新型コロナウイルス感染拡大を受け、全学において急ピッチで進められた授業のオンライン化。総合文化研究科長補佐として作業の中心に立った鶴見太郎准教授(総合文化研究科)に駒場Ⅰキャンパスでの授業オンライン化の裏側を取材。新入生にもオンライン授業、学生生活の実態を聞いた。
(取材・中井健太)
総合文化研究科・教養学部で授業のオンライン化が検討され始めたのは3月上旬だった。新学期開始までの新型コロナウイルス感染の終息が期待できない中、6日には早稲田大学が授業開始の延期を発表した。だが進学選択がある東大では延期には限界がある。危機感を抱いた研究科は12日に四本裕子准教授(総合文化研究科)をリーダーとし、教職員をメンバーとしたタスクフォースを結成。既に授業のオンライン化を始めていた北京大学の事例などを参考に議論を始めた。
検討を始めると、ソフト・ハード両面で検討すべきあることが浮上した。まず問題となったのは、オンライン授業にどのシステムを導入するのか。当初からウェブ会議システム「Zoom」が音質などの点から有力視されており、検討を進める中で本部情報基盤センターがZoomのライセンスを契約したことが分かり、総合文化研究科・教養学部でもZoomを利用することが決まった。ソフト面でのもう一つの問題は、ミーティングのURLをどのように学生に連絡するかだ。最終的には学務システム「UTAS」内のシラバスに記載されることが決まったが、シラバスに基づいた授業カタログがオンラインで学外にも公開されているため、ログインしないと閲覧できない欄を作るなど、細かい調整が必要だった。
ハード面での課題は、学生側がオンライン授業を受講できる体制を整えられているかどうか、という点だ。新入生がパソコンを持っているかどうかさえわからなかった。受講環境が整わない学生に対し、当初は学内のパソコンを使ってもらおうと考えていたが、新型コロナウイルス感染拡大が深刻化。駒場Ⅰキャンパスで独自に定められた感染拡大の状況に応じられたステージが引き上げられた。学生をキャンパスに呼ぶことができなくなり、学生に貸与するためのパソコンやWi-Fiルーターの確保に追われた。大量の機材を準備するには時間がかかったが、少しでも早く発送するため、教職員自らが発送するなどし、前期学生には本格的に授業が始まるSセメスター3週目までに何とか発送を終えた。
対面で学生を集めることが不可能な中、教科書を学生に行き渡らせる方法も検討が必要だった。「オンライン授業成否のカギ」だったという教科書販売。生協でしか購入できない教科書もあるため、通販は命綱だった。鶴見准教授が3月下旬に生協に問い合わせたところ、生協が迅速に対応。「著作権の問題もあったため、PDFで教科書をやり取りする、ということにならないように、教科書を現物で買ってもらうことが大事でした」
また、教員側への周知も苦心したという。IT(情報技術)に疎い教員もいるため、早めの準備を呼びかけなければならないが、オンライン化に向けた準備が本格化した3月中旬当時、授業のオンライン化は決定事項ではなかったため、強く呼び掛けることはできない。「準備をしてくれ、という案内しかできない。万一真剣に考えてくれず、やっつけで準備をされると学生がかわいそうです。でも実際は皆さん前向きでした」
全学のレベルでもトラブルは多かった。学生のアクセスが殺到したUTASは授業開始初日にサーバーがダウン。翌日までにサーバーの大幅増強を行い「辛うじて動く」レベルに復帰したが、次いで授業のURLを掲載した学習管理システム「ITC‐LMS」に負荷が集中。こちらもサーバーを増強し、ハード的には1万人が同時ログインできる性能を備えているが、ITC─LMSの管理会社側でソフト面での調整が必要となるため、不安定な状況が続いているという。「こちらも管理会社の方が日々調整してくださっていますが、いつまでにスムーズに動く、とは言えない状況です」。英語や情報の試験をITC‐LMSで行う案もあったが、やはりシステムの性能が課題だという。
