春の国家公務員採用総合職試験で、東大の合格者が200人を割り話題になった。東大生のいわゆる「官僚離れ」だ。いま、東大生の国家公務員観はどうなっているのか。またその価値観は、現役の国家公務員から見てどれほど実態に即しているといえるのか。本特集では、東大生が国家公務員に「なろうと思うまでは大変か」「なるのは大変か」「なったら大変か」を考えていく。第3回は「なったら大変か」について。国家公務員について「ブラック」という印象を持つ東大生も少なくない。そこで、東大を卒業・修了してから3年目の現役国家公務員2人(厚生労働省・国税庁)に、実際の労働時間や労働内容を聞いた。さらに、国家公務員のいわゆる「働き方改革」の現状について人事院に取材した。
【連載一覧】
①東大生が国家公務員に「なろうと思うまでは大変か」
②国家公務員に「なるのは大変か」
③国家公務員に「なったら大変か」(本記事)
国税庁・執印さん(東大大学院数理科学研究科修士課程修了)の働き方
現役東大生の声 「ワークライフバランスは考えてはいけないと思っています」
東京大学新聞社は東大生を対象に、国家公務員の採用総合職試験および働き方について、印象を問うアンケートを実施した(有効回答57件)。国家公務員の働き方に関する印象や注目している取り組みとして、以下の回答があった。
●国家公務員の仕事内容には関心があるが、仕事が過酷であったり、仕事量の割に年収がやや低いイメージがある。(25卒*)
●安定している、残業は多い、場所によっては相当ブラック(25卒)
●長期的なビジョンを持って仕事ができる場所、その分激務(24卒)
●ブラック、政治家の都合に振り回される(24卒)
●ハードワークであることは間違いないが、国家のためにストレートに働くことができるという意味でやりがいがあると考えている。(24卒)
●最近は改善していると聞いていますが、かなりブラックなのだろうと思っています。ワークライフバランスは考えてはいけないと思っています。(25卒)
●年功序列、国会対応が面倒(24卒)
●中途採用の拡大(に注目している)(25卒)
●フレックスタイム制やテレワークも最近は進んでいるのかなと思っています。(25卒)
(*例えば「25卒」は「25年3月〜26年2月」卒業・修了見込みだと回答した人)
厚生労働省・宮村さん 「政治家との上下関係 感じたことがない」
──下の表を見ると、デスクワークの時間が多いです
デスクワークの時間は、主に部局内のとりまとめ課からメールで来る仕事に対応します。資料の確認・作成のほかに、上司へ相談・確認する時間も含んでいます。締め切りは通常2~3日ほどで余裕がありますが、至急で対応が必要なものもあります。これらの多くはその日までに仕上げる必要があるため、至急で対応が必要な仕事の依頼が来た日には、仕事を終える時刻が遅くなることもあります。どのような仕事がいつ来るか予測が難しい部分もありますが、政府が大きな方針決定をする直前など、忙しい時期はある程度予測できます。
特に国会関連の業務は「スピード命」のため、同時に複数の業務を担当すると大変ですが、業務効率化が随分進んでいると感じています。
──国家公務員は「政治家のいいように使われる」という印象を持つ人もいますが
素早く正確な対応を求められるため大変だと感じるのは確かですが、政治家と上下関係があると感じたことは一度もありません。政治家から紹介してもらって初めて制度を知って利用しようと思う人がいますし、政治家が世論を大きく動かすこともあります。政治家に制度をきちんと理解していただくには何を準備してどう説明したらよいかを考えることは国家公務員のやりがいの一つではないかと思っています。
──休みは十分に確保できていますか
私が「土日にも仕事をしないと」となることは、ほとんどなく、プライベートの時間に仕事をすることもまずありません。
また、仕事はチームでこまめに進捗共有し、いつでも引き継げる体制ができており、自分がいないと進まないような仕事はないため、事前に調整しておけば希望どおりに有休も取れます。月1回有休を取ろうという雰囲気があるし、オンラインチャットやテレワークの導入なども進んでおり、国家公務員の働き方改革は着実に進んでいます。
──国家公務員は「ブラック」というイメージを持つ人が少なくありません
例えば厚生労働行政は国民の生活に密着しており、先送りできない課題も多いので莫大(ばくだい)な業務を抱えてしまう場合もあります。しかし、そういった場合も応援体制を組むなど、1人に仕事が偏りすぎない配慮は必ずあります。また、仕事の裁量が大きく、若いうちから大きな仕事を任されることはやりがいの一つでもあると感じています。
国税庁・執印さん「現場に近い仕事ができる」
──主な業務内容は
現在は仙台国税局の鑑定官室で働いています。国税庁の任務の一つは内国税の適正かつ公平な賦課及び徴収の実現です。酒類や揮発油は化学的性状や原料・製法で課税額が変わるので、販売されている酒類・揮発油を鑑定・分析し、表示や申告内容と実際の物品に相違がないか調べています。
また、酒類業の健全な発達も任務の一つです。酒蔵に実際に赴いて技術相談に応じている他、鑑評会を開催しています。利き酒で品質を客観的に評価し、フィードバックすることで、酒造業者の技術向上につなげることが目的の一つです。安全性確認や製造・販売の免許の付与審査といった目的で行う品質評価もあります。
総合職技術系の場合、他にも酒税課や国税庁(鑑定企画官)、酒類総合研究所などで働くことがあります。そのうち国税庁では、各国税局の調整や国際業務などに携わることが多いです。
──業務の特徴は
