東大新聞には、さまざまな個性・経歴を持った部員がいる。ここでは特に、他の部活・サークルと兼部している部員や、東大新聞に入部する以前に、他の部活・サークルを経験していた部員に焦点を当て、そうした部員の他の一面や他の部活・サークルの特色を読み解く。今回は、「東京大学地文研究会地理部」と兼部している部員が、地理部の合宿の様子について旅行記風に紹介する。(構成・吉野祥生)
地文研究会地理部とは
東京大学地文研究会(ちもんけんきゅうかい)地理部は、街歩きや旅行、地理が好きな学生達が集まる散策・旅行系サークル。前期教養課程の学生を中心に、各学年150人から200人程度が所属している。主な活動は年に3回程度、比較的遠方の地へ宿泊を伴う旅行を行う「合宿」のほか、関東近郊で行われる日帰りの「巡検」、五月祭や駒場祭で展示する立体日本地図の制作があげられる。
東大所属の学生でなくても部員になることが可能で、他大学の学生や留学生も比較的少数ながら参加している。また全ての活動が自由参加で、各自のスケジュールや、興味・関心に合わせて参加できるのも魅力の一つ。合宿や巡検の行程企画は全て部員が行い、企画立案では訪れる地域の魅力がいかに伝わる行程を作れるかが地理力の見せどころだ。
今回の記事では、6月に福島県で行われた新歓合宿と9月に北陸で行われた夏合宿の様子をお伝えしたい。新歓合宿は1泊2日で新入生同士の親睦を深めるほか、先輩とのつながりを持つ貴重な場だった。また、夏合宿は3泊4日。初対面の参加者も多い一方で、新歓合宿で顔見知りになった部員とより親交を深める機会ともなった。
なお、地理部の合宿ではそれぞれ行き先が異なる行動班である「分隊」と呼ばれるものが各日設定され、参加者は自身の行きたい分隊に参加することができる。分隊に参加せず、日中は単独行動で宿だけ共にするという選択肢もあるため、地理部の合宿の楽しみ方は、参加者の数だけあるといってよいだろう。これから紹介する体験も、ほんの一例であることをご了承願いたい。
新歓合宿 6/14〜15 ー福島の歴史を感じる旅ー
1日目 大内宿・会津若松
午前7時前。浅草駅に到着した私は、行楽客で満席の特急「リバティきぬ」(東武線)に乗車し、まず終点・鬼怒川温泉駅へ。接続する会津若松行きの快速列車に乗り換え、さらに北上する。列車はローカル線の野岩鉄道へ入り、車内に響く気動車のエンジン音を聞きながら峠を越えていく。峠を越えた先は福島県で、山と山の間に田園が広がるのどかな風景が広がっていた。そのまま会津鉄道へと直通し、私は集合場所となっていた湯野上温泉(ゆのかみおんせん)駅で下車。分隊の参加者と合流した。
初対面の1年生が多く少し気まずい雰囲気もそこそこに、路線バスに乗り換えて大内宿を目指す。大内宿は江戸時代に日光と会津地方を結んだ下野街道の旧宿場町で、現在も当時の面影を残している。名物は、長ねぎ1本を箸代わりにしていただく「ねぎそば」だ。ねぎはそれなりに辛く、私はねぎを食べきることができなかったが、手打ちの冷たいそばは、のどこしがよく美味しかった。宿場町の風情ある通りを歩きながらお土産を購入して、再び湯野上温泉駅に戻った。ここから列車と路線バスを乗り継いで飯盛山(いいもりやま)へと向かう。飯盛山は、幕末の戊辰戦争で会津藩の白虎隊が集団で自刃した場所。山頂には会津若松市街と遠くに鶴ヶ城が一望できる素晴らしい眺めが待ち受けていた。白虎隊の若武者たちの無念に思いをはせつつ、彼らが現在の発展した会津若松の様子をどう思っているだろうかと思いを巡らせた。夕飯は喜多方ラーメンに舌鼓を打ち、他の参加者と親交を深めた。
2日目 安積疏水と郡山
ホテルを8時過ぎに出発し、会津若松駅へ。JR磐越西線に乗車し、雄大な朝日連峰や磐梯山を車窓に見ながら磐梯熱海(ばんだいあたみ)駅を目指す。磐梯熱海では安積疏水(あさかそすい)を利用した発電所を見学し、温泉街となっている駅前を散策した。続いて郡山駅へ向かい、市の中心地を探索。市街地に点在する江戸時代に作られたため池を散策し、安積疏水開通前に行われていた用水確保の方法を直接見て学んだ。猪苗代湖と郡山の安積原野を結ぶ安積疏水の開通によって、明治期以降に郡山市内の農業や軽工業が飛躍的な進歩を遂げたと知り、郡山の発展を支えた安積疏水の重要性を感じることができた。
郡山駅で昼食を取った後は路線バスに乗り、大安場(おおやすば)古墳へ。大安場古墳は古墳時代築造と考えられる前方後方墳で、現在は資料館を併設した公園として開放されている。近くから見ると丘状に盛り上がった古墳からは迫力と、造営した際のたいへんな労力が感じ取られた。最後に、郡山駅に路線バスで再び戻り、裏磐梯へ行った別の分隊と合流して解散。解散後も旅を続ける参加者もいたが、私は翌日に授業があったこともあり、東北新幹線「なすの」で東京駅へ直行し、そのまま帰宅した。
夏合宿 9/7〜10 ー北陸ロマンを味わう旅ー
1日目 富山市内