目下最大の懸念は期末試験について。「3月の準備段階では試験ができない状況は現実視していませんでしたが、このままだと例年通りの試験はできない前提で準備をする必要があります」。オンラインで例年通り試験を実施することも検討したが、カンニングを監視するのには通信やプライバシーの問題から大きな困難が伴う。「レポート形式や、教科書などを見る前提で問題・制限時間を設定するという案が現実的ですかね」
本来なら語学のクラスなどで友人ができるが、セメスターの1~2週目で予定していた対面授業も行えず家にいることが要請され続けるため、鶴見准教授は新入生の精神面も不安視する。3週目以降、学生が必修授業を欠席したら報告するように教員に要請。複数こま必修授業を欠席した学生には連絡するようにしているという。
オンライン授業は、教員が与えられる情報量という点では対面授業にはかなわないが、対話という点では対面授業を凌駕し得るという鶴見准教授。「大規模授業の場合、対面だとどうしても質問してもらいづらいですが、オンラインだと規模に関係なく、チャットなどを使うことで質問のハードルが下がります」
オンライン化を何かのチャンスにしようと考える教員は少なくないという。恒常的な全面オンライン化は学生・大学側の制約から厳しいが、一部の授業をオンライン化することへのハードルは下がった。鶴見准教授は「世界中でオンライン授業の導入が進んでいるため、国内外の大学と共同で、オンラインのインカレ(インターカレッジ)授業が行いやすくなりました。週に1こまだけ留学などといった形が可能になるかもしれません」と展望を語る。
学生にとっても、大学にとっても初めての試みとなる授業のオンライン化。異常事態への対応で、職員も大量の業務に追われており、大規模な実態調査などは行えていないが「こういう時だからこそ学生と協力していきたいです。学生の声を聞きながら進めていきたいですね」
学生の声 クラス交流は欠かさず
さまざまな障害を乗り越えて実現された授業のオンライン化。後半では学生生活への影響に迫る。
九州出身で理Ⅰの新入生Aさんは、オンライン授業の感想を「思ったより戸惑うことはありませんでした」と答える。上京してきたばかりでインターネット環境が不安だったものの、整備が授業の本格開始に間に合い、特に容量制限などもなかったため、問題なく受講できている。1限開始直前に起きれば間に合うため「朝ゆっくりできるのは楽」だが、大量の課題をこなすのが大変だと語る。
授業は基本的にZoomを利用して行われるが、YouTubeで限定公開されている授業動画を見て、ITC─LMSに課題を提出する授業もある。「見逃したところをちゃんと見られるし、しっかり理解してから課題をやれるので助かっている部分はありますね」。新入生の必修授業であり、例年は学生の多くが種目を選んで実際に体を動かす、身体運動・健康科学実習は5月8日時点では座学形式で実施。「教科書を使って授業を受け、レポートを出す形です」
実際に対面したことはないが、クラスの交流は盛んだ。週5回ほどオンラインでクラスメートと話しており、33人クラスで毎回10人ほど参加しているという。
サークルはまだあまり考えていないAさん。「オンライン新歓に参加しても自分がサークルの雰囲気に合うかは分かりません。夏まではどこにも入らない予定です」。もうサークルを決めた人もいるが、夏まではどこにも入らないという人も多いという。
東京出身で、他大学を経て文Ⅲに入学した新入生のBさんは、オンライン授業の感想を「ずっと同じ姿勢になってしまうので、キャンパスでの授業と疲労度が段違い」だと答える。また、アカデミックマナーや論文の執筆方法などを学ぶ初年次ゼミナールのために文献を集めようとしたときに、図書館が閉鎖されているのが特に不便だという。
クラスでの交流はやはり盛んで、週2回、20人ほどが集まり、オンラインで話している。
この記事は2020年5月12日号に掲載された記事の拡大版です。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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