報道特集

2018年8月25日

【蹴られる東大⑨】東大は本当に「蹴られて」いるのか 鈴木寛教授インタビュー

 2017年12月より半年以上にわたって取材を続けてきた連載企画「蹴られる東大」。企画の締めくくりとして、2018年7月31日に学生のためのコラーニングスペース「KOMAD」にて公開取材イベントを2部構成で開催した。第1部では公共政策大学院で教鞭を執りつつ文部科学大臣補佐官を務める鈴木寛教授にインタビュー。第2部では現役学生を交えて学生目線に立ちつつ、鈴木教授と共に議論を通じて将来の東大のあるべき姿を探った。今回は第1部の鈴木教授へのインタビューの模様をお伝えする。

 

(連載「蹴られる東大」は、東大を蹴って海外大に進学する学生に迫り、これからの時代に東大が取るべき道を探る企画です。 取材・高橋祐貴 執筆・石井達也 撮影・宮路栞

 

 

──東大ではなく海外の大学に進学する人が増えている風潮をどのように見ていますか

 まず言っておくと「10/3000で増えている」と強調することがおかしい。「約3000人の東大合格者の中で、海外大進学を選ぶ人が毎年10人程度いる」というのが正確な表現です。そして彼らは「海外大」ではなく「ハーバード大学」や「イェール大学」など個々の大学を選んでいます。ですから、東大と海外大全般を比較すること自体に違和感を覚えますね。

 

 私が東大の文Ⅰに入学した1980年代でも、東大を蹴る人は一定数いました。防衛医科大学や自治医科大学は勉強しながら給料がもらえるので、そちらに進学する人がいたのです。東大を蹴って他の大学に進むこと自体は、決して新しい風潮ではないと思います。

 

 現在の「東大に合格したら東大に行くことが当然だ」という前提にも疑問を感じます。米国のトップ校・ハーバードだって毎年入学を辞退する人が多数います。大学は、自分が学びたいと思うところに行くのが自然でしょう。

 

 

──それでは「蹴られる」とはどのようなことを指すと考えていますか

 私は「蹴られる=受験されていない」だと捉えます。その意味だと、東大を蹴って地方国公立大学医学部に進む人は増えていますよね。これは、地方国公立大学を出て開業医になった人の生涯年収が8億円程度である一方、東大の理Ⅰから企業に入っても生涯年収が平均で4億円くらいになることを考えると、当然の風潮です。

 

 もっと言うと、東大文系は理系、特に医系に蹴られています。国家公務員が社会的にバッシングされていることが要因の一つでしょう。また、法曹資格はロースクールに行かないといけないので、東大文系である必要はない。さらに経済界では東大卒の人よりも慶應義塾大学などを卒業した人の方が優遇されることがあるため、無理して東大に行く必要ない。「個人の力量」と「就職での強さ」の関係を考えると、慶大など東大以外でも十分です。

 

──大学の強さを表す指標として、英国の大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ(QS)」や英教育専門誌『タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)』が発表している世界大学ランキングがあります

 東大はQSランキングで順位を上げ、THEランキングでは順位を下げています。QSランキングは採用した企業側の満足度を評価対象に置き、東大卒の人たちはその得点が高いのです。一方でTHEランキングは研究力を評価の中心に据えているので、東大の順位は落ち込んでいます。

 

 研究力があるとは、研究人材の質と数の確保に成功しているということ。海外、特にアジアの大学はものすごい勢いで研究予算を増やしています。2000年時点と比べると中国は11倍、韓国は5倍になっているのに対し、日本はたったの1.1倍。海外では、国家や社会がトップ大学への投資を集中的に増やし、研究力を高めているのです。大学への投資が不十分な日本国内に目を向けると、東大では40歳未満の若手研究者の、定年まで働ける任期なし雇用が激減し、2006年から2016年までに903人から383人となっています

 

 

──大学を取り巻く状況はどうなっていますか

 国家財政が厳しい中で、国民の支持が低い高等教育への投資が減ってきています。私が社会に出た1986年には子どもを持つ世帯の割合が46%だったのに対し、現在は23%と、教育費への投資が支持を得られない人口分布になってきました。さらに選挙での1票の価値が重い地方では少子化が進んでいる上、大学進学率は他の地域と比べて低いので、高等教育予算増額への支持率が低くなるのは当然です。

