「課外活動、社会活動等」分野で2021年度の総長大賞を受賞した、中條麟太郎さん(文・4年)。その受賞理由は、オンラインで意見集約を行う教育プラットフォーム「LearnWiz One」を開発し、世界最大のEdTech(IT技術を用いて教育領域に革新をもたらそうとするサービスの総称)コンテストの研究開発部門で優勝したことだ。教育工学が専門の吉田塁准教授(工学系研究科)と共に開発したというLearnWiz Oneは、どのようなサービスなのか。学部生と教員という異例のタッグで大学発ベンチャーを立ち上げようとしている2人に、開発に至るまでの経緯や、今後の展望を聞いた。(取材・高橋祐貴)
授業のオンライン化支援から始まった協働
━━LearnWiz Oneとは、どのようなサービスなのでしょうか
中條 一番簡単な説明としては、「参加者の主体性を引き出す全く新しい意見集約ツール」です。
コロナ禍でオンライン授業が急速に進んだ大学では、リアルタイム・オンデマンドにかかわらず、学生と教員や学生同士のコミュニケーションが取りづらいという課題があり、実際に自分も授業を受ける身として問題視していました。例えば教員が質問しても学生は黙ったままで、一方的に教員がしゃべり続けて授業が終わることがままあります。そこで、オンライン授業で学生が積極的に意見を出しやすい環境を作れれば、学生同士の学びが加速してより良いオンライン授業を作れるのではないかと考えたのが、開発の一つのきっかけでした。
具体的には、「Post(投稿する)」「View(見る)」「Summarize(議論をまとめる)」の三段階を通じて、良い意見を抽出できるようにしています。利用者はまず、ブラウザ上でLearnWiz Oneにアクセスし、運営者が設定した問いに対する回答を投稿します。次いで他の人の投稿がランダムに5件ずつ画面に表示されるので、出てきた意見に対し「いいね」や返信を行います。従来のツールだと全ての投稿が一度に表示されていたところを、アルゴリズムを使って均等に割り振ることによって、各参加者が多様な意見に触れることができるようにしたことがこのツールの強みです。最後に、各参加者がつけた評価を基に「良い意見」を抽出し、それについてクラス全体で議論するという流れで利用します。ここでは、どの投稿も等しく他者の目に触れているので、本当に良い意見が浮かび上がってくるようになっています。
これらは従来のツールでは難しい流れです。例えばZoomのチャット機能だと、皆が投稿した意見がどんどん流れてしまって、他の人の意見を見ることも、良い意見を拾い上げて議論をまとめることも容易ではありません。あるいはSlidoでは、他の人の投稿に「いいね」をつけることはできますが、投稿されたタイミングによって、最初の方に投稿された意見には「いいね」がつきやすく、最後の方の投稿には「いいね」がつきにくいため、他の人の意見を見る、あるいは良い意見を皆で共有する部分が必ずしも上手くいっていませんでした。
━━学部生と教員が組んでこのようなプロジェクトを行うのは珍しいと思うのですが、どのような経緯で一緒に取り組むことになったのでしょうか
中條 自分と吉田先生は所属も全く違っていて、普通だったら接点はないと思うのですが、2020年3月、コロナ禍が始まった際に自分が学生側、吉田先生が教員側の立場から東大の授業のオンライン化支援をやっていたというのがきっかけです。元々、当時吉田先生は、Zoomの説明会を開いたり、問い合わせに対応したりと、授業のオンライン化に尽力されていたのですが、ちょうどその時、私は情報基盤センターで学生アルバイトのようなことをしていました。そこで先生方が授業のオンライン化に向けて奔走されているのを間近で見ていたところで、手伝えることがあるからと誘ってもらって一緒に活動し始めたのが、2020年の5月ごろでした。
1年半ほど経って、東大のオンライン授業がある程度落ち着いてきた時期に「これからさらにより良いオンライン授業をつくるために何ができるんだろう」と吉田先生とディスカッションを始めたのが、LearnWiz Oneにつながる直接のスタートでした。
吉田 最初は最先端の技術を使って何かできないだろうか、と雑談を始めました。完全な自分の専門内の話ではなかったんですけど、VRとかの話をしてましたね。
中條 いろいろブレストをする中で、吉田先生から、それこそコロナ禍より前からずっと取り組んでいた「オンラインで大規模なアクティブラーニングを実現する」という研究の一つの軸を説明いただいて、「それ、面白そうですね」と自分が反応したんです。
吉田 最初は自分の研究の話はしてなかったんですが、どこかでチラっと研究の話をしたら「何かそれ面白そうですね」と言ってくれたので、「じゃあ」っていう(笑)。
