就職先として学生からいまだ高い人気を誇るメディア業界。一方で、デジタル化による紙メディアの衰退やSNS の普及により「斜陽産業」というイメージを持つ人もいる。変わりゆく社会の中で情報発信を続けてきた出版・新聞社は、事業に影響を与えた社会変化にどう対応してきたのか。今回は、講談社の宮屋敷陽子(総務局人事部副部長)さん、前田克也(総務局人事部副部長)さん、岩崎志子(総務局人事部副部長)さんに話を聞いた。(取材・松崎文香)
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「『版=データ』をパブリックにする」仕事
──事業内容を教えてください
宮屋敷 「ものがたりをあらゆる形でそれを求める読者の元に送り届ける事業」が今の出版事業だと考えています。ものがたりの形は、紙の本や電子書籍、イベント、さらには他業界と組んで映像作品にして届けるなどさまざまです。単に「紙を刷る」のが出版ではありません。
前田 世で「コンテンツ」と呼ばれているありとあらゆるものは、講談社が手掛ける対象です。「出版という事業を通して人々の暮らしの役に立ち、心の豊かさに資すること」が創業以来の変わらぬ願いだと、代表取締役社長の野間省伸も発信しています。
──コンテンツ作りに影響を与えた社会の変化には何がありますか
岩崎 一番大きいのはスマホの普及だと思います。電子コミック自体はいわゆるガラケーの時代から存在しましたが、今の電子コミックとは違い一コマずつ画面に表示する形式でした。それから「人類総スマホ時代」に入り、この10年であらゆる娯楽がスマホで楽しめるようになりましたよね。
宮屋敷 NTTドコモの「iモード」の登場(編集部注:1999年サービス開始)が、娯楽の電子化の初期の初期だと思います。「ケータイ小説」が一大ブームになった時代です。その後ガラケーからスマホを持つようになっていく過程で、モバイル端末でコンテンツに触れることが一般的になっていた歴史があります。
ガラケー時代は出版社業界全体が、電子化の動きに乗り遅れていたと思います。著作権を持っているのは出版社ではなく作家なので、作品を電子化するには作家に「うん」と言ってもらわなければいけない。会社としても契約を結び直さないといけない時間や労力に対する躊躇(ちゅうちょ)も……。自分の作品が電子化されるのを嫌がる作家も当時は多かったと聞きます。
岩崎 漫画や小説などジャンルによらず、紙で世に出ることにこだわりがある人には嫌がられましたね。
宮屋敷 自分の作ったものを小さい画面で見られることへの拒否感もあったのでしょう。
前田 2011年以降、社長の号令の下、雑誌やコミックはもちろん、あらゆるコンテンツの電子書籍化が進められました。写真やテキストメディアの中には、既にデジタル発のコンテンツもありましたが、売り上げや読者数が多いコミック雑誌や単行本の電子版が紙版と同時に読んでもらえるようになったのが大きかったですね。雑誌はデジタル版と紙版を同日発売に、単行本のデジタル版もなるべくコミックスと同時に出していこう……と進んで行きました。
宮屋敷 同じタイミングでスマホの普及が徐々に始まり、数多く設立された電子書店が販売するコンテンツを必要とした段階で、すでにわれわれの手元には電子ファ イルが数万点ある状態になっていました。出版業界の中でも、講談社の取り組みは早かったと思います。
前田 電子書籍だと、何人の人がその本を読んだか、どれだけの売り上げを達成したか、明確に数字が出ます。もちろん紙版における重版はいまでもとてもうれしいことですが、「多くの人に読んでもらえている実感」をリアルタイムで味わえるというのは、作家さんたちにとっても電子ならではの魅力になっています。この頃から「出版とは『版=データ』をパブリックにすること」という考え方は社内でも統一されてきたと思います。紙の本の形で提供することが出版なのではなく、コンテンツそのものを読者がどんな形で「体験」するか、選べるように提供するのが、われわれの仕事だと。
