新型コロナウイルス対応

2020年6月16日

心身の負荷を発散する工夫を 新型コロナウイルスと心身の健康

 新型コロナウイルスの感染拡大防止策として、東大は全授業をオンライン化し、対面での課外活動を禁止した。その結果、1日の中でパソコンなどの端末を利用する時間が大幅に増え、さらに外出の機会も激減して運動不足に陥っている学生が多いのではないか。そこで今回は、長時間のパソコンの使用や運動不足が学生の健康に与える影響と健康の保ち方について、目・肩・腰とメンタル面に着目して専門家に話を聞いた。

(取材・杉田英輝)

 

環境整えリラックス

 

 パソコンで長時間作業すると、目にはどのような影響があるのか。眼科が専門の相原一教授(東大大学院医学系研究科)は「長時間のパソコン作業は、目のピント調節機能をつかさどる自律神経のバランスを崩します」と指摘。小さい画面で作業すると前傾姿勢になって目と画面の距離が狭まり、ピント調節機能を酷使する。その結果、目が疲れてかすんだり、画面に集中してまばたきが減ることで涙が出づらくなり、ドライアイになったりする。

 

 自律神経の活動を和らげ目の状態を改善するには、心身共にリラックスし副交感神経の機能を高める必要がある。「休み時間には席を立ってストレッチをし、窓から遠くを見ましょう」。授業中も「自分の好きなタイミングでトイレに立ったり、飲み物を飲んだりしても良いのではないでしょうか」と提案。さらに、市販の目薬や目を温めるアイマスクも、目をリラックスさせピント調節機能や涙の出を改善する効果が見込めるという。

 

 目に負担を掛けないための環境作りも重要。作業する際は、椅子に背筋を伸ばして足の裏全体が床に着くよう座り、目は画面から30センチメートル以上離し、目線をやや下に向けるのが理想だ。照明にも配慮が必要だ。「デスク周りと部屋全体の明るさをそろえ、パソコン付近だけ明るくならないようにしましょう」と相原教授。特に夏はエアコンにより目が乾燥しやすいとし、除湿運転の使い過ぎにも注意を呼び掛ける。自分にできる最大限の工夫を実践することが大切だろう。

 

 長時間のパソコン作業と外出自粛生活が肩や腰に及ぼす影響も無視できない。運動器疼痛(筋・骨格系の痛み)が専門の松平浩特任教授(東大大学院医学系研究科)は、パソコン作業で姿勢が崩れることの危険性を指摘する。「作業で前傾姿勢になり、さらにストレスで自律神経が乱れると、背中のアウターマッスル(体の表面付近の筋肉)が緊張して疲労がたまります」。加えて、デスク上でキーボードを打つ時、パソコンと胴体の距離が遠いほど腰への負荷が増えることが、生体力学的に証明されている。

 

 

 肩や腰の健康問題は若い世代も無関係ではない。「若い人でも腰痛になり得ます。腰に負荷が掛かる姿勢で作業を続けると、椎間板へのダメージが蓄積されるためです」。さらに運動不足が続くと、身体組織へのダメージを抑えるマイオカインというホルモン様の分泌が減り、関節炎などをもたらしうるという。

 

 では肩や腰の健康を保つにはどうすれば良いのか。まず丹田(へその5センチメートル下辺り)を意識して肩の力を抜き、耳が肩の真上の位置に来るようにする。自然と姿勢が良くなり、インナーマッスル(体の深くに位置する筋肉)が働きアウターマッスルへの負荷が減るという。座り続ける時間を減らすのも重要だ。「1時間に1回は立ち、私が考案した『これだけ体操』(図)を息抜きとして習慣化すると良いでしょう」と運動の重要性を強調する。

 

(図)松平特任教授が考案した「これだけ体操」1回5秒ほどと手軽に実践できる。(図は松平特任教授より提供)

 

 

 「多くの人にとって、悪い姿勢でいる方が楽に感じられるので、良い姿勢を保つのは困難です」と松平特任教授。インナーマッスルを常に働かせているのは難しい上、自分の姿勢は自分では観察しにくいためだ。しかし、悪い姿勢は長期的には体に害であることを肝に銘じ、健康を意識して生活する必要があるだろう。

