インタビュー

2016年6月13日

スマートデータで金融は変わる? 三井住友アセットマネジメント社長 横山邦男さん

  2016年2月、国立情報学研究所(NII)と、三井住友アセットマネジメントとが、金融スマートデータの解析結果を実業に生かすため「金融スマートデータ研究センター」を立ち上げた。

 東京大学生産技術研究所の喜連川優教授がセンター長を務め、金融業界におけるITによる技術革新の担い手となることが期待されている同センターは、一人の若手社員の提案がきっかけで生まれた。

 三井住友アセットマネジメント社長の横山邦男さんに、センター立ち上げの狙いや、産学連携に対する思いを聞いた。

 

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金融ビッグデータ解析は手段にすぎない

 

−−「金融スマートデータ研究センター」を立ち上げるなど、ITの活用に力を入れています。

 

 フィンテック(FinanceとTechnologyを合わせた造語)という言葉が話題になっています。IT分野の企業が金融に参入してきたことで多くの銀行は受け身になっていますが、本来、ITは金融の本質ではなく、意思決定を円滑にするための手段にすぎません。金融の世界には、ESG投資(※1)だとか、SRI(※2)という言葉があって、社会や環境に配慮している企業に投資することが、長期的にはリターンが多くなるという重要な考え方があります。

 

(※1)企業の、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への配慮を重視する投資手法

(※2)社会的責任投資(Socially Responsible Investment)

 

 なぜなら企業は社会の一部であり、社会に価値を提供することで利益を得るからです。こういった視点を踏まえて、長期的に企業と関わっていくために、投資の世界でも人間的な対話や、血と血の通った信頼関係が重要になります。その企業の歴史や、今の社長がどういう過程で経営者となったのか、どういう経営をしてきたのかというものを、人間として判断するんです。

 

 技術がどんなに進歩しても、ITに人や社会からの信頼ということは判断できません。ITはこのような人と人との関係を補うための手段なんです。今回、国立情報学研究所所長の喜連川先生と「金融スマートデータ研究センター」を立ち上げました。金融スマートデータとは、そのままでは巨大で複雑なデータの集積物に過ぎない金融のビッグデータを処理、分析し、新たな価値の創出につながる有益な知識へと変えたものです。

 

 この「金融スマートデータ」を解析して、複雑な経済・社会現象の背後にある法則の解明することで、投資業務における人と人との関係を補うことが狙いです。

 

業界を変革させる可能性のあるフィンテック

 

−−ビッグデータ解析の手法を用いると、どのようなメリットがあるのでしょうか?

 

 一つ目は、情報収集にかかる時間が短くなることです。たくさんの情報から、アナリストやファンドマネージャーが必要な物を集め、それを分析可能なデータにするまでにかかる時間を短縮できます。

 

 二つ目は、未来予測の精度を上げることです。アナリストは、膨大な情報の中から、関連性のあるものを見出して、新たな企業価値を予測します。今は産業の垣根がどんどん低くなっていて、明日のライバルは他の産業の会社かもしれない。そのため、異なる分野の情報を統合的に判断する必要があり、扱うデータが大きくなりすぎるので、ビッグデータの解析技術を用いるのです。

 

 三つ目は、バランスシートに現れない企業の眠れる価値を見つけやすくすることです。歴史の重みや、従業員の質といった、さまざまな要素を複合的に分析する
ことで、ある会社が今の業態ではなく、別の業態で発展しうるかもしれないということを発見する。その発見が良い提案として現実化して、彼らの企業価値が上がれば、我々が投資したお金は2倍にも3倍にもなります。

 

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 これらが「金融スマートデータ研究センター」に期待していることです。銀行業界は、情報産業が金融に参入してきたことで、受け身の姿勢になっています。でも僕たちは、むしろこのフィンテックを攻めの姿勢で使っていきます。もしかしたら数年後には、AmazonやAppleが同じ業界になっているかもしれません。

 

 

全ては若手社員の提案で始まった

 

−−「金融スマートデータ研究センター」はどういった経緯で始まったんですか?

