NHKの1993年から続く長寿番組「クローズアップ現代」。変わりゆく世相や社会問題に現場取材の視点から斬り込んできた。そのクローズアップ現代と東大がコラボしたトークイベント「気候変動と地球のミライ」が昨年12月13日、本郷キャンパス伊藤謝恩ホールにて開催。イベントのテーマは「地球沸騰」とも表現される昨今の急激な気候変動に関する問題意識を共有し、その解決への道筋や課題を考察することだ。今回はイベントの模様を取材した。(取材・小原優輝、吉野祥生)
トークイベントの様子
イベントの前半は現在、クローズアップ現代のキャスターを務めているNHKの桑子真帆アナウンサーと東大教授3名が登壇し、桑子アナが世界で起こるいろいろな気候変動に関する事象について、東大の教授にそれぞれ質問をする対談形式。世界各地で発生している気候変動やそれに伴う被害に関して議論を行った。登壇した東大の教授は、気候科学が専門の江守正多教授(東大未来ビジョン研究センター、東大大学院総合文化研究科)、国際関係論が専門の亀山康子教授(東大大学院新領域創成科学研究科)、公衆衛生が専門の橋爪真弘教授(東大大学院医学系研究科)で、気候変動という一つの対象に対して、専門の異なる教授らによる多角的な意見が提示された。
まずは、気候変動の現在の状況について問われ、江守教授の説明が始まった。江守教授は、2024年に速報値ではあるものの産業革命以降世界平均気温が最も高くなったということを踏まえ、24年の世界平均気温が産業革命前の平均気温から1.5℃以上上昇し、ここ数年記録を大幅に更新し続けていると述べた。一方で、パリ協定での「産業革命以前に比べて世界の平均気温の上昇を1.5℃以下に抑制する努力をする」という目標に関して、目標の達成が不可能になったのでは、という見方に関しては、24年の世界平均気温はあくまでその年限りの結果であり、24年前半まではエルニーニョ現象が発生していた影響もあるため、長期的に考察する必要であると指摘した。
続けて、このまま世界の平均気温が上昇し続けた場合、どのような世界になるかという桑子アナの質問に対して、江守教授は大気中の水蒸気量増加により、2024年9月に発生した能登半島での豪雨のような事例が増加し、被害も深刻化すると話した。また、気温上昇につれて、「ティッピング・ポイント」という気候変動が不可逆的かつ大規模に転換する段階に達し、南極やグリーンランドの氷床が急激に融解し始める可能性があるとも指摘した。
ここで、日本人の気候変動に対する意識を調査したデータが示された。この調査では、日本人は気候変動に危機感を持つ人が多い一方、気候変動に関する話を他者とする機会が少ないという結果が明らかとなった。江守教授は気候変動の解決に重要な議論が日本では不足していると指摘し、気候変動に関心が低い人への働きかけの必要性を訴えた。実際、記者も気候変動問題を当然のように考えてしまい、友人や家族と改めて話すことはほとんどなかったため、他者と意見を共有することの重要性に気付かされた。
次に気候変動が健康に及ぼす影響に関して議論が行われた。まず、過去に橋爪教授がスタジオ出演した時の「クローズアップ現代」の映像が会場で放映。テーマを「暑さと公衆衛生」に据えた番組内では、持病が悪化し亡くなる人や、ホルモンバランスなどの変化で鬱状態になる人が増加しているという事例が取り上げられた。映像の放映中は会場に問題意識が共有され、参加者は各々が考えを巡らせる時間だった。映像が終わると橋爪教授は、日本で熱中症により亡くなる人は年々増加傾向にあり、直近5年間では毎年約1300人が亡くなっていると指摘しつつも、熱中症だけに着目していると、暑さによる健康影響を過小評価してしまっていると警鐘を鳴らした。
気候難民の問題に関して議論が及ぶと、亀山教授は、シリアにおいて乾燥化により農業が難しくなることで、農民が難民化して都市へ集中するようになった例を紹介。これにより既存の住民との摩擦が生じたために社会不安が発生し、イスラム過激派の台頭を招いたという因果関係の可能性を近年の研究から指摘した。気候難民の発生地から遠く離れた先進国でも自分たちの生活を優先するか、人道的な立場を取るかで受け入れに関する対応が分かれ、気候変動の及ぼしうる影響範囲の広さや問題の複雑さが明らかとなった。戦争や貧困での難民ではなく、気候難民が世界中で増加し、問題がこれほど深刻化していることに記者は衝撃を受けた。
