昨春の国家公務員採用総合職試験で、東大の合格者が200人を割り話題になった。東大生のいわゆる「官僚離れ」だ。いま、東大生の国家公務員観はどうなっているのか。またその価値観は、現役の国家公務員から見てどれほど実態に即しているといえるのか。本特集では、東大生が国家公務員に「なろうと思うまでは大変か」「なるのは大変か」「なったら大変か」を考えていく。第2回は「なるのは大変か」について。国家公務員採用総合職試験では、一般の民間企業の就活とは異なった対策が求められることが多く、苦労する東大生もいる。そこで、東大卒の現役国家公務員2人に自身の受験時の対策を聞いた。また同試験では、民間企業の就活早期化などを踏まえた変化が進んでいる。変化の内容をまとめるとともに、意図を人事院に取材した。(構成・金井貴広、取材・金井貴広、中村潤、丸山莉歩)
【連載一覧】
①東大生が国家公務員に「なろうと思うまでは大変か」
②国家公務員に「なるのは大変か」(本記事)
国税庁・執印さん(東大大学院数理科学研究科修士課程修了)の試験対策
③国家公務員に「なったら大変か」
現役東大生の声 「両立」「人と一緒に練習」などで苦労
東京大学新聞社は東大生を対象に、国家公務員の採用総合職試験および働き方について、印象を問うアンケートを実施した(有効回答57件)。総合職試験で苦労した内容として、以下の回答があった。
●グループディスカッションを一緒に練習できる人脈がなかった(25卒*)
●(大卒程度・教養区分試験を受験して)1次は科目が多くてリソース配分が大変。 2次は人と一緒に練習する必要があり、日程調整に疲れた。(24卒)
●公務員が第一志望でない中での、民間就活・学業・サークル活動との両立(で苦労した)。(25卒)
●教養区分試験は専門知識を重点的に問う他の区分に比べて出題内容がつかみどころがないため、具体的にどのような勉強計画を練るべきかについて常に不安があった。(25卒)
●官僚へのネガティブな情報が多い中、官僚を目指すことを決めた事。決断が遅く、一次試験対策の予備校に入り損ねたため、試験勉強に焦った。(25卒)
(*例えば「25卒」は「25年3月〜26年2月」卒業・修了見込みだと回答した人)
厚生労働省・宮村さん「勉強会への参加がおすすめ」
──厚生労働省を志望したきっかけは
「この国を良くしたい」という漠然とした思いがずっとありました。母の背中を追いかけて幼い頃の将来の夢は教師でしたが、高校に入って母から文部科学省を薦められたのをきっかけに国家公務員を考え始めました。
厚生労働省を志望するようになったのは、日本のこれからを考えるにあたって少子高齢化は絶対に避けては通れないと思っ たからですね。これに正面から取り組むのであれば社会保障政策であり厚生労働省だろうと。実際、入省後これまでに医療保険制度、非正規雇用対策と全く異なる政策を担当してきましたが、随所で少子高齢化にアプローチできていると感じます。
──どのように試験対策を進めましたか
大学3年の夏前に就活を始め、当初は民間企業もみていましたが、公務員が本命な中で民間企業の面接は成果が上がらず、すぐに公務員対策に専念しました。
夏には省庁のインターンに行き、秋の教養区分試験に向けて対策も始めました。しかし、「落ちても春試験がある」と準備に熱が入らず秋の試験は不合格。春の法律区分試験に向けては大学受験ぶりに猛勉強しました。一次の筆記試験対策は大学の授業も復習しつつ過去問を3周、二次の論文試験対策は過去問を解いて友人に添削してもらい、面接対策は面接カード(面接の際に用いる履歴書のようなもの)を何度も推敲(すいこう)しました。
──試験対策で苦労した点は
独学だったので、対策の方向性が合っているのかが不安でした。独学の場合は大学内の同じ公務員志望者が集まるコミュニティーを見つけて積極的に勉強会などに参加した方が良いと感じました。
──試験の早期化が進んでいます
これまでは試験が遅いために官庁を諦めていた人もいましたから、官庁か民間企業かで悩む人を取り込む良い流れだと思いますね。
