高知県安芸市。セミが見た高知④で訪れた奈半利町にほど近い町だ。高知と言えば海!安芸市にもいたるところにきれいな海岸がある(地元に方にとっては普通かもしれないけれど)。そんな安芸には海からほんの少し行けば“山”があり、今回はその“山”でのお話。
今回訪れたのは、高知県安芸市で「木のおもちゃ」を作っている山のくじら舎さん。そこで作られる木のおもちゃの魅力もさることながら、社長の萩野さんの生き方には痺れた。三重の田舎で18年過ごしてきたのに、この2年で都会に「染まっていた」自分を見つめなおした。
海沿いからほんの少し車で向かった“山”エリアのふもとに山のくじら舎はある。落ち着いた雰囲気の中に木造の建物があった。
山のくじら舎の社長、萩野和徳さん。ご両親が高知出身で荻野さん自身は大阪育ち。お話を伺っているうちに、なんだか自分の父を思い出した。僕の父も三重で商売をしていて、言葉でうまく表せないけれど、懐かしい空気感を感じた。「なんだか、いい話が聞けそう」
「子供がお風呂で遊ぶおもちゃが欲しい」
木材の加工をしているところへ、近所のお母さんからそんな声を聞いた。せっかくなので、作ってプレゼントをしてみたという。すると、みるみる口コミが広がり……今ではその木のおもちゃが主力商品になった。
「できないと言ってても何も始まらない。」
その言葉が萩野さんのこれまでを言い表している。木のおもちゃを作り始めた当初は、たとえいいものだったとしても、なかなかすぐには広まらない。
「いっそのこと、空港にでも置いてもらおうか。」
思い立ったら早い。すぐに空港に売り込んだ。が、あっけなく断られた。
「まあ、しかたないか…」とならないのが荻野さん。今度は安芸市の職員さんに相談し、安芸市を通じて交渉することに。すんなりとはいかなかったがそうこうして、高知龍馬空港のお土産売り場に木のおもちゃが並んだ。
効果は抜群だった。ここから、山のくじら舎の木のおもちゃは一気に飛躍することになる。
そんな荻野さんの姿勢は意外なご縁もつくった。山のくじら舎のHPには「皇室ご愛用」とある。紀子さまが山のくじら舎のおもちゃを買われたのだという。
だがこれも「たまたま」ではない。
皇室の方が宿泊される宿に商品を置かせてもらえるよう交渉した結果なのだ。そんな姿勢は海外の王室とのご縁まで呼びこんだ。
「動く。チャンスをつかむ。できないことって、ほとんどないと思う。」
荻野さんのその姿勢に、僕はジーンときた。
父にも小さいころから「できない理由を探すな!」とよく諭されていた(怒られていた?笑)のを思い出した。その姿勢で自分も生きてきたつもりだし、そう思っていた。でも、荻野さんの生き方に触れて、思った。上京してからの2年間は果たしてそうだっただろうか。
東大に来て、びっくりしたこと、それはここにいる人たちは「できない理由」を探すのがものすごく上手だということ。勉強すればするほど、なぜだめなのかがよく分かってくる。分析すればするほど、”ほころび”が見えてくる。でも、どうすればいいかは、ほとんどの「かしこい」人たちは分かっていない。そんな1人になっていなかったか。
「地方創生」と名のつく本を読んで、「地方」を分かった気になる。高知に行ったこともないのに、高知の人たちより、高知を知った気になる。「高知はここがダメなんですよ。東京はこうです。」こんな感じ。でも、「どうすれば高知が良くなるんですか?」この質問には答えられない。
そんな姿勢を知らず知らずのうちに身に着けていた僕ははっとした。目を覚まされた。
「僕らはイノベーションを起こすことはできん。でも、世の中に必要なものを作ってやっていくしかないんや。」
荻野さんはそう言う。けれど、荻野さんたちは間違いなく、一歩ずつ前へ進んでる。どうやったらできるかを必死に考えて、着実に前に進んでいる。
僕たちは本を読んで、高知のことを都会の一室で議論して、わかった気になって、問題提起して、いい気になってるだけだ。「高知を変える」なんてかっこいいことを言ったって、結局は一歩ずつ前に進んでいくしかない。
荻野さんの目標は「安芸の地を木工産地にする」、その「種」を作ることだ。
僕らだったら、「安芸の地を日本一の木工産地にする!」とか事の大変さを知らずに意気込むだろうけど、荻野さんはギラギラした野心を持ちながら、でも謙虚な目で現実を見ている。
「木工産地。その種を作れればいい。」
大きいことを言うのはいい。目の前の小さいことしか見えていないのは長い目で見たら危険だ。でも、僕らは、少なくとも僕は、「大きいことも小さいことも、目の前の階段を一歩一歩登らなくちゃいけない」、そんな当たり前のことを忘れていた。
そんな僕らに荻野さんはこんな言葉をかけてくれた。
「君らはプラチナチケットを持っとる。俺はクーポンチケットしかない。でも、俺はそのクーポンチケットを使ってる。プラチナチケットも使わなクーポンに負けるで」
荻野さんから僕らへのエールだ。
この言葉を今でもふと思い出す。「プラチナチケットか…」今の自分が上手に使えているのかはわからない。でも、大事なのは「やるか、やらないか」(荻野さん)だから。もっといっぱい「プラチナチケット」を使わんとな。
そして、その後安芸でおすすめのカレーをご馳走になり、次の目的地まで送っていただいた。その道すがら、荻野さんお気に入りの海岸に。
「坂本龍馬がああいう気持ちを抱いたのもわかる気がする」と思った。「よし!俺も龍馬に負けとれん!やってやるぞおおお!!」意気揚々と次の目的地に向かった。やれやれ、人間すぐには変われない……(笑)
文・写真 矢口太一(孫正義育英財団 正財団生・工学部機械工学科3年)
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【セミが見た高知 シリーズ】