現場に近い仕事ができる点です。例えば技術相談では実際に酒蔵に行き、利き酒をします。確かに、酒造の知恵は酒蔵の方が豊富なことも多いです。しかし、われわれが知恵を理論的な観点から捉え直し伝えることで、酒蔵は理論に基づいて知恵を利用、伝達できるようになり、確かな技術にすることができます。また現場で得た知見を施策に反映することも可能です。現場と中央の両方で、さまざまなアプローチで働くことができるのは大きな魅力だと思います。
──労働時間は適正でしょうか
国税局では、年によって業務内容が大幅に変わることはありません。どのような業務が必要か、それぞれにどの程度時間がかかるか時期ごとにおおむね決まっており、事前に見通しを立てられます。また、見通しの段階で既にパンクしていることもありません。鑑定・分析結果の締め切りの都合や緊急事態などやむを得ない場合などを除き、土休日や午後8時を越えて働くことはそこまで多くない印象です。
──国家公務員は「ブラック」というイメージを持つ人が少なくありません
他省庁の同期には、たくさん働いている人も見かけます。ただ、国は大きな権限を持っていて、法改正などで社会に与える影響力は絶大です。業務内容にうまくハマった人は、他ではできない仕事にやりがいを感じていると思います。国家公務員に限らずですが、労働時間や給料では測れない魅力にも目を向けてほしいと思います。
変わる働き方
国家公務員の働き方に関して、近年変わりつつあるポイントをまとめた。
①若手の給与引き上げ
- 昨年8月の勧告で、総合職(⼤卒)の初任給を11000円、同(院卒)の初任給を8100円引き上げ(23年度4月から適用)。
- 博士課程修了者の処遇が改善された。以前から修学年数分に応じた初任給の加算(修士課程修了者を基準として、月額 23000円程度上乗せ)があったが、博士課程修了により得られる専門性を必要とする業務に就く場合の加算額が5000円程度引き上げられた(23年度4月から適用)。
- この他、若年層に重点を置いた俸給表の引き上げ改定やボーナスの引き上げ、テレワーク関連⼿当を新設。
②フレックスタイム制の見直し
- フレックスタイム制の活用により、他の日に長く働けば、週1日を限度に勤務時間を割り振らない日が設定できる(25年度〜)。現行制度では育児や介護の必要がある職員しか設定できなかったが、一般の職員も可能になる。
残業時間の縮減、テレワークの導入…… 進む工夫
国家公務員の労働時間やテレワーク導入率、また人事の多様性など労働環境はどのようになっているのか。人事院人材局企画課の伊藤弘巳さん、鈴谷賢史さん、田辺達也さんに取材した。また、東大生を対象としたアンケートで上げられた疑問についても聞いた。
●残業、平均は220時間/年
──実際に、労働時間はどうですか
人事院の調査によれば、2022年の年間の残業時間数は全府省平均で220時間、本府省に限れば397時間でした。大規模災害への対処や国会対応業務などを行う必要が生じた場合、一部の職員が深夜にわたる業務を行うこともありますが、そうした状況が年中発生しているわけではありません。
人事院では、残業時間の縮減のため、人事院のトップ(総裁)が各府省に協力を依頼したほか、国会対応業務の改善、業務量に応じた要員の確保に向けた働き掛けを行っています。また、客観的な記録(在庁時間)と残業時間の間に乖離(かいり)があればその理由を確認するなど、残業時間が適切に管理されるよう取り組みを行っています。国会対応業務の改善の面では、各府省アンケートの結果を用いて関係者に協力を依頼しました。昨年6月には衆議院の議院運営委員会理事会で「速やかな質問通告に努めるとともに、デジタルツールを利用した質問通告の推進に努めるものとする」などの申し合わせがされました。
●政策形成の担い手に若手・中堅の姿あり
──東大生アンケートには「国家に貢献できるやりがいは年次が上にならないと感じられない」という回答もありました
これは私見ですが、国家公務員の場合、組織が大きいため、自分のやりたいことを実現するためには長い下積み期間を経て出世を重ねなければならないと思われるかもしれません。しかし実際には、政策形成の実務は、多くの場合、各府省の課長補佐級の職員が担っています。基礎的な事実の収集、施策の方向性の検討、法令の作成、予算獲得のための折衝を、部下を指揮しながら課長補佐が中心的に行います。課長補佐級には早い人であれば、採用後10年以内で昇任します。また政策形成には、課長補佐級の職員の指示を受けながら、部下となる係長級や係員の職員も参画する場合も多々あります。このように、国家公務員の組織では、採用後比較的早い時期から実務の中核を担っていくことになります。
●女性比率も上昇中
──人事の多様性のために行っていることはありますか
総合職試験からの採用者のうち女性の割合は、23年度は35.9%でした。また、係長相当職の女性割合(本省)は23年度に29.2%となり、着実に上昇しています。学生向けには「女子学生霞が関インターンシップ」や、若手職員向けには「若手女性職員キャリアデザインセミナー」など、具体的な施策も進めています。また、管理職の意識啓発も行っています。
──介護・看護・育児などのために重要な仕事が任されないことはありますか
担当業務は本人の能力・適性に応じて決定されますが、本人の希望に基づき、残業が難しい期間に残業の少ない部署に配属するよう配慮しています。
──中途採用について教えてください
民間企業での勤務経験がある方を対象とした制度には、経験者採用試験や、任期付職員としての採用などがあります。詳しくは人事院のウェブサイトをご覧ください。
──テレワークは進んでいますか
22年度の内閣人事局の調査によると、月1回以上実施している本府省等職員は約6割で、前年度より上昇しました。
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