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2020年12月19日

コロナ禍対応に世界金融危機の教訓を IMF・東大共催の経済学部創立100周年記念コンファレンス開催

 東大経済学部は創立100周年を記念し、11月23日から25日の三日間にわたり、有識者らによるオンラインコンファレンスをIMFと共同で主催した。IMF専務理事のクリスタリナ・ゲオルギエバ氏や、日本銀行の黒田東彦総裁、金融庁の氷見野長官、リクスバンクのステファン・イングベス総裁、プリンストン大学のウィリアム・ダドリー氏など様々な団体で活躍する専門家が参加した。新型コロナウイルスが世界経済を混乱させ続けている中で金融危機にどう対処すべきか、多角的かつ深い議論の概要をお伝えする。

(取材・弓矢基貴) 

(注:この記事は記者によるまとめであり、発言者のチェックを受けたものではない)

 

初日のセッションで議論するパネリストら

 

セッション1「金融危機」

◆司会進行(セッション1、2、3を通じて)

ジョナサン・ダン(IMFアジア太平洋地域事務所所長代理)

 

◆開会挨拶

五神真(東大総長)

 

◆オープニングスピーチ

クリスタリナ・ゲオルギエバ(国際通貨基金(IMF)専務理事)

 

◆モデレーター

ジリアン・テット(フィナンシャル・タイムズ米国版編集長)

 

◆パネリスト

ウィリアム・ダドリー(プリンストン大学グリズウォルド経済政策研究センター シニアリサーチスカラー)

フランチェスコ・パパディア(ブリューゲル研究所シニアフェロー)

マリアンヌ・ネッセン(リクスバンク理事会上級顧問)

中曽宏(東京大学大学院経済学研究科特任教授 2013〜18年、日本銀行副総裁を務める)

 

国際的な協力と中央銀行の独立を実現させる

 

 初日の開会挨拶を務めたのは五神総長。経済学部100周年を祝福するとともに世界大戦や大恐慌、IMF設立の経緯など、過去100年間の歴史を振り返った。その上で「東大を世界のイノベーションの中心にする」と述べ、国立大学初の試みである大学債発行による資金も加え、社会を変える東大のビジョンを強調した。続いてIMF専務理事を務めるゲオルギエバ氏がオープニングスピーチを行った。不安定な社会に対抗する基盤として、健康で教養のある「人間」、自然環境が守られた「地球」、そして社会の変化に対応できる「金融」の3つの強靭性を挙げている。こうした強靭性を強化する規制改革の有益さ、危機における政策支援維持の重要性、国際協調の大切さを訴えた。東大とIMFからの挨拶のあと、パネリストらによる議論が開始した。

 

IMF・ゲオルギエバ氏

 

 世界金融危機以来の、そして現在のコロナ危機への政策対応を踏まえ、はじめのセッションで強調されたものは「中央銀行の独立性」である。ブリューゲル研究所のパパディア氏は、元来の中央銀行のあるべき姿には「五つの教義」が重要だと述べた。それは、

 1. 中央銀行のバランスシートの厳格な管理は重要 2. 財政政策と金融政策は引き離すべきで、財政政策による支配は避けなければならない 3. 中央銀行は非常に短期の金融市場金利に注目すべき 4. 資源配分は中央銀行の仕事ではない 5. 中央銀行は所得分配にも関与すべきではない

の五つだと言う。世界金融危機以降、これらの項目が世界の国々で守られていないが、それは経済危機が訪れると中央銀行に対する国民や政府からの圧力が特に高まるからとする。

 

 プリンストン大学のダドリー氏(前ニューヨーク連銀総裁)はある意味で中央銀行の独立性が限定的なことは仕方がないと述べた。失業率やインフレなど、金融政策の目標を定めるのは政府であり、中央銀行はそれらを達成する手段を決定する上でしか独立性を保持していない。しかしながら、「現在の米国では政府と中央銀行の意向がおおむね一致しているため問題が顕在化していない。ただし、数年後にインフレ率が上昇すれば、過剰なインフレを抑えるために金利を上昇させたいFED(連邦準備制度)と債務を抱え金利を低くしたい政府との間で対立が起こるだろう」と述べた。東大の中曽特任教授も「中央銀行の独立性は痛みのある歴史から学んだ教訓であり、守られるべき」と発言した。金融政策は複雑化しているが、インフレの制御など長期的なコストを低くする選択を、中央銀行が政府の圧力から独立して行えるようにすることの重要性を強調した。