アニメ化や映画化といったライセンスビジネスも、同じ考えの下で進んできました。出版社が作家から預かっているコンテンツの魅力を残したまま、新たな形で世に届ける。作品によっては製作委員会を講談社が主導することもあり、紙の本や電子書籍と同様に、アニメや舞台も楽しんでもらえるよう、しっかり関わるようになりました。
岩崎 他にも、あらゆる情報をスマホから得られるように、「ViVi」や「with」といった女性誌から「週刊現代」「FRIDAY」などの週刊誌まで、オリジナルのウェブ媒体を持ち、編集チームも分かれています。もちろんパソコンも含めたデジタルデバイス全てに向けた発信ですが、スマホで読まれることも強く意識しています。コミックも電子書籍だけでなく、アプリを通じてスマホで読めるし、映像化した作品もスマホで見ることができる。あらゆるサービスはスマホを軸に進化してきたと思います。
──最近では「イブニング」の休刊が発表されるなど、漫画雑誌の休刊や部数の落ち込みが目立ちます
岩崎 電子書籍化の黎明(れいめい)期に作家の理解をあまり得られなかったのは、電子化が進むと雑誌の売り上げにさらに追い討ちをかけると思われていたことも理由でした。しかし7、8年ほど前から「電子化しなくても雑誌の部数は減っていく。であれば買ってもらえる選択肢を増やした方が多くの人に読んでもらえる」という認識が作家の間で広まりました。今は電子化うんぬんと関係なく、紙の雑誌の休刊は避けては通れないと、出版業界にいる人は皆分かっていると思います。
一方で、出版社から世に出る新刊点数は10年前とそれほど変わっていませんし、作品を世に出す方法は増えています。その一つが、漫画アプリ・漫画ウェブの「コミックDAYS」や「マガポケ」です。時代に合わせるための変化を緩やかに受け入れていく中で、漫画雑誌の目立つ休刊があったりする。私自身はそういう認識でいます。
前田 それに、そうした漫画アプリや電子書店のなかでは、雑誌発のコンテンツも一つの独立した作品として売られます。だからこそ、これからも雑誌のブランドは大切にしなければいけません。「この雑誌に載るのはこういう漫画」というブランドイメージが確立している雑誌は「この雑誌だから読む」読者に支えられ、今後も残ると思います。漫画を読んで「これ『アフタヌーン』ぽいなあ」とか、感じることがありますよね。そんな「ぽい」ものを読みたくて電子書店で『アフタヌーン』と検索すれば他のアフタヌーン作品と出会えます。「雑誌」の概念はすでに紙に印刷された「ものの名前」ではなく「ブランド」を指すようになっているのだと思います。雑誌やメディアのブランディングというのは、昔から変わらない出版社の命題ですし、これからも一層意識しなくてはならない課題なのでしょうね。
──アプリや電子書籍で漫画を読むスタイルが普及したことで、コンテンツの中身に変化はありましたか
岩崎 電子だけで発表する作品の場合、作家さんがその媒体に合うように表現を工夫していることは多々あります。例えば、スマホの小さい画面でも見にくくないよう一ページあたりのコマ数を少なめにするとか、表情が印象的に見えるように顔のアップを入れるとか……。
前田 そういった工夫はあらゆるところにあります。例えば作品の表紙には他の作品と並んだ時に映える赤色が多く使われるとか。それに、全体的に絵のレベルが上がったように思います。アプリ上で並ぶことで比べられますし絵が目立つと読んでもらえる可能性も上がります。
宮屋敷 漫画アプリで読む人は、紙で漫画を読む人と比べてライトな層が多いんですよね。その分、パッと見て華があったり読みやすそうだったりするものが、電子の世界では売れやすいことも影響しています。
前田 作品も増え、電子コミック業界は成熟してきました。クリエイターも増えましたし、漫画を描くソフトも充実しています。
──個人がSNSやウェブサイトに漫画を投稿したり、それを読んだりすることが非常に一般的になりました
前田 そうですね。漫画で発信することはプロの漫画家でなくても可能です。しかし出版社と組むことで収益につながり多くの人に届けることができたり、アニメ化やグッズ化など別の形の発信が可能になったりします。作品に付加価値を作るのが出版社なのだと思います。
