中野翔太郎さん(博士課程・研究当時)、樫尾宗志朗助教、三浦正幸教授(いずれも東大大学院薬学系研究科)らは、ショウジョウバエの自然免疫のToll経路が、ネクローシスで発生する過酸化水素と応答するタンパク質の一連の反応で活性化することを発見した。成果は現地時間6月15日付で米科学雑誌『PLOS Genetics』に掲載された(図)。
「ネクローシス」は、外的要因による組織の傷害部位に生じ、周辺組織に炎症を引き起こす細胞死で、プログラムされた細胞死で組織傷害を引き起こしづらいアポトーシスと異なる。ショウジョウバエなどに見られるToll経路は自然免疫の応答を担う物質を活性化する経路で、細菌などの感染に応答する。Toll経路はアポトーシス不全のショウジョウバエのネクローシスを伴う組織傷害でも活性化することが知られていたが、組織傷害の場合の詳細な分子機構については不明な点が多かった。
中野さんらはショウジョウバエの翅上皮細胞のアポトーシスを遺伝的に阻害し、ネクローシスを誘導できる実験系を先行研究で確立しており、これを応用して分子機構の解析を実施。非感染性のネクローシスを伴う組織傷害において、Toll受容体に結合するタンパク質(Spätzle、Spz)の切断が正常に起きない変異体ではToll経路が活性化しないことが示された。さらに、細菌への感染を感知するタンパク質であるHayanとPersephone(Psh)の両方を欠損した変異体でもToll経路の活性化が抑制。ネクローシスを伴う組織傷害でも、感染時と同様の免疫機構が作用する可能性が示された。
SpzとPshが過剰発現したショウジョウバエの培養細胞に過酸化水素を添加すると、Spzの切断が促進された。ネクローシスを起こした翅(はね)では過酸化水素など活性酸素種が発生する。その個体に過酸化水素分解酵素を過剰発現すると、Toll経路はあまり活性化されなかった。一連の結果から、ネクローシスによって発生する過酸化水素を感知したPshが活性化するに伴いSpzが切断され、Toll経路が活性化されて自然免疫が起こる可能性が示された。成果は、無脊椎動物の組織傷害の感知に基づく自然免疫機構の解明につながることが期待される。
【記事修正】2023年7月7日15時11分、記事の表現を一部修正しました。