 

プリンストン大学・ダドリー氏

 

 なお、パパディア氏は、例えばイタリアではGDP比の政府債務が大きく、それを持続可能にするために国民の多くはECB(欧州中央銀行)が金利を非常に低く保つことを求めていると説明した。これは他の国の要求と必ずしも一致しない。このように、国際協調が必要な時にも関わらず、そうした政策がナショナリスティックなものになってきているという問題も指摘した。

 

 国際協調に関しては、世界金融危機に際し、主要各国の中央銀行間で通貨スワップ網を急きょ構築したことで世界的な流動性危機を防いだことをパネリスト全員が確認し、危機時の国際協調の重要さを改めて認識した。

 

セッション2「国際協力、リスク・マネジメント」

◆開会挨拶

黒田東彦(日本銀行総裁)

 

◆パンデミックを切り抜ける:ばらつきが見られるアジアの回復ペース

ジョナサン・D・オストリー(IMFアジア太平洋局局長代理)

 

◆モデレーター

前半:中尾武彦(みずほ総合研究所理事長)

 

後半:パトリシア・モセル(コロンビア大学国際関係公共政策大学院教授)

 

◆パネリスト

前半:

セイラ・パザルバシオグル(IMF戦略政策審査局局長)

河野正道(経済協力開発機構(OECD)事務次長)

土井俊範(ASEAN +3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)所長)

 

後半:

ロビン・ブルックス(国際金融協会マネージング・ディレクター兼チーフエコノミスト)

白川俊介(金融庁総括審議官)

植田健一(東大大学院経済学研究科准教授)

 

経済の不平等化と金融のデジタル化

 

 二日目は日本銀行の黒田総裁が開会挨拶を行った。前回の国際金融危機以上とも思われる新型コロナウイルス感染症による経済的危機に対して世界各国が迅速に対応したことを評価した。特に、今回の危機に対して行われた政策対応には重要な点が三つあると述べた。一つ目は、中央銀行や国際機関による迅速かつ大量の流動性供給により実体経済と金融が縮小してしまう「負の連鎖」に歯止めをかけたこと。二つ目は、財政政策と金融政策の連携が取れたこと。三つ目は、国際金融規制により金融機関の頑健性が高められていたことに加え、金融当局が規制・監督面で迅速な措置を講じたことだ。また、不安定な情勢が続く中でこれまでの対応を継続することの重要性や、銀行でない金融業の役割の増大といった構造変化に関する検証などを通じて今回の危機から学び、今後に活かすことの価値を強調した。

 

日本銀行・黒田総裁

 

 パネリストらによるセッションでは、まずIMFのパザルバシオグル氏が前回の世界金融危機と今回のコロナ危機の性質の違いを説明した。「前回はあくまで先進国を中心とした金融部門から始まった経済危機であったため、その影響は特に先進国で大きかった。しかし今回は世界に蔓延するウイルスが発端の経済危機であるため、途上国を含め全ての国々が多大な影響を受けた一方、それに対する対策は先進国の方が遥かに充実している」と指摘し、今回の危機が世界の不均衡化・不平等化を促進していると話した。また、前回の危機では景気対策を絞るのが早すぎて欧州債務危機が深刻化したと思われ、今回は時期尚早の対策停止は避けなければならないと述べた。

 

 AMROの所長を務める土井氏からはASEAN+3(ASEAN諸国と日中韓)の状況について説明があった。「ASEAN+3は相対的に封じ込めができているが、中国以外の国々において経済的な打撃は大きい。ASEAN+3の間で通貨交換を行い流動性危機に対応する金融支援体制であるCMIM(チェンマイ・イニシアティブ)などを通じた地域協力に力を入れている」と述べた。

 

AMRO・土井氏

 

 銀行以外の金融業について、特にヘッジファンドやマネーミューチュアルファンドなどを中心に、この3月から4月にかけて急速な流動性危機の状況が発生し、それに伴い新興市場国から資金が大量に流出した。この危機は、4月以降は米連銀を中心とした対応によって回避されたとの報告がブルックス氏からあった。また、白川氏からも、そうしたヘッジファンドのような業態の問題は世界金融危機時からあったが、それへの国際的な対応は進んできているもののまだ弱いとの指摘があった。

 

