これまで多くの「東大卒起業家」を取り上げてきたが、今回は初めて、「東大発」ベンチャーを取り上げる。東京大学エッジキャピタルの支援を受け、携帯電話の画像処理技術で確固たる地位を築いた株式会社モルフォ。同社の設立者で、代表取締役社長を務める平賀督基さんに、起業時の困難、東大生への率直な印象について、話を聞きました。
−−−平賀さんは東大で博士課程まで進学した後、画像処理技術をコアに起業されましたね。画像処理技術にはもともと興味があったのですか?
もともとコンピュータが大好きで、小学5年生の頃から、マイコンを触って遊んでいました。
転機になったのは、1990年の大阪博覧会で富士通のパビリオンを見たことです。その時、富士通は『ユニバース2』という3DフルカラーCG映像の展示をしていました。この映像に大変な衝撃を受けたのですね。
この映像のテクニカル・ディレクターをしていたのが、ネルソン・マックスという著名な研究者です。「この人に会ってみたい」と彼に憧れ、将来はCGなどの画像処理技術を研究したいと思うようになりました。
−−−起業の道はいつ頃から考えていたのでしょうか?
起業それ自体はともかく、在学中から「研究とビジネスを結びつけることをしたい」とは思っていました。
博士課程在学中にCGの分野では世界最大の学会であるシググラフに行きました。そこでは、ピクサーやシリコン・グラフィックスといった著名な会社の人が発表を行い、「基礎研究と応用を結びつけよう」とする意識が非常に強かった。こうした世界を見るうちに、研究のための研究ではなく、事業としてやっていきたいと考えるようになりました。
また、在学中にアルバイトで映画やゲームのCG製作の手伝いをしていたこともあり、「実際に技術が利用される」場面に携わっていたのも大きいかもしれませんね。
−−−博士を取得後、一旦は会社に入り、その後起業されています。
大学を出た後は、1年半ほどベンチャー企業に入社していました。しかし、そこでは自分がやりたいことをやるのが難しいと感じ、2004年に今の株式会社モルフォを設立しました。
起業する時の環境は、現在ほど整っていたわけではありません。ただ、もともと所属していた國井先生の研究室が、非常にアントレプレナーシップにあふれる研究室だったこともあり、「カジュアルに起業した」感じですね。
國井先生の研究室からは、当時既に何人もの先輩が起業していたので、「起業すること」自体は、かなり身近に感じられました。また、國井先生はよく、「研究のための研究ではなく、使われてこそ意味がある」と言っていました。ここで過ごした経験は大きかったと思います。
−−−起業後は、どういった点が大変でしたか?
当初は4人で起業したのですが、会社を立ち上げる経験は全員はじめてで、分からないことだらけでした。
当時、どれくらいドタバタしていたかを示すエピソードがあります。モルフォの決算月は、10月になっているのですが、どうしてだか分かりますか?実はこれ、青色申告の申請を忘れてしまっており、9月にそのことに気づいたからなのですね(笑)。
モルフォは、東京大学エッジキャピタルから出資してもらうことになったのですが、出資までの経緯も大変でした。ビジネスプランを持っていくのですが、まあ、ダメ出しされる。最初に考えていたビジネスプランは、ピクサーやアドビが出しているようなソフトウェアの開発でした。ただ、「世界的な競合がいるのに、4人の会社でどう戦うの!」と言われました。そこから、エッジキャピタルには何回も相談に乗ってもらい、「今は小さくても、将来大きくなる領域」でビジネスプランを考えていきました。
−−−そうして、今の画像処理技術に辿り着いたのですか?
はい、最終的に「組み込み向けの画像処理技術」をコアとするビジネスモデルを考え、2004年9月にエッジキャピタルから資金調達を行いました。
当時は、組み込み向けの画像処理技術というと、簡単な色補正があるくらいでした。そこで、組み込み向けを対象として、手ブレ補正やHDR、パノラマ撮影といった技術に着目しました。2年近くソフトウェアの開発に注力し、2006年6月頃から商品として販売できるようになりました。
−−−現在では、携帯電話の手ブレ補正はスタンダードなものになっています。
しかし、今でも覚えていますが、売り込みを開始した際、デジタルカメラを扱う会社にはことごとく断られてしまいました。当時のデジタルカメラには、光学式手ブレ補正が内蔵され、ソフトウェアで補正する技術は一般的ではありませんでした。
今であれば、もはやコンパクトデジタルカメラと、スマートフォンのカメラの画質の差はほとんど分からないと思います。実際に、デジタルカメラの出荷台数は、2010年に1.2億台近くあったものが、昨年にはおよそ6000万台、今年は4000万台まで落ち込むと予測されています。新しいテクノロジーが、古いテクノロジーを飲み込んでしまった典型例ではないでしょうか。
−−−TODAI Foundersでも東大生と交流されたかと思います。率直な印象を教えて下さい。
正直に言えば、あれだけの起業家が集まっているのに、来ている人が少なかったのを残念でした。やはり、東大生の間には、「ベンチャーは『胡散臭い』」という印象があるのかもしれません。
個人的に言えば、特に理系の人にはもっと新しいことにチャレンジをしてほしいですね。修士・博士まで行き、専門的なことを身につけた人こそ、起業やベンチャーへの入社を考えてほしい。
−−−最後に、東大生へのメッセージをお願いします。
学生時代には、興味ある分野を深堀りすることに努めるのがいいと思います。ある意味それが、学生に課せられたミッションではないでしょうか。私の場合は、それが画像処理技術でした。そこを深堀りする過程で、知識だけでなく、学外まで人脈が広がりました。
一方で、いろいろな人と交流することも有意義だと思います。東大にいる時は、周囲が優秀であることに気づきにくい。何気ない遊び仲間が、世間的にみれば非常に優秀であることは往々にしてありえます。
一つのことを深堀りする。同時に、いろいろな人と交流して広がりを持つ。両方をうまく両立していってほしいですね。
(取材・文 オンライン編集部 荒川拓)