授業のオンライン化において、日本よりも進んでいると言われる米国。米国の大学においてはオンライン授業はどのように行われているのか。米国の名門総合大学や、全面的なオンライン授業で近年注目を集めるミネルバ大学に留学中の日本人学生の話から、その実態を探る。伝統的な大学は東大同様授業のオンライン化に苦労する一方、オンライン授業の最先端を行くミネルバ大の事例からは、授業の構造化やインフォーマルなやり取りの設計についてさまざまな教訓が見えてきた。
(取材・高橋祐貴)
移行はスムーズだが内容は手探り 米名門大の授業オンライン化
サポートスタッフの数やこれまでの経験の蓄積の点で日本よりもオンライン授業が進んでいるとされる米国の大学。社会人向けのコースを新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行以前よりオンラインで行うなど、授業のオンライン化の素地が整っていた大学も多い。一方で、初の授業オンライン化を手探りで行う状況は、東大とそう変わらないことが取材から見えてくる。
昨年度米プリンストン大学に交換留学し、3月にCOVID-19による緊急帰国を経験した劉弘毅さん(理・4年)は「オンライン授業への移行はすごくスムーズだった」と語る。学期途中のある日曜日に「明日からオンライン授業になる」と告げられ、月曜には半数程度がオンラインに移行。多少混乱していた教員も水曜日にはオンラインで授業を行えていたという。米イェール大学3年の西尾慧吾さんも「(2週間強の)春休みを利用して教員が準備していたため、移行がスムーズだった」と振り返る。
授業は基本的に対面でやっていた方法をそのままオンラインに移植した形で続いたと2人は口を揃える。しかし劉さんによるとプリンストン大学では講義授業は移行がスムーズだった一方で、議論形式の授業は混乱が見られたという。「哲学の授業はもともと週1コマ3時間議論するものでしたが、オンラインで3時間の議論は疲れると教員が判断したのか、授業時間を半分にし、課題の量を増やして対応していました」。
一方、イェール大学の西尾さんは議論形式の授業の移行も問題なかったと語る。「最大の問題は語学の授業で、発音の確認なども上手く行えないため混沌としていました」。東大と同様、米国の名門大学も手探りでオンライン授業のあり方を模索している。
独自システムが支えるオンライン授業 米ミネルバ大学が示す最先端
オンライン授業の分野で近年注目を集めてきたのが、米サンフランシスコに本拠を置くミネルバ大学だ。世界7都市に寮を保有し、学生は4年間で七つの都市を移動しながら、オンラインで授業を受ける。同大学3年の片山晴菜さんは、認知神経科学と教育学の知見に基づき独自に設計されたミネルバ大学のオンライン授業について「効率と知識定着率が対面の授業より断然いい」と評価する。
ミネルバ大学の授業設計の裏には、認知容量、注意力、自主制御という3つの能力への配慮がある。オンライン授業は離脱率が高いと一般に言われるが「それは学生にモチベーションがないからではなく、人間にとってこれらの能力に限界があるからです」。学生のみならず教員もそれは同じだ。こうした人間の限界に配慮してシステムからカリキュラムまでを設計しているのがミネルバ大学の最大の特徴だという。
オンライン授業による疲労を考慮し、授業数は原則1コマ90分が1日に2コマ。一つの授業は週に2回ほど、最大19人の少人数で行われる。1回の授業でやらなければならない事前課題は、3〜5本の論文や、多い時は100ページに及ぶ教科書・課題文献を読み、理解度を問う問題に答えること。加えて、人文社会系の科目では学んだ理論を特定の状況に応用したり、コンピューターサイエンスでは実際に問題を解いたりといった、文献に関連した課題が出される。こうした課題も全て独自のオンラインシステム上で完結している。
実際の授業では、初めの15分で事前課題の理解度を確認、20〜30分ごとに二つ程度のアクティビティを行い、最後の15分で授業のまとめを行う構成が徹底されているという。これは、授業の質を教員によって属人化するのではなく、全学で担保するための工夫の賜物だ。各授業のシラバスは、独自プラットフォームで他の教員にも共有されるようになっており、そこで他の教員がコメントをつけることで、授業計画のさらなる洗練が行われている。複数の教員が同一科目を担当する場合は、シラバスの共同編集が行われるという。
