本郷三丁目のうどん屋『こくわがた』の朝は早い。平日は朝4時ごろから始まるうどんの仕込み。店を訪れると、だしを取るため、煮干しやかつお節、ウルメイワシやサバを煮込む匂いが漂う店内で、男たちがうどんづくりに奮闘していた。1日およそ100キロは提供されるという手打ちうどん、それを毎朝小麦粉から製麺している。
手で練り終えると、今度は生地をシートで包み、麺のコシを生むための「踏み」。一つの生地に対しておよそ20分踏み続ける必要があり、全ての生地を終わらせるのに2時間以上かかる日もある。記者も体験させてもらうと、うっ、生地が思ったよりも分厚い!足踏みをするように生地の上でステップを踏んでも、生地は表面的にしかもまれず「それじゃいつまでたっても終わらないよ」と店のスタッフから笑われる。スタッフは壁に手をつき、生地をかかとで踏み込むように力強く足を動かしていた。
その後、1日熟成させて完成した生地を細く切り、熱湯でゆで上げれば出来上がり。ゆで上がったばかりの麺は、ピカピカに光っていた。だし、醤油、お好みの味付けでいただきます!
オーナーの寺尾将幸さんがうどんの世界に飛び込んだのは10年前。以前はたばこ会社の営業や法律事務所での債務整理など幾つかの仕事を転々としていたが、大学時代の友人が東京でうどん屋を開店することになり、寺尾さんも店の立ち上げに参加したことが契機だった。そのうどん屋で3年働いた後、寺尾さんは独立。7年前の開店時から東大生を中心に口コミが広がり、今では午前11時のオープンと同時に店内は客で埋まる人気店だ。
行列が絶えない理由はうどんのおいしさだけではなく、財布に優しい価格帯にもある。しょうゆうどん(並)は360円。学生に人気の「HG(本郷)」はうどん(大盛り)に鶏の天ぷらが付いて530円。店内はセルフサービスで人件費を削り、立ち食い形式で客の回転率を高めて実現した価格帯だ。「ゆったりした店舗で座って食べられず、お客さんには辛抱してもらっていますけれど、その分うどんを気軽に食べられる『日常食』として提供したい」と寺尾さん。
実は店名の「こくわがた」にもそんな思いが託されている。子どもが虫取りをする際、狙うのは大きく立派なクワガタだ。だが、身近に存在してよく捕まるのは小さな「こくわがた」。「それくらいお客さんにとって身近なお店であってほしいなと」。
店を訪れる客のおよそ6、7割が東大生。中でもジャージを着こんだ運動会の学生の姿がよく見かける。寺尾さんは野球部やラクロス部など東大の運動会の大ファンで、特にアメリカンフットボール部ではファンクラブ会長を務めているほど。応援したい一心で、運動会の学生には点を取れるようにと「鶏天(取り点)」をおまけし、体づくりに貢献できるよう、うどんを大盛りにしている。
「僕自身も大学時代はレスリングに打ち込み、大学スポーツの厳しさがよく分かる。ましてや東大で勉強をしながら、勝つために戦う。格好いいというより尊敬ですね」と寺尾さん。練習に励む学生の腹を満たそうと今日もうどんをこねる。「微力ながらも、僕ら『こくわがた』は勝手に東大チームの一員だと思っていますから」と寺尾さんは控えめだけれど、いやいや、間違いなくかけがえのないチームの一員だと思いますよ!
(取材・福岡龍一郎 撮影・石井達也、湯澤周平)
この記事は、2019年1月15日号に掲載した記事の転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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