本シリーズは、東大の「PEAK（教養学部英語コース）」の学生有志らで運営されている「Komaba Times」との連携企画です。
以下は、Komaba Timesに掲載された記事”Memories of Komaba Dormitory“の和訳です。
駒場キャンパス内になぜ寮がないのか、疑問を持ったことのある方はいないだろうか。実は、駒場キャンパス内の寮、駒場寮は15年前まで実在していたのである。
駒場寮の歴史は、旧制第一高等学校(一高)の時代までさかのぼることができる。第一高等中学校(一高の前身)に最初の寮ができたのは1890年、寮が作られた地は駒場ではなく本郷向ヶ岡、現在農学部のキャンパスがある地であった。寮の開設にあたり、当時の学長は学生たちに寮運営に関する綱領を与えている。それは、自重、親愛、辞譲、清潔の4つである。基本的に全寮制であり一高の学生は全員入寮させられたが、寮では学生自治が認められており、その伝統は駒場に寮が移っても引き継がれた。
1935年、関東大震災からの復興作業の一環として、寮は駒場へ移った。新しい寮の建物は内田教授によって設計された。内田教授は安田講堂や駒場キャンパス1号館をはじめ東京大学の主要な建築物の多くを設計した方である。堅固に作られた駒場寮は、60年以上の長きにわたり使用されることとなった。
第二次世界大戦後、学制改革に伴い一高は東京大学教養学部と改組される。女子学生の東大への入学は認められたが、駒場寮への入寮は認められなかった。男子学生にとって入寮は義務ではなくなり、寮生は自分たちで、寮に入れる学生を選ぶようになった。第二次世界大戦直後、約1000人の人々が駒場寮に住んでいたという。寮には共用部屋があったため、通りすがりの人も含めたあらゆる人たちに寮は開放されていた。学生個人だけでなく、多くの部活やサークルが寮部屋を部室として使っていた。
『東大駒場寮物語』(角川書店・2015)の著者である松本博文氏は、”駒場寮を語る際に使われる代表的な言葉は「古い」と「汚い」だ”と著作の中で述べている。1部屋に3人以上の学生が暮らしており、部屋の使い方は様々であった。本棚やベニヤ板で個人スペースをきっちり囲った部屋もあれば、そうでない部屋もあった。
寮には食堂があり、学生たちに安くボリュームのある食事を提供していた。金欠に悩む学生たちにとって食事は非常に重大な問題であったため、第二次世界大戦前には、食事に関する不満を理由として食堂の従業者相手に学生が暴動「賄征伐」を起こしたこともあったという。広い両食堂の空間は、劇場やパーティー会場などとして学生が自由に使える重要な空間であった。
寮では夏と秋の2回寮祭が行われた。各部屋で企画・展示(寮デコ)が行われたこともあった。寮祭の伝説といえば焼き犬事件が有名である。駒場キャンパス周辺をうろついていた野良犬を捕らえ、寮祭で串焼きにして販売するという事件が発生し、この事件を起こしたサークルは学内外から激しい非難を受けたという。
学生たちによる大学当局への抗議も頻繁に行われていた。学生たちは、社会問題について、授業料の値上げについて、そして1991年に一方的に通達された駒場寮廃寮計画について抗議を行った。大学は当時存在した三鷹寮を廃止して新しい宿舎を作り(現在の三鷹国際学生宿舎)、駒場寮を廃止にすることを計画していたのだった。
学生たちが駒場寮存続に向けて抗議活動を続ける中、学部側は強硬手段に訴えるようになった。1996年には駒場寮は「違法」であると宣言される。寮への電気やガスの供給は止められ、学生たちが寮に住み続ける傍らで寮の取り壊しが始まった。大学側は法的措置をとることに決め、問題は裁判所に持ち込まれたあげく、学生側敗訴となった。
2001年8月22日、台風が近づく中、強制執行による寮の明け渡しが行われた。学生たちは物理的な抵抗を行わなかった。寮の跡地に住み続けていた学生たちも2002年には立ち退きを受け入れた。駒場寮は三鷹国際学生宿舎に吸収されることとなった。
現在、駒場寮があった地には多目的ホール、コミュニケーションプラザ、図書館などが建てられている。芝生の片隅にひっそりと残されているのは寮のアーチの残骸である。
駒場寮の廃寮は歴史的不可避のことであったというのは簡単だ。しかし、駒場キャンパスに寮が存在したこと、そして多くの学生たちが駒場キャンパスでかつて暮らしていたことを、私たちは忘れてはならないだろう。
By Naoki Mizutani
【KomabaTimes】
