文化

2023年7月15日

【東大CINEMA】『風立ちぬ』 激動の時代に輝く「生」

 

 

 スタジオジブリが制作したアニメーション映画『風立ちぬ』は1920年代から1940年代にかけての激動の時代を生き抜いた青年・堀越二郎の半生を描いた作品である。

 

 「飛行機は美しい夢だ」

 

 空に憧れる少年・二郎。その夢に現れたイタリアの航空機設計技師・カプローニは彼にこう語った。この出会いをきっかけに、二郎は飛行機の設計技師を志し始める。

 

 成長した二郎は、関東大震災や世界恐慌、さらに戦争へと突入していく日本で、エリート技師としての才能を開花させていく。妻・菜穂子との出会いと別れ、カプローニとの時空を超えた交流を経て、二郎は「美しくも呪われた」飛行機・零戦を完成させる。物語の最後、二郎は夢の中でカプローニと再会する。自分の飛行機は特攻機として使われ、一機も戻ってこなかったことを嘆く二郎。そこに現れた菜穂子は、二郎に「生きて」と語りかけるのだった。

 

 本作品は宮崎駿監督自身が手がけた作品であり、今年で公開10周年を迎える。ジブリ作品ではファンタジーな世界観を描かれることが多い。本作品もあくまでフィクションであるが、主人公である堀越二郎は、実在の航空技術者・堀越二郎をモデルにしつつ、同時代の文学者・堀辰雄の要素も取り入れられた架空の人物である。題名『風立ちぬ』は堀辰雄の同名の小説に由来する。作中でも二郎と菜穂子が口ずさんだポール・ヴァレリーの詩の一節 “Le vent se lève, il faut tenter de vivre.” 。堀辰雄はこれを「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳した。そして、ここから宮崎駿は本作品のキャッチコピーを「生きねば」としている。

 

 主人公・堀越二郎が震災や病気、戦争と向き合いながらも必死に「生きる」物語、これが『風立ちぬ』という映画である。二郎だけではない。本作品は映像や音のいたるところに「生」の要素が盛り込まれている。例えば、関東大震災で逃げ惑う人々は、その一人ひとりが手書きされている。登場する人間全てが命あるものとして描き出されているのだ。だからこそ、アニメーションながらに、当時の情景や空気感がリアリティをもって我々視聴者に伝わってくるのだろう。また、本作品の効果音は人の声で再現されている。宮崎駿としては、ただの新しい試みに過ぎなかったようだが、これは人間以外にも命を吹き込んだものとも捉えられる。人間のうなり声のような地震の音は、うねるように揺れが進む描写と相まって、天災さえも一つの生き物であるかのように思わせる。

 

関東大震災で逃げ惑う人々
関東大震災で逃げ惑う人々

 

 ラストシーンで菜穂子は「生きて」と二郎に語りかけるが、それはもしかしたら視聴者にも語りかけているのかもしれない。視聴者も生きているのだ。

 

ラストシーンで二郎に語りかける菜穂子
ラストシーンで二郎に語りかける菜穂子

 

 同じく「生」をテーマとしたスタジオジブリ映画最新作『君たちはどう生きるか』が公開された。最新作と合わせて、ぜひこの『風立ちぬ』もご覧いただきたい。【海】

 

 

【記事修正】2023年7月15日午後9時35分 重複していた文字を削除しました。また、7月18日午後4時32分に誤字を訂正しました。

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