 一方、世界金融危機後に興隆した決済サービスを中心としたフィンテック企業については、コロナ禍に直面しオンラインショッピングが急増するなど、フィンテックによる銀行の決済サービスの代替がさらに加速している。これには主に三つの原因があると東大の植田准教授は語る。フィンテックの高度な技術によって決済が安価で早いこと、銀行規制の枠外で費用が低いこと、多くの国において預金金利がゼロになったことだ。三つ目は、フィンテックは預金金利を提供できないため、銀行の預金金利がプラスなら銀行預金にメリットがあるのだが、それが実現できていないために人々の銀行離れが進んでいるということだ。「しかしこうした技術進歩によって伝統的な銀行が享受するメリットもある」と植田准教授は語る。例えば預金取り付けなどの際に、即時に引き出しの情報をつかめるようになれば、適宜手数料を調整して対処することが可能となる。他にも「中央銀行デジタル通貨(CBDC)やビットコインなどの暗号資産といった新たな技術が金融システムの効率化を実現させ得る一方、安定性の観点からは慎重になるべきかもしれない」

 

東大・植田准教授

 

セッション3「金融規制」

◆開会スピーチ

氷見野良三(金融庁 長官)

 

◆コロナ渦における金融システムの健全性維持と回復への道

トビアス・エイドリアン(IMF金融資本市場局局長)

 

◆モデレーター

河合美宏(東大公共政策大学院客員教授)

 

◆パネリスト

ステファン・イングベス(リクスバンク総裁)[ビデオメッセージでの参加]

ステイン・クラッセンス(国際決済銀行(BIS)金融安定政策部門長)

平野信行(三菱UFJフィナンシャルグループ取締役執行役会長)

伊藤隆敏(コロンビア大学国際関係公共政策大学院教授)

 

最終日のセッションで議論するパネリストら

 

困難を極める規制・審査・救済・経営

 

 世界金融危機発生後、今までの金融規制枠組みの集中的な見直しがなされた。その重要な作業の一つとしてリクスバンクのイングベス氏は2010年、2017年に合意された「バーゼルIII」を挙げる。イングベス氏はバーゼル銀行監督委員会(BCBS)の議長を2011年から2019年まで務めた人物でもある。「バーゼルⅢ」は金融市場安定化のためにグローバルな流動性基準や自己資本比率を定めたものであるが、これは十分ではないとの見解を示した。「レバレッジ比率などの基準はあくまで最低ラインとして捉えるべきだろう」

 

 BISのクラッセンス氏は規制改革による金融機関の強靭性の強化を評価し、2011年からコロナ発生前までの間で全世界の銀行の自己資本が倍増したことを称賛した。また、今年3月から4月の流動性危機も踏まえ、銀行でない金融業をより健全化することの重要性を強調。コロンビア大学の伊藤教授も同様の見解を示した。しかし三菱UFJフィナンシャルグループの平野氏は、銀行でない金融業はすでに金融取引全体の半分程度まで担っているため、きつい規制をかけることには注意しないといけないが、そうした金融業のリスクも看過できないとし、問題解決が容易ではないことを示唆した。

 

BIS・クラッセンス氏

 

 伊藤教授からは、ベイルインとベイルアウト、流動性不足と支払い能力の欠如のそれぞれの違いについて説明があった。ベイルアウトとベイルインの違いは納税者負担の有無にあり、ベイルアウトでは納税者が、ベイルインでは株主や債権者、預金者が銀行の損失を負担する。「世界金融危機以降、政治的反発や世論の圧力によりベイルアウトよりベイルインを推進すべきとの見方が主流となってきている」と伊藤教授は話す。流動性不足と支払い能力に関しても「銀行に支払い能力はあっても資本が過小であるかもしれない。これを流動性不足とみなすのか、資本を注入するのか、ベイルアウトをして倒産を解消するのかなどの判断が難しく、『グレーゾーン』が存在する」と述べた。ベイルインとベイルアウトにも違いが曖昧な部分があり、ベイルインとベイルアウトの両方をカバーした柔軟な救済措置が必要だと述べた。

 

 平野氏からは、銀行の経営の視点から資本バッファーの利用について意見が及んだ。「政策立案者や規制当局は繰り返し資本バッファーの利用を推進しているが、それは簡単なことではない。経営側は資本が枯渇することに対する投資家や格付け機関の反応、コロナ危機が今後長引く可能性など様々なことを考慮しなければならない」と述べた。資本バッファーを今の段階で安易に使って良いのか、むしろ将来のリスクに備えるべきではないか、熟慮が必要なことを示唆した。

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