9月は例年、台風のシーズン。気象庁の発表によると、2017年までの10年間の平均で、日本付近の台風発生数が最も多いのは9月だった。通常9月下旬から東大のAセメスターも始まるため、登下校の際、交通機関の乱れに苦労した経験がある学生も多いだろう。
だが、それらの台風や、冬の大雪などで、東大の講義が休講となることはまれだ。台風当日の朝には「こんな日でも講義があるのか」と悲鳴に近い声がSNS上に書きこまれ「東大は休講条件が厳しすぎる」という声もしばしば耳にする。
では、本当に東大の休講条件は厳しすぎるのだろうか。制度の背景にある事情を取材した。
(取材・福岡龍一郎、曽木悠美)
東京大空襲翌日も、いつもと変わらず講義
これまでの歴史を振り返ると、休講にまつわる東大のエピソードは事欠かない。ノーベル賞を獲得した物理学者・江崎玲於奈氏は東大130周年を記念した講演で、戦時中の東大での学生時代を以下のように回顧している。
「大空襲の翌日、田中務教授は、いつもと変わらず25番教室で『物理学実験第一』の講義をなさいました。戦争の話もされずに、いつもどおりやられたことに『東京帝国大学アカデミズムの存在感だ』と感じた記憶があります」(https://www.u-tokyo.ac.jp/130ut/event/03_07html)
戦時中、特に東京大空襲の翌日でも、東大の一部の講義は休講になることなく、通常通り実施されていた。
1975年には、公労協(公共企業体等労働組合協議会)のストライキにより国鉄(現JRグループ)の全路線が8日間、運行を休止。その際、東大の前期教養学部や文系学部はほとんど休講となったが、工学部・農学部・理学部の講義は平常通り行われた。当時の東京大学新聞はキャンパスの様子をこう伝えている。「とはいえ、ふだんは、国電で通っている人にとってはどうにも登校しようがないので出席率は四割程度。『授業は欠席しても独学で何とか追いつけるが、実験ばかりは出席しておかないと後日のノルマがふえてしまう。国鉄全面ストなのに平常通り授業・実験を行うなんて、おかしい』と工学部・農学部生のぼやくことしきり」(編集注・一部表現を修正した)。
時代背景や大学を取り巻く環境は異なるが「東大の講義はなかなか休講にならない」という傾向は脈々と存在してきたのかもしれない。
大学職員も認める「厳しい基準」
それでは、今日の休講制度はどうなっているのだろう。現在、東大では、台風や大雪・交通機関の乱れなどで休講にする判断・基準は各学部に委ねられている。そのため学部により休講制度が異なるが、前期教養学部や法学部、農学部など複数の学部が採用している休講条件に「首都圏においてJR電車が全面的に運転を休止し、かつその他大手私鉄のいずれか1社もその運転を全面的に休止している場合、授業をそれぞれ休講とする。ただし、状況に応じて特別な措置を取る場合もある」という内容のものがある(表)。
法学部によると、1987年度ごろの便覧には既にこの休講条件が掲載されており、30年以上前から存在し続けた制度であると推測できるという。ただ、これまで30年間の電車の運行状況や鉄道事故の記録を調べても、首都圏におけるJR電車と私鉄1社が全面的に運行休止となったのは、2011年の東日本大震災直後の電車の不通状態の1件のみで、台風や大雪による運行休止で休講条件が適用され得るケースは1件もなかった。それ以前にさかのぼると、1985年には国電同時多発ゲリラ事件で首都圏における国鉄の路線がまひ状態となったが、私鉄は通常通り運行していたため、休講条件にはあてはまらない。
教養学部の担当者も「これは厳しい基準であり、この基準が適用されることはあまりないということは承知している」と話す。休講によるその後の補講や授業スケジュールへの影響は多大なものであり「東大は学生数も教員数もとりわけ多く、簡単に休講にできない」。そのため、大方の学生が授業を欠席せざるを得ないような交通状態を想定した、厳しい基準を設定しているようだ。
ただし、実際には、休講条件の後項にあたる「状況に応じた特別な措置」で各学部は対応している。直近で取られた休講措置には、法学部が2017年10月23日に1限を休講、前期教養学部が2013年10月16日に1限を休講した例がある。どちらも台風によるものであったが、農学部はどちらの台風の際も通常通り授業を実施しており、学部間で対応に差が生じていた。
災害と授業が重なったら「自分自身で判断を」
災害時の情報伝達について研究する関谷直也准教授(情報学環総合防災情報研究センター)に災害時などにおける大学の休講制度について話を聞いた。
「私自身も自分の講義について、東大でも、非常勤先の大学でも休講措置について悩むことがあります。休講にしたら原則、補講をしなければなりません。また試験間際だと、代替措置も困難です。長期休暇、入学試験など事前にある程度決まっている大学日程は簡単には変更できず、例えば台風の可能性があるというだけでは、全面休講の決定はできません。学生の安全確保と、授業スケジュールの兼ね合いは悩ましい問題です」
「しかし、大学生なら、たとえ講義が行われていたとしても、大雨特別警報や暴風警報の発表時に、外出をすることが適切かを自分自身で判断するべきです」
「台風や前線豪雨では、気象庁が発表する気象情報、国土交通省などから出る河川情報、市町村からの避難に関する情報に注意を払ってください。また、台風でまず気をつけるべきは、暴風による飛来物・落下物と転倒です。暴風警報に注意を払う必要があります。災害の多い日本で生きている以上、それらの情報に注意し、自分自身で判断することが重要です。その上で、将来、災害が発生したときに家族や組織の人を守るため何をすべきか判断できるよう、今から考える習慣をつけて下さい」
関谷直也(せきや・なおや)准教授
(情報学環総合防災情報研究センター)
1998年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。2004年に人文社会系研究科博士課程単位取得退学。修士(社会情報学)。東洋大学社会学部准教授などを経て、2014年より同センター特任准教授、2018年より現職。
この記事は、2018年8月28日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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