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2021年3月20日

東大建築→大工→結婚→東大理Ⅲ !? 栗林熙樹さんが語る柔軟な生き方とは(中編)

 昨今、固定観念にとらわれない多様で柔軟な生き方が注目を集めています。そのような生き方を選んだ人たちは人生において何を重んじ、どう向き合っているのでしょうか。

 

 今回インタビューした栗林熙樹ひろきさん(理Ⅲ・2年)は、理Ⅰ入学後工学部への進学を前に1年間休学し、卒業後は建築会社に大工として就職・結婚しました。しかしその後、一念発起して大工を辞め東大理Ⅲを再受験し見事合格。現在は2度目の学生生活と子育てに励んでいます。

 

 さまざまな経験をしてきた栗林さんに学問や仕事、家庭など対する考え方について話を聞き、人生設計のヒントを探ります。

(取材・杉田英輝)

 

前編はこちらから!

 

社会人生活と再受験:多忙な生活の中で芽生えた 知識や学び直しへの強い欲求

 

──就活では、現場に出ることで自分が何をして仕事にしているかについての実感を得ることを一つの軸としたと語っていました(その時の動画はこちら)。実際に大工として働いて得られた実感とは

 

工事現場で休憩中の栗林さん(写真は栗林さん提供)

 

 自分の働きに応じて目の前で家が完成するので、現場で自分がどういう仕事をしているのかの実感としてはとても分かりやすいですよね。設計士の作った図面を基に、実際に家を建てるためにはどのような資材が必要でどう実現するかについて現場監督と大工が担うのですが、見たままのものが自分の成果として現れます。

 

 また、資材は20〜30kgあるものもあり、人力を要する作業が結構多いなと感じました。例えば、大規模なビルの建設は敷地の広さの面でも資金の面でも大型の重機を投入でき、逆に人力で運べる程度の大きさ・重さの工業製品なら工場で大量生産できると思うのですが、住宅くらいのサイズのものの場合、重機を投入することも工場で生産して持ち運ぶということもできません。そのため、家の建築はまだまだ人間のやる仕事という感じですね。特に狭い現場の中で大きな資材を皆で上げなければならないのですが、そういったこともまだロボットには難しいでしょう。

 

 会社自体は10〜20戸の規模で同時に建設を進めていたのですが、自分は下っ端だったので人手が足りなければさまざまな現場に駆り出されることもありました。働いていた2年半の間で、合計20戸くらいの建築に携わったと思います。

 

──社会人の経験をしたことで、働くことや自身の人生設計について考えが深まったりまとまったりした点はありましたか

 

作業中の栗林さん(写真は栗林さん提供)

 

 どんな仕事でも同じだと思うのですが、働きを成果として形にして誰かのためにならないと意味がないということですね。そこが学生時代との大きな違いでしょう。学生なら結果的に失敗したとしても、頑張ればそれで良いという部分がどうしてもあると思うのですが、仕事をして人からお金をもらうということは最終的にちゃんと誰かを喜ばせるという所までいかないと意味がないんだなと気付き、甘えを捨てられた気がします。

 

 人間関係の面では、上司の中には高卒の人もいるなどバックグラウンドが本当に多様で、言葉遣いやコミュニケーションの仕方が違いました。例えば、東大生なら論理的に説明するようなところも会社では一言で簡潔に言われ、自分ができていなかったら怒鳴られる、という感じです。ただそれは単に文化の違いのようなもので悪いというわけではなく、自分が結果を出すためにはいろいろな人と協調しなければならないんだなと感じました。当時自分は下っ端だったので親方などから一方的に怒られることも多かったのですが、それでもちゃんと話せば最終的には仲良くなれたので、コミュニケーションは大事ですね。

 

 また、大工の仕事から直接的に得たものではないのですが、移動のため朝6〜7時に会社を出て戻ってくるのが19〜20時という感じで拘束時間が長く、自分の時間があまり取れなくなったことが大きな影響を与えましたね。学生時代は時間に余裕があったのですが、就職して急にそのような生活になったことで、学生時代にもっといろんなことを知りたかったなと後悔すると同時に、今からでもいろいろ学びたいと思うようになりました。それだけ自分の自由に使える時間が限られるとできることは一つか二つくらいなのですが、その中でまずやり始めたのが、平日の空き時間に電子書籍で、休日は図書館で本を借りて読むことでした。自由な時間が減ったからこそ知識欲が具現化したというか「これちゃんとやっておけばおかったな」「これからでももうちょっとこっちに時間を回せたらいいのにな」という思いが強くなりましたね。働くというのは社会との接点を持ったりお金を稼いだりする意味でも大事です。しかし僕にとっては「もっといろんなことを知りたい」という思いの方が優先度が高く、若いうちはお金は頑張れば工面できるから勉強を軸にしたいと思うようになりました。