国税庁・執印さん 「業務内容への理解が重要」
──国税庁(総合職技術系)を志望したきっかけは
理Ⅰから理学部数学科へ進学し、その後は院試を受けて数理科学研究科へ進みましたが、当時は国家公務員総合職試験に合格 すると3年間は採用候補者名簿に記載されたため、大学院へは進学するものの、国家公務員になることも可能性として視野に入れ、学部4年で試験を受けていました。修士1年の冬ごろ、修了後の進路について就職を考えましたが、民間企業で数学を用いる就職先を探しても自分の興味に合うものがありませんでした。
そんな中、たまたま国税庁(技術系)の仕事が目に入り、「お酒を支える」という内容が自分にぴったりだと思いました。全くの門外漢ではありましたが、業務内容に強く引かれ、入庁を目指しました。
──どのような試験対策をしましたか
基礎能力試験は2カ月ほど前から対策を始めました。教材を買って問題を解くだけでしたが、素早く解答できるようになれば大丈夫です。専門試験は数理科学・物理・地球科学区分を選びました。問われる内容は数理科学研究科の院試とおおむね同じだったので、院試の過去問研究などの対策が国家公務員試験の対策にもつながりました。
大切なのは官庁訪問です。採用担当の係員を経験した所感ですが、志望官庁の業務内容に対する深い理解が最も重要だと感じます。官庁訪問の段階で業務内容を深く理解し、自分がどれだけ適合しているか、どう働きたいかが具体的にイメージできていれば有利になると思います。採用担当が丹精込めて作る採用パンフレットにはエッセンスが詰め込まれているので、端々まで読み込んで、さらに説明会に参加すると良いのではないでしょうか。
──試験対策で苦労した点は
自分が特に苦労した点ではないですが、試験から官庁訪問までの日程に余裕のなさは感じました。私は学部4年で既に合格していたため、修士2年の時に官庁訪問を受けるまで時間がありましたが、前年度までに最終合格していない場合、合格発表から申し込みまで余裕がないので、スケジュールには注意しておくべきだと思います。
変わる総合職試験
国家公務員採用総合職試験に関して、近年変わりつつあるポイントをまとめた。(国家公務員採用総合職試験の流れについての記事はこちら)
①より早く試験を受けられるように
- 大卒程度・教養区分を学部2年生(試験年度の4月1日に満19歳の者)でも受けられるように(23年度〜。大卒程度の、教養以外の区分は変わらず学部4年生(受験年度の4月1日に満21歳)から)。
- 春試験の日程も前倒し。24年度には第1次試験日が3月17日、最終合格者発表日が5月28日になり、22年度から2年かけて1カ月近く前倒しした。
- 採用候補者名簿の有効期間が延長された。従来は試験合格後3年以内に採用される必要があったが、教養区分以外は5年間、教養区分は6年6カ月まで延長された(23年度〜)。
②大卒程度・教養区分の第1次試験受験地が拡充
- 従来の4都市(札幌市・東京都・大阪市・福岡市)に、5都市(仙台市・名古屋市・広島市・⾼松市・那覇市)を追加(23年度。第2次試験地は引き続き、さいたま市・東京都・大阪市のどれか)。
③試験区分の改編
- 大卒程度では春に試験を実施する11区分のうち、文系学部に対応するものとして「政治・国際」「法律」「経済」「人間科学」の4区分があったが、「政治・国際区分」が「政治・国際・人文区分」に改編(24年度〜)。人文系の科目を多く選択することも可能になる。
- 院卒者・⾏政区分では同様のねらいで改編を実施。大卒程度と同様の科目を選択できる。
④大卒程度・春試験の負担軽減
- 基礎能⼒試験の出題数を40題から30題に削減(24年度〜。ただし基礎能力試験の配点は2/15のまま変わらない)。
- 知識分野は時事問題が中心となるように変更。
- 大卒程度・教養区分では問題数は据え置くものの、知能分野の出題比率を増加。
⑤各区分の基礎能力試験の出題範囲(知識分野)に情報が追加
