東大ミス・ミスターコンは、その開催を問い直す岐路に立たされている。ここまで、その発端となった2019年駒場祭での出来事、そして反対を求める有志団体、コンテストの運営団体、過去のファイナリストら各関係者の意見を見てきた。最終回となる今回は、このテーマを考える際に押さえるべきポイントを2人の東大教授に聞く。
あなたは、どう考えますか。(全4回)
(取材・武沙佑美)
【哲学者】梶谷真司教授
学内の催しとしてふさわしいか
哲学者であり、身近な問題について考える「哲学対話」の活動も展開する梶谷真司教授(総合文化研究科)によると今回の議論のポイントは、ミスコンがキャンパス内で駒場祭実行委員会と大学当局の認可の下で行われる催しとしてふさわしいか否かだ。男性が女性の容姿や振る舞いを評価するイベントは今でも国内外で行われているが、大々的な実施ははばかられるようになっている。こうしたイベントが絶対に悪いとまでは言えないが、特に目新しさもないのにあえて東大で行う意味はあるのか。「やりたければ、学外で会場を借りてやればいい」
今回問いただすべきは広告研究会ではなく、駒場祭という場で行うことを許可している駒場祭実行委員会、ならびに反対を示さない大学当局だと、梶谷教授は考える。何かを行う権利とそれを制限する規則は原則民主的に決められるが、問題によっては民主的に決めるとマイノリティが不利になるものもある。コンテストについても「学生の自主性に任せても何も変わらないとき、駒場祭実行委員会や大学当局が口を出さないのは現状を認めていることと同じです」。
ミスコンを支持する東大生には「世間が作った価値に便乗せず、一歩引いて東大生としての見識を持って考えてほしい」と一言。「良くも悪くもエリートである」東大生の役目は、多くの人が持つ価値観だからという理由で自分たちを正当化するのではなく、そのような価値観が生まれた背景を考えることだ。「東大はネームバリューがある。それに乗っかって何かをやるときには責任が生まれることを、自覚すべきです」
そもそも容姿に限らず、人を評価するということ自体についても考え直す必要がある。梶谷教授は、近年さまざまな学校の教育に関わってきた経験を振り返り、東大生に自らの「特殊さ」を自覚するよう訴える。「東大生は勉強などで評価されることに慣れているので、競争は『良い経験』という価値観を持ちやすい」。だが競争することで「やる気が出る」という発想は、「競争で勝った人」だからこそ生まれる。勉強が苦手な人は宿題をやらないかごまかすかだし、模試を受けてもやる気は湧かないだろう。こうした違いを理解し「自分とは違う立場の人間に配慮できるようになってほしい」と呼び掛ける。
【社会学者】赤川学教授
両者ともしっかり対話を
歴史社会学を専門とする赤川学教授(人文社会系研究科)によると、コンテストの賛成派と反対派の主張はジェンダー問題の歴史的展開に沿っている。90年代までの日本では、ミスコンは「性を商品化」する行為の一環だとフェミニストから批判された。男性が女性を一方的に外見だけで評価し、人格ではなくモノや機械のように扱っている、という見方だ。これに対しミスコンの主催者側は、男性が女性を一方的に評価するという非対称性を緩和するためにミスターコンを始める、人柄も評価対象とする、女性の審査員を採用する、などして応じた。
近年ミスコンは従来のジェンダー秩序を再生産するものとして見られ、ジェンダー秩序の被害者に配慮した非難が主だ。こうした動きは「被害者文化」と見ることもできる。「被害者文化」とは14年に社会学者B・キャンベルとJ・マニングが提唱した概念で、差別を受けた「被害者」が自らの意見を絶対化し、時に「加害者」に対する実力行使にまで及ぶことを指す。背景には、無意識な差別的言動を指すマイクロアグレッションが問題視され始めたことがある。「ミスコン&ミスターコンを考える会」の主張も「被害者文化」に通じる面があると、赤川教授は考える。
コンテストの主催者には当人やファイナリストの成長だけではない、コンテストの公共的な意義を説明することが求められる。「例えば東京大学総長賞という学生表彰も、学生を評価し順位付けする行為の一つですが、公共的価値に訴えているために認められているのです」。コンテストは「一部の人が盛り上がっているもの」というイメージが強いが、「皆が楽しめるもの」でなければ公共的価値が高いとは言えない。
一方でコンテストに反対する立場の人も、自らの意見を絶対視せず賛成派の声に耳を傾ける必要がある。「被害者の声が受け入れられやすい世の中になってきていますが、被害者のリアリティのみが絶対だという立場で他者の自己表現の場を奪うことを正当化すると、対話の公共的価値が毀損されます。両者とも、根本的に意見の違う相手としっかり対話する姿勢でいることが大切です」
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この記事は2020年4月7日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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