 

 そのような状況下でも、いまだに東大への運営交付金の額は国立大学の中でかなり高い。地方大学や地方有権者は東大への交付金を減らして自分のところに再配分してほしいと願う一方、東大への交付金を増やしてほしいと願う人はほとんどいません。国立大学を支持する層はもともと薄く、東大を支持する人となると極めて少なくなります。基本的に世の中の人は東大が嫌いです。それは、東大に入った人よりも東大を目指して入れなかった人の方が世の中には圧倒的に多いから。このルサンチマンを打ち消すだけの貢献を、東大は世の中に対してアピールできていないように見えます。

 

 大学政策で世論が唯一支持するのは、付属病院の強化です。それ以外については税金をかける価値がないと思われても仕方なく、大学は運営交付金を増やせないので維持するのが精一杯な状況に陥ります。一部の教員を除けば、こうした「応援団」がいない状況に対して問題意識を持てていません。教員と学生が、納税者から東大への投資に意義を見いだしてもらえるような方策を真剣に考えなくてはいけませんね。

 

 一般納税者を説得するのは難しい。では、どうするか? 経済界からの応援です。東大と経済界は、共存共栄関係にあります。海外企業と比べて薄給な日本企業が海外大卒の優秀な人材を採用することは非常に難しい。でも、日本企業でも東大卒の最優秀な人材なら採用できる可能性があります。となると、経済界は東大に投資する価値がありますし、東大は経済界を味方にするための努力をしていくべきです。

 

 

──大学をどのように選ぶのが良いのでしょうか

 大学に行く価値は、学力や判断力が身に付くこと、そして人脈が広がることの二つです。世界で通用する多様な人脈を手に入れたいのなら海外大から進学先を選んだ方が良いでしょう。しかし、学力なら、特に理系なら、東大が良いでしょう。

 

 高度経済成長期の日本では、大学への投資は理系分野が中心でしたが、一方で終身雇用制度の中で各企業の社員教育が充実していました。「大学が理系を育て、企業が文系を育てる」という分業体制だったのです。その傾向を端的に表すのが教員1人当たりの学生数の比率を表すST比です。日本だとだいたい医学部が3、理学部が5、教育学部が20、法学部は40です。高等教育での理想的なST比は10以下で、世界のトップ大学だとST比は一桁であることが重要だといわれますが、東大の理系は全く引けをとりません。

 

 東大の理系は、例えば物理分野などが世界のトップ10に入りますが、授業料は年間約50万円。同じレベルの米国のアイビーリーグだと、卒業までに何千万円もかかってしまいます。東大理系は実力があり、費用対効果が抜群で、学生を採用する企業側の満足度も高い。文系でも後期教養学部はST比がアイビーリーグ並みに充実しているのに、授業料は格安です。

 

 米国のトップ大学に通う学生の家庭では、24歳までに小中高大で1億円程度の教育費がかかるといわれます。そして、彼らが自分の子どもに同じような教育を施すという「再生産」が起こるのです。経済・学問のグローバル化の中で、こうした莫大な資金がかかる教育が世界中に広まっています。日本では、税金や兄弟のことも考えると、年収が1億円を超えないと年に1000万円もの教育費を賄うことはできません。ごく普通の家庭から、年50万円で世界トップクラスの学びを受けられる──これが東大の強みです。莫大な資金が必要とされる米国型の教育体制が世界基準となりつつある中で、この体制をいかに守っていくかが私のライフワークですね。

 

鈴木寛教授(公共政策大学院)

 1986年法学部卒。同年に通商産業省(当時)に入省。慶應義塾大学助教授(当時)を経た後、国会議員を12年間、文部科学副大臣も2期務める。2014年より公共政策大学院教授、慶應義塾大学教授を兼任している。『熟議のススメ』(講談社)、『テレビが政治をダメにした』(双葉新書)など、著書多数。

 

【蹴られる東大】

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