 

──その後再受験を決断したきっかけは何ですか

 

 再受験を考え始めたのは、社会人2年目の終わりくらいの時期でした。当時は空き時間に読書や勉強をして雑多に知識を吸収していたという感じなのですが、本当に自分の時間がないなと思っていました。最初は漠然と勉強をしたいという思いで、その後「自分は何が勉強したいのだろう」と考え、昔から「人間とは何なのか」「自分とは何なのか」ということに意識があったことに気付き、それらについて自分が生きているうちに学術的な研究の結果などとして明らかになることは分かってから死にたいなと思うようになりました。一方で当時既に自分には家庭があったので、現実的に自分の興味を将来的に仕事につなげるためにはどうすれば良いか考えた結果、医学部に入り精神科の医師になろうと決めました。

 

──自分の学問的な興味の追求と生活のためにお金を稼ぐことを両立するための職として医者を選んだ理由は何ですか

 

 就活時の考えと近いかもしれません。やはり、自分が何をしていて、誰の役に立っているのかが直感的に分かる仕事が良いなと思っていました。それに加え、大工の経験から家を建てることは比較的裕福な人のための仕事だと感じており、それはそれで重要であるものの、自分は困っている人を助ける仕事に携わりたいなと思っていました。ただ、困っている人を救う仕事は低賃金のものが多い印象があり、家族を養うためにはある程度稼げる仕事が良かったので、折衷案として医者に決めました。

 

──医者になるまでには長い年月を要しますが、そこへの心配はなかったのですか

 

 確かに、医者として稼げるようにになるにはサラリーマンなどよりも長い時間が必要です。しかし、若いうちなら何とかなるかなとも考えていますね。今から医者になるとしたら30半ばくらいなのですが、そのくらいの年齢なら自分も元気で頑張れるでしょうし、実際今学業の傍ら1回目の学生時代の同級生が経営するベンチャー企業でインターンをして初任給くらいもらっていますので、人を頼りながらも生活に必要な程度の額は稼げると思っています。そのため、自分にとっては40、50歳になった時にちゃんと社会の役に立てるだけの力が付いていることの方が重要で、一人前の医者になるまでにかかる時間は気にしていないですね。

 

──結婚後の退職・子どもの誕生後の再受験に当たり、当時の家族の反応や大変だったことはありますか(結婚について語った動画はこちら

 

産まれた子どもを抱く栗林さん(写真は栗林さん提供、一部加工しています)

 

 意外と反応はありませんでした。というのも、父親が再受験して医者になっていたため、1回くらいのやり直しなら大丈夫かなと思っていました。自分の両親は快く認めてくれましたが、やはり妻とその両親の反応の方が心配でしたね。ただ意外にも「ああ、そうなの」くらいの反応で「本当にいいの」とこちらが聞き直したくなるような感じでした(笑)。

 

 僕が仕事を辞めたのが7月末で、受験勉強を始めたのが8月、子どもが生まれたのが9月でした。子育てや家事に関しては妻や妻の両親が協力的だったので任せていました。そのため、半年の受験生活の間は朝起きて夜寝る直前まで図書館で勉強に専念でき、本当にありがたかったですね。

 

 2度目の受験は、1度目の受験で勉強した内容と同じものをやるのでスムーズでした。他にも、直前期に過去問を解くときも「このくらいの解答が書ければこのくらいの点数が取れる」「このくらいの点数があれば合格できる」というのが感覚で何となく分かっていたので、安心感がありましたね。受験勉強自体は元々好きでしたし、勉強法も1度目の時から大きく変えず、自分が集中できるやり方で取り組んでいました。

 

──合格時はどのような感想を抱きましたか

 

家族で合格掲示板の前で(写真は栗林さん提供、一部加工しています)

 

 もちろんうれしかったですが、合格への期待よりも落ちた時に妻や家族からどう思われるかへの不安の方が大きかったので、ほっとしました。

 

 加えて、半年間子どもに向き合うことがほとんどできなかったので、2次試験が終わった時からではありましたが親としてようやく世話ができるようになり、うれしかったですね。ちなみに、2次試験の終わった日には子どもを初めてお風呂に入れました(笑)。それと同時に、知り合いに声を掛けるなどして仕事も探し始めました。

 

次回は、2度目の学生生活と家族との生活を深掘り。学問的な興味を貪欲に探求する姿勢や家族との過ごし方、YouTubeでの活動について迫ります。お楽しみに!

 

東大建築→大工→結婚→東大理Ⅲ !? 栗林熙樹さんが語る柔軟な生き方とは(前編)

東大建築→大工→結婚→東大理Ⅲ !? 栗林熙樹さんが語る柔軟な生き方とは(後編)

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