主催する稲見昌彦教授(先端研)に今回の公開イベントの意義や公開に向けての思いを取材した。
稲見・門内研究室では、技術の力で人間の能力を広げる「人間拡張」を目指したエンジニアリングを行っている。広いフロアを使った展示で多くの参加者が押し寄せていた。入り口にあった吹き矢ゲームについては「VR環境で、音で吹く息の強さを認識することでマスクをしながら呼吸機能のトレーニングができる」と稲見教授。他にも展示室内では1人はホッケー台、1人はコンピューターを操作してエアホッケーで戦っている姿が目撃された。これには「動きを同期させるだけでなく、コンピューターを通してプレイスキルを補正している」という秘密が隠されていた。
別部屋では、光と電波の中間の波長で高い透過性を持つテラヘルツ波を用いた研究を行う実験室の見学や、触覚へのアプローチとして「ひねり」という刺激に着目した研究で、目前で流される映像に同期して特製の椅子でひねり感覚を与えられる体験ができた。
稲見教授は、研究公開について「どう役に立つか理解してもらうという視点よりは、面白そうという印象やワクワクが参加者に届いて共感型の理解ができると良い」と期待していた。3年ぶりに対面開催が実現し、イベントも体験型の展示を中心に展開していることに「学生たちの対面での参加者のリアクションや質問がモチベーションになっている」という実感があったという。
公開イベントに向けて準備したこととして「長時間使えるような動線管理が必要でした。データを取っている間のみ動けば良い実験のためだけの使用とは違います。そして、体験型のイベントをして新型コロナウイルスの感染が起きてはいけないので、感染対策の徹底も必要でした」。実際に展示物の故障で展示を中断している研究室もあり、イベント開催に合わせた工夫の重要性を感じさせられた。
オープンイベントを開催することについては「特にリサーチキャンパスには学部生もいないので、どの研究室も発信したいという気持ちは強いかもしれない」と述べる。「われわれ研究者が元気をもらえるのは研究に興味を持って足を運んで頂ける人の存在」と、公開イベントの持つ役割を強調した。
各イベント、研究公開ブースの案内の多くで留学生が担当していたことも特徴的だった。最先端の技術開発のために、世界各地から人がリサーチキャンパスに集まってきていることがよく表れていた。
研究はいずれも未来を導くものだ。11日のチケットが完売になるなど、年齢問わず幅広い層の多くの人が参加した本イベント。今後も一部はオンラインで遠くの人にも届けながら、現地でも研究世界の体験がさらに盛り上がっていくことだろう。ぜひ来年以降は自身が「未来の目撃者」となってみてはいかがだろうか。
稲見昌彦(いなみ・まさひこ)教授(東京大学総長特任補佐・東京大学先端科学技術研究センター)
博士(工学)。JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクト研究総括。自在化技術、人間拡張工学、エ ンタテインメント工学に興味を持つ。米TIME誌 Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会代表理事、日本バーチャルリアリティ学会理事、日本学術会議連携会員等を兼務。著書に『自在化身体論』(NTS出版)他。写真は光学迷彩技術を応用したコートを着た稲見教授(撮影・Ken Straiton)