 

 今回の「金融スマートデータ研究センター」は、石田くんという若手社員の提案がきっかけです。社内公募で、30才前半までの若手社員に経営への提言をさせたとき、石田くんたちのグループが、ビックデータの活用を提案してきたんです。

 

 それで、特にやりたがっていた石田くんに、ビッグデータ研究を専門に仕事をさせたんですが、途中で行き詰まったんですかね。数ヶ月経って「今の知識では高度なビッグデータの研究はできません。もっと専門的に深く学ばなければ仕事の役に立たない、会社を辞めて大学院に行くしかない」と言って、僕の前で泣くんですよ。「社長が僕に仕事を任してくれたのは嬉しかったけど、大学院に行って専門知識を深めたい」「親にも相談したが『会社を辞めるなんて馬鹿なことだ』と言われている」と。

 

 僕は彼の一途な心意気に感動したんですよ。「俺が命じた話じゃないか、どうしても大学院で研究したいのなら、俺が何とかするから大学院に行って来い。会社を辞めずとも君が勉強でき、仕事に生かせる環境を整えるようにするから」と。ただね、「君が行きたいという先生の研究室に落ちたら、クビにするけどそれでもいいか?」と言ったんです。

 

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 それから至急、会社の制度を整え、彼を送り出す準備をしました。石田くんは、もともと文系の学生でしたが必死に勉強して、東京大学大学院 新領域創成科学研究科に合格し、本人が希望していた杉山将先生の研究室に配属されました。

 

 石田君の提案をきっかけに僕もいろいろ調べて、ビッグデータの第一人者の喜連川先生と出会うことができました。喜連川先生とは、金融スマートデータでオンリーワンのものを一緒に作ろうということで意気投合したんです。我々は資金と、今まで蓄積してきた膨大な情報を、国立情報学研究所はその研究ノウハウを、互いに提供しあって、金融の世界に革新を起こそうとしています。

 

 石田という若手社員がいなかったら、「金融スマートデータ研究センター」は出来ませんでした。

 

 

大学や研究者に期待すること

 

−−ビジネスパーソンとして、大学や研究機関には何を期待しますか?

 

 教育機関としての大学には、リベラルアーツ教育を期待しますが(詳細は後編:日本郵便社長に就任する横山邦男さんに聞くリーダーの心得)、研究機関としての大学や研究所には、ビジネスと学問との融合をもっとして欲しい。現実をよく見て、世の中の仕組みが、より良い方向に進化していくために、役立って欲しいです。アメリカの地方都市の大学のように、産学連携で新たな領域を創造していけたら良いですね。

 

 そのためにも、我々、実業界の人間は、産学連携での研究に対して、情報の提供を惜しんではいけないと思っています。喜連川先生にもお伝えしていますが、「金融スマートデータ研究センター」では、この分野でオンリーワンを目指して欲しい。そして、その成果を世の中に開放していただくつもりです。

 

−−「金融スマートデータ研究センター」の研究成果を開放するんですか?自社で独占しようとは考えないのでしょうか。

 

 そういう意見をもつ社員もいました。ただ、開放することで、僕ら以外の企業もそれを活用して、さらに良いものを生むかもしれない。そうすれば、僕たちもそれを活用して、もっと良いものを作れる。社会の成長を加速度的に促すために、成果は社会に還元します。僕らは先行期間がありますから、十分他社と差をつけることができます。

 

 僕らができないことを、大学や研究機関にやってもらう。そして世の中をもっと改善していく。大学には、そういった実世界との化学反応を期待しています。

 

(文責:須田英太郎、 写真:千代田修平)

この記事はGCLプログラムと東京大学新聞社の共同企画です。

後編:日本郵便社長に就任する横山邦男さんに聞くリーダーの心得

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