━━なぜアプリとしてのLearnWiz Oneを開発しようということになったのでしょうか
吉田 ちょうどさっき調べていたら、メモが出てきたんですけど(笑)、調べた中で最古のものでは、2019年の7月15日に「集合知に関するアイデア」みたいなメモ書きをしていて「全員にコミットしてほしい」とか「埋もれやすいアイデアを見つけ出す」とか、この時点で意外とLearnWiz Oneのコアになる発想が書かれているんですよね。このアイデアがずっと頭の中にある中で、その片鱗を語った時に中條さんが反応してくれたんです。
中條 そこから吉田先生とディスカッションする中でどんどん広がっていった感じがありますね。「こんな仕組みでできるんじゃない?」とアルゴリズムの提案を先生がしてくださって、私が「こんな画面だったらいいんですかねえ」とイメージスケッチを描いて、進んでいきました。
最初は本当に雑談で、「新しいツールを作りたい」みたいな考えがあったわけでは自分としては全然なくて、吉田先生から提案いただいて議論する中で、あれよあれよという間に、それが実はすごいツールであることに気づき始めてきた感じです。
吉田 アルゴリズムの設計にあたっては「複数の意見から一つを選ぶ」ことを重視しました。知見の蓄積がある(1対1でどちらかを選ぶ)一対比較法という方法もあるのですが、実際授業の中で一対比較をやると本当に「良い意見を選ぶこと」に集中したものになってしまうし、どちらかというとエンゲージしてもらいながら自然に良い意見が浮かび上がってくる方法がいいなと思っていました。
中條 この議論をしてから3日くらいでプロトタイプ(試作アプリ)を完成させて、9月1日に自分たちが開催している(文章作成術についての)ワークショップで実際に使用したのが一番最初です。
最初に出したアプリは、今のLearnWiz Oneとは全然違って3列になっていて、新しい投稿が出たらどんどん流れてくるようなUIになっていたのですが、作った後の吉田先生とのディスカッションで「これ授業中に新しい投稿がどんどん流れてくるの鬱陶しくない?」という話になって、自分で「次を見る」ボタンを押すようなUIに変更するなど、随時改善を重ねていきました。
実は、ワークショップで初めてツールを使った時に「何か上手くいってない感」を吉田先生と感じていて、ツールが悪いのかファシリテーション(司会進行)が悪いのかも良く分からず、でも思っていたより良い意見が上がってきていないという状態でした。ワークショップ後に吉田先生と3時間くらい話していましたよね(笑)。全然問題点が分からないからとにかく箇条書きで洗い出していって、30分くらい混沌としていたところから、ツール自体にはそれほど問題はなくて、むしろファシリテーションを改善すべきだという結論に至りました。それで翌週のワークショップでファシリテーションを変えて「行ける!」となった思い出があります。
━━最初のワークショップでは、何が問題だったんでしょうか
吉田 人気順に並んだ投稿を見た時に、結構下の方に良い意見があったんですよ。この時点でもうダメじゃんという(笑)。
上に上がっているのは確かに良い意見だったんですが、埋もれちゃっているものもあって、それって目指すところと違くない? と議論した時に、終了時間ギリギリになって投稿された意見は、他の人が確認する時間がなくなってしまうので、良い意見であっても浮かび上がらないことが見えてきました。
我々の仕組みだと、1分でもいいから確認の時間を設ければ、参加者たちが相互に意見を確認や「いいね」してもらえて、評価された意見が浮かび上がってくるので、投稿の時間と確認の時間をきちんと区切って運用すればいいという結論になりました。ツールって、それ自体だけでなく、使い方も大事なんですね。今はすらすらと語れてますけど、当時は本当に原因が分からず、混沌としたところから議論を重ねてました(笑)。
起業教育の知見も踏まえて改善サイクルを回す日々
━━開発を進める中で、大変だったのはどのような点でしょうか
中條 ひたすらワークショップをやって、改善点を見つけて改善して「できた、やった」と思いながら開発し続けているので、あまり苦労したという印象がないんですよね(笑)。
吉田 自分たちは、毎回ワークショップの後にアンケートを取っていて、そのアンケートの声を全力で聞いているんですよ。アンケートって、取りっぱなしで終わっちゃうこともあると思うんですけど、我々はワークショップに対する意見を聞いて、直接的にLearnWiz Oneに触れてない意見でも「こういう意見が出てきたってことはこうなんじゃないか」みたいな話をしながら、ワークショップ自体の設計やツールの改善を日常的にやっていました。
