インタビュー

2014年7月1日

「東京大学」ブランドが抱える課題とは? Ogilvy & Mather Japan 久保社長インタビュー 前編

 今回は、東京大学の公式プロモーションビデオ”Explorer”の制作を行った、グローバルに展開する広告代理店、Ogilvy & Mather Japan(以下O&M)の久保明彦社長兼職務執行者・グループ代表にお話を伺いました。東京大学のプロモーション・ビデオの制作秘話や大学のブランディングに関する課題から、東京、日本という国のマーケティングに関することまで幅広いお話を伺うことができました。

 今回のインタビューは二回に分けてお送り致します。

久保社長.JPGOgilvy & Mather Japan 久保明彦社長兼職務執行者 グループ代表

<東京大学オフィシャルプロモーションビデオ “Explorer”>

――まず初めに、東京大学のプロモーションビデオ”Explorer”が生まれた背景についてお聞かせ下さい。

 この度は、留学しようとしている学生が見る高等教育情報サイトTimes Higher Educationに載せるビデオを作ってほしいというご依頼を受けました。そこで東京大学を紹介するビデオを発信したいということでした。ただ、今日はメディアが独り歩きして拡散していく時代なので、”Explorer”はYoutubeでの一般公開も行っています。

 依頼のお話を伺ったときに、まず最初に東大が抱えている課題、具体的には東大というブランドの内外格差からお話していただきました。どういうことかと言うと、国内だったら東大を知らない人はいないし、いわゆる最高の教育機関としてのイメージがあるけれど、海外では必ずしもそうとは限らない。少子化に伴って日本の学生数が減ってくる中、大学経営という視点で考えると、海外、特に地理的に近いアジアの学生の誘致は必要不可欠です。競合となるシンガポールや香港の大学等を鑑み、東大がどれだけ評価されているか、もしくは知られているかを考えなければならないのです。

 この課題をコミュニケーションという視点で考えました。まずコミュニケーションの本質は「ローカルにある」ということが言えます。それも、発信元でなくて受け手側のローカルでないと意味がありません。オーディエンスをアジアの学生と考え、彼らが高く評価するものを作ろうと思うと、必ずしも日本の広告代理店である必要は無いとお考えになったのではないかと思います。O&Mに興味を持ってくださった理由はそこなのではないかと考えています。

 O&Mは多国籍企業ですので世界各国のお仕事をさせていただいています。今回のビデオは受け手側となる海外から見て支持されるようなものを作りたかったので、あえて日本人スタッフではなく、東京オフィスの外国籍スタッフ中心のチームを編成しました。このビデオは有名人を起用しているという意味で言うとセレブリティのCMの範疇に入りますが、我々はセレブリティありきで広告制作をしているわけではありません。あくまで「我々の卒業生はすごく高いところまで行く」、という言葉がキーメッセージでそこから生まれたビデオです。山崎直子さんという宇宙飛行士ありきでメッセージが出てきたわけではありません。

 ここが日本と欧米のコミュニケーションの違いなのですが、特に欧米ではCMを作る際にキーメッセージを根本におき、そこからアイディアを出していくというプロセスを辿ることが多いです。

 今回のビデオも、基本となるキーメッセージからアイディアを出し、その結果として宇宙飛行士の方に出演していただこうという話になったという経緯があります。

――ローマ字の”TOKYO”をイメージさせるビデオだと感じましたが、”TOKYOブランド”への意識はありましたか?

 それはかなり意識しました。あのビデオ自体は東大のキャンパスをユニバースとは捉えずに、東京という街自体を1つのユニバースとしてキャンパスライフを描いています。外国の方が魅了される東京や日本が、東大での学生生活を通じて経験できるというイメージを増幅させるという意図があります。外国人スタッフだから作り出せる世界観で、逆に言えば日本人クリエイターだったらあのような世界観は作り出せなかったのではないかと感じています。

――ブランディングという面で、今後企業や商品だけでなく、大学のブランディングも大事になってくるのでしょうか?

 その通りだと思います。例えばアメリカのハーバード大学、スタンフォード大学はブランディングのプロです。大学ブランディングを非常に気にかけています。そういった部分は日本の大学にとっては参考になると思います。ただ、そこで同じようにやってもしょうがありません。羊がいっぱいいる中の同じ白い羊では駄目で、黒い羊にならなくてはなりません。つまり違うことをやらなければなりません。東大は大学の中でもあれだけの資産・財産があるのですから、それを魅力ある方法で伝えなければならないと思うのです。

――久保社長から見た、東京大学の財産とは何でしょうか?

 やはり卒業生というものが一番の財産ではないでしょうか。東京大学をご卒業された方々には、日本ばかりではなく世界に大きな影響力を与えた、また現在も影響力を持つ方々が多くいらっしゃいます。が、歴史上の人物などばかりではなく、卒業したばかりの人も含めて考えてみると良いのではないかと思います。学生誘致という意味では、学生が自分を投影できそうな方々、それぞれが理想とする5年後・10年後を現社会で実現している卒業生などは、とても分かりやすいロールモデルとなりますよね。そういった方が沢山いることが魅力になってくると思います。山崎さんにしても、東大を目指す方々には、それほど遠い存在ではないと感じられる距離感なのではないのでしょうか。海外の方々のロールモデルとして、留学生の起用も考えましたが、やはりキーメッセージの「一番高いところまで行った」人として山崎さんが適任でしたので、今回は山崎さんに出演いただきました。

――海外における東京大学とはどのような存在で、どのような課題を抱えているのでしょうか?

 大学のレベルを測る色々な指標がありますが、World University Rankings 2013-2014トップ25がほぼアメリカとイギリスの大学によって独占される中、東京大学はアジアの大学のトップとして23位にランクインしています。この指標ですと高い評価を受けていると言えると思います。が一方で、イギリスの大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ社(QS Quacquarelli Symonds)」による「QS World University Rrankings 2013/2014」のアジア地域ランキングでは10番目だったり、『日本の競争戦略』(M.E.ポーター、竹内 弘高著 ダイヤモンド社)では90位にようやく入るレベルだったりします。この場合は語学、つまり英語という部分で下げざるを得なかったというコメントをされています。この結果に関連付けて言うと、大学経営における一番の課題は、英語での教育の機会、すなわち留学生の受け入れ環境にあると思います。

 歴史的に見ると、実は戦前には中国や韓国から優秀な学生が東大に勉強に来ていました。そのため中国の戦後世代を支えたリーダー達も東大で勉強した経験をお持ちでした。その頃は今とは価値観が違い、日本語で授業を行うことが東大でのスタンダードで、また、日本語を習得することは中国や韓国から来た留学生にとってキャリアの一部となっていました。でも今は時代が違います。現在では大学がどれだけ英語で学べる講義を提供できるかということが大事になっていると思います。

 また、別の観点から言うと、例えばハーバードはキャンパス自体が映画に使われることも多く、国内外の学生が自分達を投影してキャンパスライフをイメージすることができているのではないかと思います。一方東大の場合は学生生活というものがイメージしづらいかも知れません。そういった点も考慮し、今回のビデオではUniverse=Tokyo として東大だけではなくその周りの様々な生活を含める形で取り上げました。特に渋谷のスクランブル交差点は印象的なシーンだと思うのです。日本人にとっては見慣れた光景であっても、やはりオーディエンスを意識するとスクランブル交差点は受け入れやすい、魅力的なものだと思います。

 

※後編は、東京オリンピックを控えた「日本」におけるカントリーブランドの話をお届けします。

いかにして「日本」を世界に発信するべきか?

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