国際協力の仕事に憧れを抱く大学生は多いが、国際機関に応募するには学位と職業経験の両方が求められることが多く、キャリアパスを描くのが難しい。東大大学院には、その二つを兼ね備えた人材を育てる場所がある。それが、JICAでも活躍する木村秀雄教授が委員長を務めている「人間の安全保障」プログラム(Graduate Program on Human Security・通称HSP)だ。退職記念インタビュー2では、総合文化研究科の専攻を横断したHSPの意義、国際協力を志す学生への期待を語っていただいた。
東大駒場の新たな学際的挑戦
「駒場キャンパスの教養学部・総合文化研究科は、創設当初からインターディシプリナリー(学際的)で自由な学問ができるのが特徴と言われた。それが、戦後数十年経つと、国際社会科学や文化人類学といった、もとは学際的だったはずの専攻がいつのまにか“ディシプリン”の顔になって、それぞれの研究者を養成する風潮が強くなってきた」。専攻同士のつながりも薄く、息苦しくなったと木村教授は感じていた。
そこで、新たな学際的試みとして2004年に創設されたのが、5つの専攻をまたいで学生が所属する「人間の安全保障」プログラム(HSP)だった。国際社会が人々の生命や尊厳を守るための「人間の安全保障(human security)」というコンセプトを基軸に、領域の枠に捉われない大学院教育を行う。
発足時から携わり、2013年度に委員長となった木村教授は「僕もまず問題を見つけて、それを考えるには何の学問が使えるかと探しに行くタイプ。関心を追究するうちに、専門の文化人類学を越えて他分野と重なった」と話す。自身が研究で貫いてきた姿勢は、難民や貧困といった問題を扱う「人間の安全保障」のアプローチと共通点が多いと感じている。国際的な課題の解決法は単一の学問からは生まれず、幅広い専門性を巻き込んだ議論が欠かせないからだ。
現場と机上、どちらでも闘える基礎力を磨け
HSPで授与される学位は「国際貢献」。修了生には、NGO「難民を助ける会」理事長の長有紀枝氏など、国際協力分野で活躍する人も多い。修士課程には開発援助や人道支援に関心を持つ学生が集まり、博士課程に入学するのは、NGOなどで職業経験のある人がほとんどだ。専門職大学院ではないが、学者養成が目的でもなく、国際協力の場で各国・各分野の人と議論を交わすための基盤を築く教育を目指しているという。
「途上国で働いたことがあっても、その経験をまとめる理論を使えずに、“僕の見てきたフィールドでは……”と言うばかりでは他人を説得できない。だから実務経験のある人には、学問上の“言葉”の使い方を鍛えてもらう」。
逆に、働いた経験のない修士課程の学生には、修了後すぐにHSPの博士課程に進むよりも、一度大学から出て働くことを勧めている。HSPでは国連や外務省の専門家を招いたシンポジウムなどが頻繁に開かれ、外部とつながる機会も多い。「勉強した理論が役立つか、外の世界で試してこいと学生達にいつも言っている。国際協力のキャリアを積んで、他人と闘うためにまだ“言葉”が足りないなと思う時がきたら帰っておいで。今度はドクター論文が書けるくらいに、論理の組み立て方を学ばせてあげるからと」。育てたいのは現場と机上の両方で勝負できる“スーパーマン”だと、木村教授は熱く語る。
退職記念インタビュー3では、教授の考える開発援助の今後についてお伝えします。
前編:「本を読むだけでなく、現場で練習問題を」木村秀雄教授 退職記念インタビュー1
後編:開発援助の新たな指針「持続可能な開発目標」とは? 木村秀雄教授インタビュー3
《木村秀雄》
1950年生まれ。総合文化研究科超域文化科学専攻教授。「人間の安全保障」プログラム委員長。青年海外協力協会理事。著書は『響きあう神話現代アマゾニアの物語世界』(世界思想社1996年)など。
2015.10.23 22:30
第5段落、長有紀枝さんの名前を訂正しました。誤字をお詫びいたします。