中條 プロダクトを作るときに「何を求められているか分からない」って一つの苦労する点だと思うんですけど、そこを私たちはちゃんと毎週ワークショップをやって、アンケートをちゃんと取って、毎回ちゃんと反省して学んで、プロダクトを直して、とプロトタイピング(簡易な試作アプリを作って実際に使い、問題点を見つけて改善していくこと)のループを回してきたからこそ、そこまでどん詰まりになったことはなかったんですね。求められているものを必要な速度で作ってきたという感覚があります。
━━このような好循環を生む体制を整えられたのはなぜなのでしょうか
吉田 実は自分はアントレプレナーシップ(起業)教育にも携わっているんですよね。2020年の11月に工学系研究科に移って、自分がアントレプレナーシップ教育を提供する側になったんですけど、そのような授業を提供したり、ゲスト講師の方々の話を聞いたりするうちに、自分も動かなきゃいけないなという気になってきて(笑)。
特にアントレプレナーシップ教育で有名な米バブソン大学の山川恭弘先生が「Action trumps everything」、「行動が全てに勝る」ということを強く言われていて、実は中條さんも1年生の時にこの授業を受けていたんですけど、中條さんとも「これちゃんと行動した方がいいですよね」という話をして、久々に自分たちが提供するワークショップを再開したんですね。
中條 そのことはすごく覚えてます。吉田先生から「中條さん、『Action trumps everything』だよね」と言われて、山川先生の声が聞こえてきたというか(笑)。そこで吉田先生と意識が共有できたところはありましたね。
国際ピッチコンテストでひねった「つかみ」
━━総長大賞の受賞理由にもなったEdTechの国際ピッチコンテスト(起業家や事業立案者が投資家などの審査員に対して自らの事業計画をプレゼンテーションするイベント)・GESA(Global EdTech Startup Awards)には、どのように出場したのでしょうか
中條 GESAを知るきっかけとなったのは、文部科学省が主催し、スタートアップ支援を担う CIC Tokyo が事務局として運営しているScheem-Dというプロジェクトです。これは一番最初に、吉田先生と「オンラインで大規模なアクティブラーニングの実現を目指そう」と話していたタイミングで、活動を持続させるために応募してみたんですね。実はこの頃はまだLearnWiz Oneのアイデアすらない状態で(笑)。ツール開発という方向性も見えておらず「オンラインで大規模なアクティブラーニングを実現させたいです」というコンセプトだけでScheem-Dに応募したのが始まりです。
そこから、Scheem-Dでプロジェクトを行う場所やワークショップの機会、専門家からのアドバイスなどの支援を受ける中で「GESAって大会があるんだけど出てみない?」と誘ってもらいました。
吉田 それ以外にも、小さなピッチコンテストにいくつか出たんですが、これも全てScheem-D経由でした。Scheem-Dの支援の充実は想定以上でしたね。Scheem-Dから上手く支援を受けたら自分たちのプロダクトがどんどん伸びるというのは身を持って実感したので、ありがたい仕組みを作ってもらったなという感じです。
中條 紹介いただいたコンテストにはどんどん出場しているんですが、これは出場することによって自分たちのプロダクトへのフィードバックが来るので、それを基に開発を進められるし、ある種の広報にもなるので、一石二鳥なんですよね。
━━ピッチコンテストでは、どのようなフィードバックをもらいましたか
吉田 ピッチコンテスト自体というより、発表に向けてプレゼンを作っていく段階でもらったアドバイスが、今でもとても活きてますよね。
中條 そうですね。面白かったのが、プレゼン作成を通じて、自分たちもLearnWiz Oneというツールを捉えるフレームワークを教えてもらったというか。今、自分たちのプロダクトの説明をするときは「『Post』『View』『Summarize』の三つのポイントがあります」と話しているんですが、これも実はプレゼンの練習をする中で「こういうことじゃない?」と Scheem-D と CIC Tokyo でお世話になっている方に言ってもらって発見したようなものなんです。自分の強みを第三者に見てもらうことで再認識できたのはいいプロセスだったかなと思います。
━━国際大会であるGESAではどのように勝負をしたのでしょうか
