「IoT(Internet of Things)は、環境変化、体内変化、行動、動作などの自然に起こっている物事を、クラウドに集約して集合知として応用可能な状態にする。そしてそれを現実世界にフィードバックするというものです。家電をネットに繋ぐだけ、みたいなのは禁句ね(笑)」
DMM.make AKIBAをプロデュースし、株式会社nomadやABBALab(アバラボ)を立ち上げて、ソフトウェアだけでなくハードウェアを作るスタートアップの支援をしている小笠原治さん。
小笠原さんは、「現在のネットの世界は、20年前のインターネット黎明期ととても良く似ている」と指摘する。3Dプリンターの登場により、大量消費を前提とした大量生産でなくとも、必要な量のハードを低コストで生産できるようになった。そのため、ハードウェアを作れることがネット産業においても重要になってきたからだ。IoTブームの最前線で活躍する小笠原さんに、IoTの真価はどこにあるのか、またIoTに注目するようになった理由を伺った。
前編では、どのようなキャリアを通してIoTに注目するようになったのか、またIoTの真価はどこにあるのかを聞いた。
働き始めて気づいた「勉強」の大切さ。前を走る人がいないところを走るために必要なもの
――小笠原さんはこれまでどのようなキャリアを積んでいらしたんですか?
僕は高卒なんで、大学いってないんです。高校もスポーツの推薦なので、勉強したこと自体あまりなかったんです。興味あることしかやらなかったし。数学は好きだったけど、英語とか全く興味なくって、就職も親戚の設計事務所に転がり込んだので、就活とかもしたことないんです。
日本の大学教育の流れに乗れなかったので、考える幅を広く取れた気はします。好き勝手やれたんですね。でも仕事をし始めてから、勉強しないとダメだったんだということに気づいて、23歳くらいから、自分で勉強するようになりました。
――どうして勉強しようと思ったんですか?
建築やっているときは現場で教えてもらえばよかった。OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で良かったんです。師匠と弟子の関係で、学校教育とは違って、仕事をしながら師匠に教えてもらうわけです。
22歳のとき、商業インターネットが広まる前に、仕事でタイから日本にCADデータを送らなくてはいけなかったんです。そのときインターネットに初めて触れたんですけど、どう使えばいいか分からない。今みたいに、ネットでネットの使い方を調べることができないわけですよ。自分で勉強するしかなかったわけですよね。
――師匠がいなかったわけですね。
そうなんです。「勉強」することの良さは、前を走る人がいないところを走れるようになることなんですね。多くの人がまだやっていないことを知るためには、テキストを読めばいいってわけではないですよね。誰が何を知っているのかを調べたり、師匠ではない人に質問したりして、人から教わる。その質問をするためにいろんなことを自分で調べたりする。それが楽しいんだ、ということを知ったんです。
僕は大学行っていないので、なんとなく大学に行ったらそういうことが学べるんじゃないかなという気がして、いつかお爺ちゃんになったら大学行きたいとは思っているんですよね。僕の周り東大の人が多くて、ABBALabを一緒にやってる泰蔵さん(孫泰蔵さん、Mistletoe株式会社 代表取締役)もそうだし、よく話す堀江さん(堀江貴文さん:東大理系学生は、起業すべきである 堀江貴文さん講演ツアー)もそうだし。
やっぱり有名大学から優秀な人が出てくるのかなって勝手に思い込んでたところがあったんですね。数年前までは、そういう意味ですごくコンプレックスがありました。有名大学の人たちは、10代のときにそういうところに入れるだけの努力ができたり、試験で結果を出せたりする能力がある人たちなんだなというコンプレックスがありましたね。
――なぜ今はそういったコンプレックスを感じなくなったんですか?
自然に感じなくなってましたね。その人の過去に対するコンプレックスを感じなくなった。その人の今を見るようになってきたんだと思う。それは単に自分がおっさんになったということなのか(笑)、自分に少しは自身がついたのか、やりたいことが見えるようになってきたからなのか、いろいろあると思うんですけど。
――進学しないで働いてよかったと思うことってありますか?
どの業界でも若いうちに入るってすごい得だと思うんです。「まだ若いのにこれができるんだね」って周りから好意を得られるし、勉強する時間も残されている。人生の時間は限られているので、人より多く勉強する時間があるっていう意味では、早く始めるってプラスがあるんですよね。伸びしろを期待してもらえれば、色んなことにかかわらせてもらえます。
――大学にもし入ったらどんなことをやりたいですか?