先進国が対策で一枚岩になれていない現状について、亀山教授は、「途上国で直接的な影響が出ているが、先進国にも間接的に影響は出ている。例えば、ヨーロッパを中心にこれまで難民を積極的に受け入れてきたが、その数が増え続けると受け入れる側も余裕がなくなり、難しい状態になってきていると思う。先進国が資金面などで途上国を助けることは巡り巡って先進国の社会不安を改善するっていうことにもつながってきます。」と述べた。トランプ氏の米国大統領就任に際して、トランプ氏が気候変動対策に後ろ向きな考えを示すなど、大きな影響が出るのではないかと桑子アナから追加で質問がされた。この点に関して亀山教授は、トランプ氏の影響は否定できないものの、米国では州政府が環境対策に関する権限が強いこともあり、変わらないことも多いと述べる。さらに、日本の果たす役割に関しては、短期的な政局に左右されずに、長期的な視野で脱炭素へ前進することが重要だと指摘した。
イベントの後半では、気候変動問題関連の活動をしている東大生2名が登壇。学生に加え、桑子アナ・教授3名による計6名のクロストークが行われ、「気候変動にどのように向き合っていくか」というテーマを「企業」と「社会」という観点から考察した。学生や社会人を含む観覧者は深く聞き入る中、ときおり笑いも起き、シリアスなテーマながら和やかな雰囲気で議論が進んだ。
秋山知也さん(人文社会系研究科・修士2年)は、さまざまな環境問題の解決を目指し、キャンパス内へのウォーターサーバー設置を実現させ、不要な食品を回収し再配布する「フードバンク」などにも取り組んだ。岡田智七永さん(文Ⅱ・2年)は、政策提言などを行う環境NGOのClimate Youth Japan(CYJ)に所属し、勉強会や国際会議などに参加している。「環境問題は特に自分たちのような若い世代に大きな影響がある」という意識があるという。
学生2名の自己紹介のあと「気候変動にどのように向き合っていくか」についての議論が始まった。江守教授は、日本が掲げた「2035年度に2013年年度比で60%の二酸化炭素排出量削減を達成する」という目標は、それでも実現は難しいという意見があることを踏まえつつ、先進国としては不十分で、パリ協定時の目標には沿わない内容だと指摘。では、具体的にはどのように排出を削減するのか。亀山教授によれば、「COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)では一つの合意を得るのに何年もかかるが、気候変動は待ってくれない」ため、最近ではCOPとは無関係に環境問題の対策に積極的に乗り出す企業が増えているという。
桑子アナの「企業が気候変動対策をしているかは気になるか」という質問に対して、秋山さんは「周りの人を見ても(特に就職先を選ぶ際に)気にしている人が多い」。岡田さんは「自分も周りの人も、服選びのとき、どれくらい人間・地球・動物に配慮しているブランドかを考えている。そうした意識がもっと広まってほしい」。江守教授は「岡田さんのような人を“意識高い”とか“変わっている”とみなす風潮に対して、“だからどうした”とか “何が悪いの”っていう感じで僕はいいんじゃないかなと思って」と笑った。
就職先として、地球環境にあまり配慮していない企業を選ぶことは、これから先リスクになりうると江守教授。例えば、環境問題に関する新たな規制が行われたとき、それに適応できないような企業にいると、自分の仕事にも影響が出る可能性があると分析する。
では、社会的な影響を考えた時に、私たちはどのように気候変動に向き合うべきだろうか。橋爪教授は、日本の医療従事者の気候変動対策への意識の弱さを指摘する。ヨーロッパでは「気候変動は命に関わる問題なので、人の命を守る医療従事者は環境にも配慮しなくてはいけない」という考え方のもと、二酸化炭素の排出量が少ない治療・薬剤・機材を選択したり、COPに医療関係者として働きかけをしたりするなどの気候変動対策が行われている。