講談社には、クリエイターと編集者のマッチングサイト「DAYS NEO」や、ゲームもコンテンツと捉え、インディーズゲームの製作を支援する「ゲームクリエイターズラボ」があります。出版社が関わることでお互いに付加価値を生むことができるのではないかと、出版の基本に立ち戻りながら新しいことにチャレンジしています。
ビジネスへの興味が出版社での仕事に生きる
──ライツ事業の存在感も増してきています
前田 ライツ事業は、作家さんの持つ著作権をお預かりして二次利用の許可を得た上で、原作と異なる形式のコンテンツにする事業です。例えば映像化や、原作をもとにグッズやゲームを作らせてもらったりイベントを実施したり。作家個人では手が回らないところを、出版社がいろんな形で作品の魅力が届くように手伝う仕事です。
宮屋敷 日本語の書籍を外国語に翻訳して海外で売るのもライツ事業で、昔から出版社の仕事の一つでした。作品が原作として使われて、グッズ化・映像化され始めたのは比較的最近で、ビジネスとして力を入れ始めたのは「出版不況」の時期ですね。書籍の販売収入や広告収入以外の「第3の収入を探せ」と言われ、そこで登場したのが、デジタルとライツ事業でした。
前田 今や「第3の収入」どころか講談社を支える柱の一つですね。
宮屋敷 コンテンツを届けるメディアやプラットフォームの増加もライツ事業が拡大した理由だと思います。発信の場や形態が増え、それぞれに新たなコンテンツを作るのは大変な中で、出版社には原作となり得る作品がたくさんありました。
前田 ライツ事業は、クリエイターに講談社を選んでもらう、次のコンテンツを預けてもらうための循環の柱でもあります。講談社で作品を作ったら、アニメ化されるかもしれない、より多くの人に届くかもしれないと思われることで、次の作品につながります。
宮屋敷 採用活動の中で「個人で発信することもできる中で作家にとって出版社と仕事をする意味はなにか」と学生の皆さんからよく聞かれます。ライツ事業として、個人では難しいスケールの大きい話を出版社が実現に尽力するのは作家にとってメリットですよね。
──講談社は社会の変化に対応するのが早い、対応に成功してきた印象があります
宮屋敷 出版社は知名度や作品の量に比べて社員数が少なく、会社としては規模が小さいですからね。
岩崎 一つ一つの単価が安いのも強みかもしれません。一冊の本を作るのに関わる人数も、最少なら作家と編集者の2人と少ないですし。あとは、現場が必要だと感じたことにどんどん取り組むのが、講談社の特徴だと思います。「DAYS NEO」も、現場のアイデアでできました。
宮屋敷 出版業では10割の成功を求められないからかもしれません。3割バッターでも十分すごいので、失敗してもいいからどんどんチャレンジするのが、業態的に染み付いているのだとも思います。
──就活生に向けて講談社の魅力を教えてください
宮屋敷 ありとあらゆるジャンルを内包しているスケールの大きさは講談社ならではだと思います。ジャーナリズムから漫画、ライツビジネスも含め、ここまで幅広く展開している出版社はなかなかないかなと。
岩崎 ボトムアップとトップダウンのバランスが取れているのも良いところだと思います。例えばデジタル化や、最近ではグローバルブランディングなど、トップの号令の下で一気に押し進めることもある一方、現場発信のボトムアップの事業も多い。マスコミ全体に斜陽の印象がある人もいるかもしれませんが、トップダウンとボトムアップを生かしながら、不況の時代も社会の変化も乗り切ってきました。これからも時代に合わせる変化をいとわず、出版を取り巻く状況が大きく変わっても何とかするだろうと思います。
──どんな人に入社してほしいですか
岩崎 コンテンツを作りたい人はもちろんですが、ビジネスに対する感度が高い人にも出版社で働くことを考えてみてほしいです。作ったものをどう世の中に広げるか、どういう変換の仕方があるかにも興味がある人は、これからの出版社でより楽しく働けると思いますよ。
【記事修正】2023年3月29日午後1時20分 「一番」の「一」が抜けていたため修正しました。
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