物理と化学は周りにデキる人が多いので自分もやってみたい。まったく勉強したことがない分野なので。僕の会社(ABBALab)は “Atom to Bit, Bit to Atom” (※)を標語にしているんですけど、物理や化学ってデジタルの情報(Bit)になっていたものが、現実世界(Atom)にどう戻ってくるかというところなわけです。そのAtomを作る段階では、物理とか化学なんかがとても重要になってくる。
※注 “Atom to Bit, Bit to Atom”
物やハードウェア(Atom)をデジタル情報(Bit)にするだけでなく、デジタル情報(Bit)を物やハードウェア(Atom)として具現化するということを表す。ABBALabのABBAは “Atom to Bit, Bit to Atom” のこと。
落合くん(落合陽一さん:世界から「重力、ゲート、繋ぎ目」はなくなる。メディアアーティスト落合陽一さん2)なんかはAtom to Atomだって言うわけですけど、裏っ側にbitってあるわけでしょ。彼なんかは頭いいからAtom to Atomなんて表現してしまうけど、一回デジタルになるんだよね、なんて僕なんかは思ってしまう。その一回BitになったものをAtomにする段階で、物理とか化学とかが重要になるんですね。
IoT(Internet of Things):ハードウェアも含めたネットの時代が始まっている
最近良く言うIoT(Internet of Things)とかっていうのも、本来そういう意味ですよね。どうも日本だと「物がネットに繋がる」だけのものだと捉えられがちなんですけど、Thingsって物じゃなくて物事なんです。
IoTというのは、物事、環境変化、体内変化、行動、動作、そういう自然に起こっていることが、クラウドに集約されて応用可能な状態になって、それをどういう状態でフィードバックするのか、というものです。どうも昔から、冷蔵庫をネットに繋ぎましょう、みたいな話になっているけど(笑)
20年前の日本のインターネット業界と、IoTと言われる今のハードウェアも含めたネットの世界とはとても似ているんです。新しいコトをやろうという形で、インターネットをやっていた人がハードウェアに出てきたり、学生で物を作れる人がネット側で成功した人と組んで、新しいモノやサービス作ったりというのがとても増えている。そういう流れがあるから、こういうDMM.make AKIBAみたいな場所を作ろうと思ったんです。
――DMM.make AKIBA、先ほど施設を見せていただきましたが、本当にたくさんの機材があるんですね
大学の研究室とかって機械がたくさんありますけど、それが一箇所に集まっている場所って大学にはあまりないんですね。どこどこ研究室には何があるみたいのがあっても、それを好き勝手にあれもこれもと使えるわけではないですよね。1箇所に集めて、全部使える。ハードウェアを作る産業って、設備産業なので、その設備がシェアされることで、本来だれでも好きなモノを作れる。
ここでも数百個の製品を作って販売している人もいます。こういった形で設備がシェアされることが、モノづくりの民主化につながっていくのかなと思います。
いろんな専攻していた人、ネットなどの情報工学でないものを専門にしていた人が、IoTを軸にして、活躍しやすくなると思っています。化学の知識を、ネット前提でどう活用していくのか。物理に詳しい人間が、ネット前提になると世界中でどんなことを起こせるのか。そんなことを考えられるようになってきていて、それがすごく楽しいです。
IoTでできるようになること。「知の集積」こそがIoTの真髄
IoTは、「分散している情報を集合知にしましょう」、「集合知を使いやすくしましょう」という試みです。その結果、人が今まで気付かなかった世界の相関に気づける可能性があります。
例えば、僕が人柱になって、僕の血液の状態をずっとセンシングして、僕の行動とか動作とかと全部組み合わせたデータを作る。もしそれが人の一生分、何パターンかあったら、そのデータの組み合わせで、いろんな病気とかの予兆がわかるかもしれないわけですよね。体の痛みまでセンシングしてもいい。
人間が生まれて、知を蓄積するようになったけど、全部に気づけてるわけじゃないですよね。
気づけてないことの方が多いんだろうな。それを気づくスピードをあげるためには、いわゆるthings、つまり物事を集積して、応用可能な状態にするっていうのが必要なわけです。
風が吹けば桶屋が儲かるみたいな冗談のようなことわざがありますけど、あれと同じような突拍子もない相関関係が、現実の事象として確認できるようになれば楽しいですよね。
(取材・文:須田英太郎 撮影:小川奈美)
後編はこちら:過去のモノづくりの栄光にすがらず、新しい未来を想像せよ DMM.make小笠原治さん2
インタビューの動画はこちらでご覧いただけます。
この記事はソーシャルICTグローバル・クリエイティブリーダー育成(GCL)プログラムとの共同企画です。