中條 文科省の支援を受けつつ、オープンな形で使えるプロトタイプを作って全国の教員と協働するなど、自分たちだけには閉じずに開発を進めている点を評価してもらいました。
吉田 日本と少し変えた点としては、いつもピッチの冒頭で中條さん視点での問題意識を説明しているんですけど、その部分で、日本では「教員が質問する→それに対して誰も答えない→そして教員がしゃべり続ける」という導入をするんです。でも、海外だと「誰も答えない」ってあんまりないんですよね。ただ、自分も結構海外に行っていて分かるんですけど、発言者が偏っちゃう、しゃべる人しかしゃべらないという問題はあって、そこは結構世界共通でいけるなと思ったんで、一見マイナーチェンジなのですが本質的に重要な変更として「発言する人が偏る→皆がエンゲージしない」という問題意識の提示をするようにしました。
一番最初のつかみなので、ここで納得してもらえなければ聞いてもらえないだろうということで、海外の文脈に合わせる方法を検討をしてましたね。
そして起業へ LearnWiz Oneの未来
━━現状、LearnWiz Oneはどのような人々に使われているのでしょうか
中條 現在は、大学教員向けのワークショップを多く実施していることもあり、大学関係の方が主な利用者ですね。ただ、大学教員だけでなく、中学高校の教員や、社会人の方にも登録してもらっているのは確認していて、少しずつ大学の外にも広がっていっている実感はあります。
━━現在は、どのような点に力を入れて活動しているのでしょう
中條 まず一つには、使ってもらう人を増やすということがあります。これまでは大学教員が主な対象でしたが、そもそも世の中で意見交換や意見集約をしている場面ってすごくたくさんあるわけですよ。その一つが企業で、新しいアイデアを考えるときに、皆で意見を出し合って、いいものを選ぶプロセスをやっているし、中高の文脈でも、例えば生徒会活動などで何か議事を決めるのもまさに意見集約だと思っていて、こうした場面でも使えるのではないかというのが今考えていることです。そのため、アクティブラーニングを積極的に実践されているような中高の先生方に直接アプローチして、中高の生徒に対してLearnWiz Oneを使ってワークショップをしたり、企業の人に対しても具体的な使い方を提案して一緒にワークショップを作っていたりと、大学以外へのアプローチを進めています。
吉田 これまでの大学教員向けのワークショップに加えて、中高や企業の方々と議論を重ねる中で、これまでとは違ったフィードバックをもらうようになったので、それらを踏まえてツールを改善していくということも、開発面では力を入れていることですね。
中條 また、今後はLearnWiz Oneを安定的に運用していくことも重要になってくると思っていて、そのためにスタートアップとして起業して事業化しようとしています。その過程で、登記の準備も進んでいますし、サービスの正式版の構築準備も進んでいます(編集注:取材後、登記が完了し、中條さんは株式会社LearnWizの代表取締役CEOとなった)。
━━今後、どのようにLearnWiz Oneを発展させていくか、現在描いているところを教えてください
中條 直近では起業がやはり大きいです。これまでは吉田研究室の活動としてやっていましたが、ちゃんと多くの人に使ってもらって、持続的にツールを運用していくとなると、ちゃんとお金を回して、より良いサービスを作り続けることが必要だと思っているので、スタートアップとして成長させていきたいというのが根本的な思いではあります。
大きなところでは、教育学や工学の専門的な知見を使いながら、より良い教育を実現してくというのが自分と吉田先生がこのプロジェクトをやっている大元の目的だと思っていて、LearnWiz Oneはその第一歩だと捉えています。LearnWiz Oneとは別のところで教育に資するものを提供できるのではないかという話も吉田先生としているので、そういう方向もあり得るかもしれません。吉田先生は今後も「オンラインでの大規模アクティブラーニング」というテーマを軸に、より良い教育を実現するための研究を続けていかれますし、新たに起業する会社では、同じ目的意識のもとで、知見を社会実装していくことがミッションになるでしょう。
さらに大きなところを考えると、教育は全ての基本というか、教育で得られた知見は教育以外の領域でも必要とされると思っています。より良い教育を作るための知見を創出し、その知見を社会に還元して、より良い社会を作る、ということが私たちの一番大きな今後のビジョンと言えるかもしれません。
※LearnWiz Oneの利用はこちらから→ https://one.learnwiz.jp/