「惜しい、あと一問で満点だった!よくできたね。この問題はどこが違うかな?」
土曜日の午後、東京都・墨田区内にある小学校の教室では、24人の子どもたちが2、3人ずつに分かれ、10人の「先生」たちに算数を教わっていた。大きな花丸をもらって嬉しそうな5年生の男の子は、少し前まで落ち着いて机に向かうことができなかったという。
貧困世帯をはじめ学習に困難を抱えた小・中学生を、ボランティアの大学生が丁寧に教える個別指導教室。実施しているのは、無償の学習支援によって教育格差の是正を目指すNPO「Learning for All(ラーニング・フォー・オール)」だ。学生たちが社会課題と向き合う現場を訪ねた。(文責・日高夏希)
貧困の連鎖を止めるために
平均所得の半分を下回る世帯で暮らす子どもの割合は16.3%(2012年厚生労働省調べ)と、6人にひとりの子どもが貧困状態にある日本。一人親世帯や収入が少ない家庭の子ほど、学校外の塾などに通う機会が限られ、高校・大学への進学率も低い。「Learning for All」は東京都(葛飾区、墨田区)と大阪市、奈良市で、公立学校や公民館を拠点に学習支援プログラムを行い、昨年度までに3000人以上の小・中学生が参加した。
「本人の努力以前に、経済的な不利益が子どもの将来を決めてしまう構造がある。支援で学力を上げるのはもちろん、家庭を含めた環境を変えることで、子どもたちの可能性を広げたい」と、代表理事の李炯植(りひょんしぎ)さんは語る。李さん自身、生活保護世帯が多い兵庫県尼崎市の集合団地で育ち、社会階層や格差に問題意識を持つようになったという。
「僕にとって転機になったのは、小学校6年の頃に担任の先生が『あなたは東大に行くような力がある』と中学受験を勧め、家庭教師をつけてくれたことだった。私立の中学・高校から東京大学に入ったけれど、地元では同級生たちが大人になるにつれて、その子どもへ貧困が連鎖していると実感した」。
東京大学在学中に、もともとNPO「Teach for Japan(ティーチ・フォー・ジャパン)」の一事業だった教育支援に関わり始め、事業拡大のため昨年7月に「Learning for All」として独立。子どもの貧困対策は行政でも重要視されるようになり、地方自治体から委託される事業も増えている。
子どもと学生ボランティア、一人一人の学び
「Learning for All」で教師ボランティアとして活動する学生は、様々な大学から応募して選考され、コミュニケーションや自己内省などの研修を受ける。子どもたちに質の高い指導をすることはもちろん、社会課題と間近に向き合う中で、教える側の学生自身が成長することにも重きを置いているためだ。教師ボランティアの経験を積んだスタッフは、活動の拠点をコーディネートする役職にまわるなど、学生が主体となって組織を運営している。
小学校でのプログラム実施日、教師ボランティアの学生たちは午前中から念入りに指導の準備をしていた。学習障害などで集中力が続きづらい子もいるため、わかりやすい絵で資料を作ったり、それぞれの学力に合わせた小さな目標を設定したりと工夫を凝らす。
昼過ぎ、子どもたちがにぎやかに教室に駆けてくる。しっかりとあいさつをして、30分間の短い授業を開始。3コマの授業中、アドバイザー役のスタッフが指導の様子を見守り、生徒との距離の取り方など、教師ボランティアの改善点を授業後にフィードバックする。
複雑な事情を抱えた子どもたちに安心感や自己肯定感を持ってもらえるよう、ボランティア全員が細やかに連携している。毎週末「Learning for All」のクラスに通い続けた子どもたちには、普段の登校時も教師ときちんと向き合えるようになる、勉強への苦手意識が薄くなるなどの変化が現れるという。
この教育支援を、小学校の校長は期待とともに見守っている。
「担任の教師はクラス全体を見なければならないので、特別に支援が必要な子はどうしても遅れてしまう。最初は、難しい状況の生徒を大学生が指導して大丈夫だろうかと思ったが、歳の近いお兄さんお姉さんがしっかり自分のことを見てくれると、子どもたちが楽しそうに通うようになった。学生にも、子どもと接した時の気持ちを忘れずに、ぜひ教員を目指してもらえたら」。区の教育委員会とも連携し、活動の発展をサポートしていきたいと話す。
「Learning for All」では現在、冬季プログラムへの教師ボランティアを募集中だ。教員志望の学生も多いが、活動を通してリーダーシップ、課題解決といった社会人基礎力を磨くことができるため、OBOGの優良企業への就職も際立つ。教育や格差に関心をもち、主体性をもって取り組める学生を求めているという。説明会情報はウェブサイトhttp://learningforall.or.jp/wanted/から。