途上国に多額の開発援助をしている日本。現在は、民間企業やNPOによる援助額が政府の援助を大きく上回っている。担い手が多様になる中、途上国開発をめぐる状況はどのように変化するのだろうか。東大とJICA(国際協力機構)の間で奔走してきた木村秀雄教授の退職記念インタビュー3では、これからの開発援助への展望を聞いた。
求められる「つなぐ人材」
2000年に掲げられた「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals=MDGs)」では、貧困削減など8つの分野に渡り、それぞれ数値目標が設定されていた。それに対して、今年9月の国連サミットで採択された2030年までの新たな指針「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals=SDGs)」では、より幅広い17個の目標が打ち出され、数値が定められていない項目もある。
「MDGsでは先進国の援助機関が、数値基準さえ達成すればと効率を重視して、縦割りの開発事業になりがちな部分があった。SDGsはあいまいで広過ぎるという批判もあるけれど、分野間のパートナーシップへの認識が明らかに高まっている」と木村教授は語る。
木村教授自身が関わる南米アマゾンでの森林保護の事業でも、「パートナーシップ」が成功の鍵になるそうだ。国家主導でただ森林を守るだけでは人々が暮らせなくなり、政策は持続しない。「森を守りながら利用する先住民の暮らし方に着目して、人の生活と絡めた開発にしようとなると、環境の専門家だけじゃなく、僕らみたいな人類学者も役に立てる」。
途上国の開発プロジェクトでは、異なる分野の専門家同士や国際機関、現地の民間企業や住民らが連携することが必要だ。そのパートナーシップの重要性が見直されている今、各セクターの間を取り持ち、調整する能力と経験を持った人材が求められているという。
日本が貢献できる「保健」の援助
SDGsが掲げる開発目標の分野は教育、環境など多岐に渡る。その中でも特に木村教授が最近注目しているのは、保健分野での開発事業だ。南米のコミュニティ論を研究してきた教授にとって、保健は専門分野外だったが、バングラデシュの地域コミュニティで保健状態を改善するJICAの事業に参加したことがきっかけで、関心を寄せ始めたという。今年度は大学院で「健康と人間の安全保障」をテーマに実務者を招いた連続セミナーを主催している。
「ジェンダーや教育をめぐる開発は、現地の文化によって抵抗も生じる。でも生き死にに関わって緊急性がある“保健”という分野は、どの国・地域でも優先度が高い。インフラ整備など日本が得意な分野を、アフリカでのエボラ対策のような、現地で求められる支援とどう合致させてプロジェクトを作るかが重要」と、日本の貢献にも可能性を感じている。
現在も、企画段階の開発事業に関わっている木村教授。「自分が定年退職だからって、知らんぷりというわけにはいかない。どういう形になるかわからないけど、今後もお手伝いして行くかな」と、意欲をにじませる。
前編:「本を読むだけでなく、現場で練習問題を」木村秀雄教授 退職記念インタビュー1
中編:「国際問題の理論と実践をつなぐ人材を育てよ」木村秀雄教授 退職記念インタビュー2
《木村秀雄》
1950年生まれ。総合文化研究科超域文化科学専攻教授。「人間の安全保障」プログラム委員長。青年海外協力協会理事。著書は『響きあう神話現代アマゾニアの物語世界』(世界思想社1996年)など。