岡田さんは「社会の一員として、自分のしていることが今後どのように周囲に影響してくるんだろう、という想像力を持って生活する心構えがちょっとでもあると変わってくるのかなって思います」と力を込める。例えば、包装された商品ではなく包装されていない野菜を買って自炊する方がゴミの量が減るな、というように意識しているという。それを聞き「今の若い人、しっかりしているな感心している」と亀山教授は笑みをこぼし、会場も和やかな空気に包まれた。
亀山教授は、日本も集中豪雨や台風、猛暑といった気候変動の被害を受けているにもかかわらず、それを防ぐために二酸化炭素の排出量を減らそうという意識が弱いと指摘。一人一人が自発的に気候変動への心掛けを変えていくことに加え、政治的リーダーが直接メディアで問題を発信し、人々の意識に働きかけることが重要だという。
江守教授は「メディアが、気候変動により災害が以前よりも起きやすくなっている、将来もっと起きるかもしれない、と何度も言うことが大事じゃないかと思う」と話す。
「公共放送の責任は本当に大きく感じている」と桑子アナ。NHKは「1.5℃の約束」に参加し、民放と共同で番組を制作し、問題を発信しようとしている。「1.5℃の約束」は、国連広報センターとメディアが共同で2022年6月から実施している、メディアの情報発信を通じて人々の気候変動への理解と行動変容を促進することを目的としたキャンペーンだ。視聴者に気候変動は「自分ごと」だと思い行動につなげてもらう方法を模索していきたいと意気込む。秋山さんは「気候変動はさまざまな分野にかかわっているので、直接的には関係ないテーマの番組においても、気候変動に触れてもらいたい」と希望を語る。会場にいたNHK制作スタッフもそれを聞き大きくうなずいていた。
観覧者との質疑応答
観覧者A:産業によっては環境に配慮しようとすると、エネルギーコストが高くなり、経済に影響が出る可能性がありますが、そのようなバランスをどう考えるべきでしょうか。
亀山教授:一部の業界は元気がなくなったりしていますが、長い目で見た時に、本当に環境に配慮することはデメリットの方が大きいのかをもう一度考えてほしいです。
観覧者A:自身も温暖化防止のための技術開発をしていますが、再生可能エネルギーや水素などは化石燃料よりコストが高く、二酸化炭素削減との費用対効果のバランスが難しいです。一つとしては、二酸化炭素を出すことに対して価格付けをしていく(例:炭素税や排出量取引など)カーボンプライシングという解決策がありますが、どう考えればいいでしょうか。
亀山教授:重要な指摘です。脱炭素化が新しいビジネスとして成立する業界とそうでない業界がありますが、その中でどうやって社会全体としてシフトしていくのかが課題です。まさにカーボンプライシングという対策が考えられますね。初期投資はどうしてもかかってしまいますが、政府が補助金を出したり支援をしたりすることで移行をスムーズにしていくということになるでしょう。
観覧者B:日本には自治体主導で取り組む地域脱炭素がありますが、それを進めていくうえでどのようなことが重要でしょうか。
江守教授:気候市民会議というものがあります。無作為抽出の市民を集めて専門家の知識の提供を受けながら話し合ってもらい、提言を作ったりするもので、関心がある人でなくても、日常の感覚や地域の課題と結び付けながら受け入れやすい提言ができます。
また、メガソーラーの乱開発による森林破壊が問題になっていますが、今後さらに再生エネルギーの利用を増やすときに、地域の人が出資して、地域にメリットがある形で利用を進めるのが重要になるでしょう。
岡田さん:自治体の中で脱炭素に熱意がある人を集めたり、外部の団体と協力したりしてプロジェクトを進めていくのが良いと思います。また、市民が決定プロセスに参加することも、問題意識が広がるきっかけになります。
秋山さん:研究をしていると、国よりも地方自治体の方が多様な政策をしていて面白いと感じます。“地方自治体だからこそ”できることもあるので、成功例がほかの地域に広がっていってほしいです。