 

相原 一(あいはら まこと)教授(東京大学大学院医学系研究科)
松平 浩(まつだいら こう)特任教授(東京大学大学院医学系研究科)

 

困難な状況でも希望を見出して

 

 新型コロナウイルスの感染拡大によって生活が変化する中、学生はどのような悩みを抱えているのか。精神保健支援室長の渡邉慶一郎准教授(東大相談支援研究開発センター リンクを押すと、相談支援研究開発センターの新型コロナウイルス感染症への対応が記されたページに移動)は「生活の変化で元々持つ悩みが大きくなっているのがうかがえます」と話す。しかし、新型コロナウイルス感染防止のため直接対面での相談を中止している現在、十分な体制で診療できていないという。「不十分な体制のまま平常時と同様に踏み込んだカウンセリングや薬の投与をすると、逆に治りを妨げる可能性があります。そのため今は、症状の完治を目指すのではなく、症状が現状よりも悪くならないよう持ちこたえよう、とアドバイスをしています」

 

 渡邉准教授は、周囲に頼れる人が少ない学生たちが抱える孤立感にも注目。例えば、大学に行く機会がほとんどない新入生からは、新しい友人ができにくいことへの不安の声が寄せられている。一人暮らしの学生も、人とのつながりが激減して社会的な刺激が減ることで、生活に張りがなくなり生活リズムが乱れることが危惧されるという。そこで、人とつながるための手助けとして、学生相談所の「オンライン坐禅会」やピアサポートルームの「オンライン談話室」など、学年を超えた学生交流イベントを渡邉准教授は紹介する。加えて、ニュースやインターネット、SNSに流れる、新型コロナウイルスなどへの不安をあおるような情報に触れ過ぎないよう注意を促す。触れる情報が偏ると、考え方や気持ちの面でその影響を強く受け、閉塞感を強めるためだ。

 

 生活リズムの乱れによる気分の落ち込みにも注意が必要だ。「深夜までパソコンの画面を見続けると、生活リズムが乱れて疲れが取れにくくなり、心の不調の一因となります」。また、一人暮らしの学生は、授業や食事、休憩など一日中同じ机や椅子で過ごす中で漫然とパソコンを使い続けてしまうことがあり、気持ちを切り替えづらい。この場合、各作業を時間で区切ってメリハリを付けるとともに、適度な運動を行うと良いという。「個人差はありますが、運動すると程よい疲労を感じて良く眠れる他、脳の血流が改善して倦怠感が解消されるなど、メンタル面にも良い影響があります」

 

 自分だけで解決できない悩みがあるときは、誰かに相談するのも一手だ。学内の相談施設を利用する場合、どこが自分に適しているかを事前に見極めることが大切だという。渡邉准教授によると、学生生活全般に関する悩みは学生相談所、どこに相談すれば良いか分からない場合は何でも相談コーナーに相談するのが最適だ。現在学内の相談施設は、メール・電話を中心に対応し、相談機関によってはZoomでの面談を実施。今後は、リモート活動の拡充に加え、活動制限の緩和を見据えて安全に配慮した形での対面相談を考えているという。「悩みが大きいと相談しにくいかもしれません。しかし、それを誰かに話して共有したり、他の人の意見を取り入れたりするプロセスがとても大切です」

 

 「新型コロナウイルスの感染拡大の影響として、自殺者が増加しないかとても心配です」と渡邉准教授。これまで描いていた夢や希望の実現への道が突然絶たれてしまったことで、強い悲しみや絶望にさいなまれることがあるという。「『コロナが終息したら自分のやりたいことができる』ではなく『コロナの影響で全てが自分の思い通りにできるわけではないけど、何か自分のやりたいことを探してやってみよう』という気持ちが大切です。困難な状況の中でも希望を積極的に見出し、行動していきましょう」

 

 

渡邉 慶一郎(わたなべ けいいちろう)准教授(東京大学相談支援研究開発センター)

この記事は2020年6月2日号に掲載された記事の拡大版です。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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はじめての論文:入江直樹准教授(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
キャンパスのひと:早川健太さん(理Ⅰ・2年)

 

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