1日目は富山市内を巡る。前泊している参加者も多かったが、私はこの日は分隊に参加せず単独行動を選択した。単独行動の場合は、宿に着くまで自由に行動できるのが魅力だ。今回は朝遅めの出発として、羽田空港10:05発の便で富山空港へと向かった。新幹線ではなく飛行機を選択したのは、空からの景色を楽しむため。2カ月前から窓側の座席を予約し準備は万全に思われたが、なんと自分の座席だけ窓がついていないというアクシデントが発生。なぜ自分の席だけ窓がないのかを自問自答しながら、私の横にそびえる無機質な厚い壁からは、気圧や乱気流から我々を強固に守ろうとする開発者の気概が感じられた。
少し気落ちしつつも、日本で唯一河川敷にある空港である富山空港に降り立ち、まず向かったのは回らない寿司屋。やはり北陸に来たら寿司を食べたいということで、値段は張ったがのどくろなど北陸でしか味わえないような新鮮な海の幸を堪能でき、背伸びした金額にふさわしい思い出になった。その後、富山駅周辺の富岩運河(ふがんうんが)環水公園や富山県美術館を訪れ、飛行機では味わえなかった美しい景色や作品を楽しむことができた。最後に富山市役所の展望台から富山市内を一望して、富山市を離れた。宿のある高岡に電車で向かい、他の参加者と合流してこの日は終了となった。
2日目 白川郷・五箇山
2日目は白川郷・五箇山を巡る。朝8時に高岡駅前のバスターミナルからバスに乗車。途中、散居村で有名な砺波(となみ)平野を進み、屋敷林を備えた家屋が点在する様子に感動しつつ、2時間程度で白川郷に到着。合掌造りで有名な家屋と、収穫目前の稲穂が黄金色に光るこの時期ならではの光景からは、自然の色合いの細やかさを感じた。合掌造りの住居に現在も住んでいる方もいるようで、ただの観光地ではなく、人々の生活の場であることが感じられた。住居の中の見学をし、お昼ご飯におろしそばを食べたら、路線バスで五箇山へ。
五箇山も合掌造りで有名で、世界文化遺産に白川郷とともに登録されたが、知名度は白川郷に及ばないように思う。実際に白川郷は外国人観光客が目立ち、にぎやかだった一方、五箇山は静かな山奥の空間が広がっていた。ゆっくりと日本の原風景を楽しんだ後は、路線バスと列車を乗り継いで、宿のある金沢へ向かった。
3日目 金沢周辺
3日目は金沢市内を中心に単独行動した。近江町市場やひがし茶屋街を散策し、雰囲気を味わいつつ、金沢城公園や兼六園を見学した。いずれも有名な観光地で、加賀百万石・前田家の城下町としての歴史を感じることができた。しかし、この日は真夏日で日差しも強く、あまりの蒸し暑さのためじっくりと見学することができなかったのが残念だった。また、雪のある冬に訪れたい。
金沢市を後にして、向かったのは白山市にある「トレインパーク白山」。こちらは今年3月の北陸新幹線敦賀延伸に合わせて開業した施設で、北陸新幹線の車両基地である「白山総合車両所」をガラス越しに見学できる。新幹線の保守点検を行う様子を直に見られるほか、新幹線の運転シミュレータがあり、短い滞在時間ではあったが楽しむことができた。この後、在来線で福井へと向かい、福井で宿泊した。
4日目 一乗谷・永平寺
4日目は一乗谷と永平寺を訪れた。まず福井駅前から路線バスに乗車し、一乗谷朝倉氏遺跡へ。一乗谷は、戦国武将で越前国を治めた朝倉氏が築いた城下町である。山々に囲まれた守りやすい地形を背景に、戦国時代には大いに繁栄したが、朝倉氏が織田信長によって滅ぼされると、街全体が灰燼(かいじん)に帰し、今ではその面影もない。しかし、数年前に一乗谷朝倉氏遺跡博物館が開館し、一乗谷について体系的に学習することが可能になり、かつての繁栄の姿を見ることができる。再現された華やかな町並みを見つつ、今では水田が広がる静かな山村であることを思うと、わずか100年しか繁栄しなかった一乗谷の栄枯盛衰を感じざるを得なかった。
続いて、路線バスで永平寺を訪れた。永平寺は山の中にある曹洞宗の大本山であり、現在も修行僧が修行の日々を送っている。仏教寺院特有の伽藍(がらん)を建物内から見学できるため、各建築や仏像などをじっくり観察できた。曹洞宗の開祖である道元の思想が表れたものも多く、日本史の暗記に終わらない仏教的な思想を感じ取れる貴重な体験だった。そして路線バスで福井駅へ戻り、他の分隊と合流して全体では解散となった。
延長戦(5日目)
夏休み期間であるため、解散後もそのまま個人的に旅を続ける部員も多く、皆が思い思いの場所へ散っていった。私は「延長戦」として、敦賀へ在来線で移動し、もう1泊した。5日目は日本三大松原で有名な気比(けひ)の松原を訪問し、青鈍(あおにび)の日本海の風景に改めて胸を打たれた。「また会いに来るよ」と日本海に別れを告げ、敦賀から名古屋まで特急「しらさぎ」に乗車。名古屋で高速バス「新東名スーパーライナー」に乗り換え、あらかじめ予約してあった2階建てバスの2階最前列からの眺望を楽しんだ。こうして東京へ到着し、5日間の旅は幕を閉じた。
最後に
地理部はさまざまな趣味を持った学生が参加しており、鉄道や地理が好きな人はやはり多いが、中には行政施設をひたすら巡る人や、地形や地質についてとても詳しい人なども所属している。あらゆる興味・関心が尊重され、旅先の食事や移動でのたわいもない雑談の中で、部員同士が仲良くなっていくのが、地理部の魅力である。地理が得意かどうかや地理の知識があるかどうかに関係なく、部員全員が自分のペースで楽しむことができる地理部に興味を持って頂けたら幸いだ。