観覧者C:気候変動対策としてのエネルギー政策は国がやること、と思ってしまうと一般の人にとっては自分ごとになりにくいです。一般の人は何をすればいいでしょうか。
江守教授:グレタさんの言葉で、“個人の変化よりもシステムの変化が大事だが、一方が実現しないともう片方は実現しない”というものがあります。個人が(環境・気候変動に対して)配慮することで関心を持つ入り口になったり、それだけでは意味がないと理解して、国がどういう政策をしているか興味を持ち調べたりする。そうすると政策を支持する人が増える。政策が進んだ結果、みんなの生活が変わる。このようにフィードバックしていくので、両方が大事という考え方を知っていただければと思います。
国が政策を変えるのはものすごく大事で、政治家の気候変動に関する政策を注視したり、世論調査で意見を表明したり、署名をしたり。そうして自分の生活を変えていくといいのかなと思います。
イベントを終えた登壇者5名からの一言
秋山さん:未来のことについて考えるときには、必ず気候変動を考慮しないといけないと改めて感じました。
岡田さん:システムチェンジのために政策提言やユース・エンパワーメントなどをもっともっと精力的にやっていきたいです。個人で何ができるか考え続け、仲間を増やしていきたいです。
亀山教授:今日帰ったらご家族やお友達に、こんな話を聞いてきたよ、とぜひ伝えていただいて、輪を広げていければ。
橋爪教授:健康や私たちの生活に気候変動がかかわると思えば、身近な自分事として捉えやすくなります。そのことを周囲の人にお話しいただければと思います。
江守教授:こんなに人が集まってくれて、記念すべきイベントになりました。気候変動は世界的に大事な問題の一つですが、東大で学んだ学生は気候変動をちゃんと知っており、ある程度関心をもってくれているという風になっていただきたい。部局横断的に、いろいろな部署の教員が集まって、気候変動に関する研究や教育を良くしていこうと活動しており、来年度から駒場で本格的に講義も始める予定です。
最後に集合写真を撮ったあと、桑子アナから一言。「番組制作者として、科学的根拠に基づきながら、何が真実なのか、何が起きているのか、何をしていかなければいけないのか、というところを突き詰めて番組制作にあたっていく所存です。今日は本当にどうもありがとうございました」。登壇者が拍手で送られ、約1時間半にわたるイベントは締めくくられた。会場の参加者はもちろんこの記事の読者にとっても、このイベントが気候変動を「自分ごと」として考えるきっかけになることを願いたい。
観覧した学生へのインタビュー
本イベントに観覧者として参加していた東大生に、イベント終了後、話を聞いた。
──このイベントに参加した動機を教えてください
UTAS(東大の学務システム)の「掲示」上でこのイベントの存在を知りました。私自身、「クローズアップ現代」もテレビで放送されている際は、毎回ではないですが見ることが多いです。もともと環境への関心があったことから、進学選択で環境を扱う先生が多い学科に進もうと決めたこともあります。
──普段の生活の中で気候変動を実感する機会はありますか
やはり、単純に暑くなっているという気温の変化を感じます。自分が中学生だったときは夏にも外でサッカーをしていましたが、今では暑すぎて無理だと思ってしまいます。
──気候変動に対してはどのように考えていますか
気候変動という枠組みだけでなく、資源循環や生物多様性など広く持続可能性という観点から捉えることも必要だと思います。持続可能性は特に自分自身が興味のあるところです。日本のエネルギー政策に関する学部の授業を受けた際にも、再生可能エネルギーの利用などで道筋が見えないと感じていました。日本では、気候変動に関しても場当たり的であったり、新たな技術の可能性に過度に期待している節があったりして、具体的に進んでいるようにはあまり感じられないように思っています。先日の米国大統領選挙でも、電気自動車の推進に対する態度で候補者間の対立が起こっており、気候変動対策に協調して取り組むことの難しさを感じています。