映像授業には授業支援の機能が整った独自開発のプラットフォームを用いる。例えば教員側の画面には学生の発言頻度が色で表示されるため、次にどの学生を当てるべきか一目で分かるなど授業の支援機能が整っている。最大200人まで対応した大人数授業用のシステムでは、Zoomでいうブレイクアウトセッション(参加者を少人数ごとのグループに分ける機能)を行った後で、どのグループで議論が停滞しているか、あるいは発言者に偏りがあるかなどが一目で分かるようになっており、教員の介入を補助する。
カリキュラムの最大の特徴とも言えるのが、伝統的な意味での試験を行わない評価方法だ。代わりに事前課題と授業での発言への評価の積み重ねで成績が決まる。これは試験による知識定着度の評価方法の限界を考慮してのことだという。「試験で知識定着度を測ろうとすると、90点くらいの点数を取ってようやく『この授業で教えたことを一通りきちんと身につけた』と言える状態だと思いますが、90点を合格ラインにしている授業って少ないですよね」と片山さん。合格ラインを60点などに設定し、部分的に授業内容を覚えていることを示せば単位がくる授業でいいのか。試験であれば一夜漬けでも対応できるが、そもそも実社会で一夜漬けの成果で評価されることは少ない。こうした背景から試験を行わないカリキュラムを貫いているという。
試験を行わない代わりに、各授業での評価はシビアだ。授業への参加姿勢や貢献度から、HC(Habits of Mind and Foundational Concepts = 思考習慣と基礎概念)と呼ばれる100以上に渡る独自のスキル項目について、5段階で評価が下される。しかし完璧なパフォーマンスをしても4しかもらえず、5を取るためにはさらに何か独自の価値を見せなければならない。こうした授業中の行動が成績に直結する評価方法を取ることで、集中が切れがちなオンライン授業においても学生の集中力を保てるという。
オンライン授業で課題として挙げられるインフォーマル(非公式)なコミュニケーションも、寮生活などの物理的な場の提供とともに、オンラインでのコミュニティー化が図られている。対面であろうと授業で一緒になった学生と連絡先を交換することがそもそも少ない東大とは対照的に、学生が自主的にFacebookで授業ごとのチャットグループを作っている他、大学側で全教員・学生が参加するコミュニティーポータルサイトも立ち上げた。そもそも学期ごとに住む都市が変わるカリキュラムのため、学年が違う学生とは対面で会うこと自体が難しいが「授業で知り合い仲良くなって、互いのSNSをフォローし合うようになり、そこで深い話もするようになることは結構ありますね」。一度も対面で会わずとも友人と呼べる関係の相手を作ることはできるという。
オンライン授業前提のカリキュラムやシステムを持たない他大学でもミネルバ大学の授業から生かせる点は何か。片山さんは「まずは授業の構造化を行うことが鍵」だと指摘する。効果的なオンライン授業のやり方を構造化し、各教員が自分の授業で使えるようにすることが大切だという。
ミネルバ独自のプラットフォームがなくとも、例えば授業の各項目の進行を管理する機能などは、手元でタイマーを設定しておけば代替できる。それに加え、少人数授業であれば授業態度によってはペナルティを与えるようにすれば、学生の集中も保てるはずだという。
学生に協力を求めるのも一つの手だ。ミネルバ大学では学生が授業に対して積極的にフィードバックをし、学内アルバイトの形で運営支援も行っている。授業の運営支援か、カリキュラムの構築支援か、形態はさまざま考えられるが、いずれにしろ「教員・学生が一緒になって(オンライン)授業を作り上げるという感覚があってもいいかもしれませんね」。
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