- 高校の教科書に掲載されている範囲内の出題が基本となる(24年度〜)。この数年、判断・数的推理の分野で情報に関する問題を出題してきた結果を踏まえた問題内容となる。
総合職試験に関する以上の変更は、どのような意図で行われているのか。人事院人材局企画課の伊藤弘巳さん、鈴谷賢史さん、田辺達也さんに取材した。
──春試験の日程前倒し、教養区分の受験可能年齢引き下げのねらいは
就活早期化への対応です。民間企業の内々定解禁日(6月1日)を踏まえ、各府省の官庁訪問を6月早々に行えるよう、春試験の日程を24年度まで段階的に前倒しを進めることにしました。23年度の春試験の申し込み者数をみると、前年度比で約6%の減少と厳しい状況にあり、引き続き受験しやすくなるよう取り組みます。秋の教養区分の年齢引き下げも就活早期化への対応です(年齢引き下げは専門試験を課さない教養区分にのみ導入)。今後は、大学2年次に教養区分に合格した学生のうち、実際に採用に至った人数を検証する予定です。その他の春試験の年齢引き下げは、その検証も踏まえて検討します。
──試験区分改編(人文系学問を専攻する学生が受けやすく)のねらいは
総合職試験では、事務系の採用者に占める人文科学専攻者の割合が上昇傾向にあります。現在の試験に人文系の区分はないため、自分の専門と一致しない試験区分で合格した人も多いということになりますが、人文科学専攻者に実力を十分に発揮していただき、より多くの多様かつ優秀な人材を確保するためには新たな試験区分が必要だと考え、改編を実施しました。
──「人文区分」を新設するわけではないのですね
試験区分を選択する際は、専攻分野で受験できることだけでなく、当該試験区分からの各府省への採用実績の高さが重要な判断要素になると考えています。全く新しい試験区分を設けると、各府省からどの程度採用されるか不安に思い、申し込みに結び付かない可能性もあります。これまで学際系の学生が受験して一定程度の採用の実績のある政治・国際区分(大卒程度)及び行政区分(院卒者)の中に人文系のコースを設けました。
──試験負担の軽減のねらいは
「学生の間で採用試験に対する負担感が大きくなっている」「理系学生にとって専門外である人文科学や社会科学の負担が大きい」という意見を踏まえています。民間企業等との人材獲得競争が特に激しい理系人材の確保のためにも、国家公務員と民間企業を併願する学生が受験しやすくする必要があると考えています。試験に関する情報は、人事院の国家公務員試験採用情報NAVIに掲載しています。直近の年度の試験問題も掲載していますが、さらに前の年度の問題を知りたいときは、人事院に対して情報公開請求を行うことが可能です。人事院が学生向けのセミナーなどを実施していますが、その意図は多様で有為な方々に来ていただくため、より多くの方々に公務に興味をもっていただきたいと考えています。東大はこれまで公務への大きな人材供給源になっていた大学の一つなので、東大生にも興味を持ってもらいたいです。
──学生向けの広報イベントが企画されていますが、参加すべきですか
ぜひともご参加ください。とはいえ、参加しなくても不利になることはありません。
──障害のある受験者を想定して、試験時にどのような合理的配慮をしていますか
申し込みの際に申告があれば対応しています。例えば、身体の障害等がある際の車椅子の使用、視覚障害がある際の拡大文字による試験、聴覚障害がある際の試験官発言事項等の書面による伝達等です。
──記者が受験した教養区分の第2次試験では、試験官の付き添いなしではトイレに行けない時間が数時間から半日ほどありました。生理のある受験者が知らずに行ったら不便を感じるかもしれません
試験の公正性確保の観点から、他の受験者との相談等を防止するための措置であり、ご不便をおかけします。受験者からの申し出には柔軟に対応しますのでご安心ください。
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