文化

2024年10月7日

【火ようミュージアム】美術鑑賞に新風吹き込む ー「空間と作品」展ー

 

 芸術鑑賞で私たちは何を見つめているのだろうか。美術館を歩き回りながら、時折私たちは作品に接近する。描かれている対象、対象の描かれ方を間近に感じ取り、そばにある解説文で作品の背景を知る。普段の展示で注目されるのは作品本体とその作家が主だろう。その分「空間と作品」展で提示される作品の見方は私たちに際立って鮮烈な印象を残す。

 

 東京駅八重洲中央口を出て真っすぐ歩くこと5分。モダンな装いが目を引くアーティゾン美術館で行われている本展ではブリヂストン創業者である石橋正二郎によって創設された石橋財団のコレクションの中から144点が見られるが、そこで鑑賞されるのは作品そのものに限らない。美術館に保管されるまで、作品がどの様な人の手を渡り、どの様な場所に置かれてきたのか。本展で鑑賞者は人と作品の間を取り持つ空間に想像を働かせ、体感する。目を近づけるだけでは達せないような作品との近しさを、そこで感じることになる。

 

 エレベーターで6階に上がって鑑賞を開始すれば、たちまち先ほど述べたことが得心できよう。例えば、入ってすぐのところにカミーユ・ピサロの四季を描いた連作絵画が計4枚展示されている。そこでは中央にダイニングテーブルが置かれたルージュ色の小空間が形成されており、広さにして数十人は立ち入れそうな程だが、その4枚以外に置かれている作品は無い。壁に記された解説文を読むと、この作品は銀行家が別荘のダイニングルームを飾るべく制作を依頼したもので、そうした経緯を反映するために部屋を模した展示空間が用意されたことが分かる。改めて、この展示空間自体を鑑賞の対象としてみる。すると、かつてピサロの絵に囲まれながら食事を取っていたであろう依頼主一家の存在が浮かび上がり、作品自体が芸術という崇高なカテゴリーの殻に覆われたものでなく、過去実際にそうだったように、生活に根ざした価値を帯びて見えてくる。ここで得られる経験は数十年来にわたる作品と人との関わり合いを追体験するもので、それは作品を数分観て立ち去る普段の鑑賞とは性質を異にするものだろう。

 

カミーユ・ピサロ《四季 秋》(1873 年)
カミーユ・ピサロ《四季 秋》(1873年)

 

 6階フロアでは、他にも工夫に富んだ展示方法を取って、鑑賞者を魅了する。とりわけ畳と日本家屋の外光をイメージした照明が整えられた上で展示される円山応挙の《竹に狗子波に鴨図襖》は格別だ。ほの明るく照らし出された襖の子犬が見せるはかなげな表情は長い間場を和ませ続けてきたことだろう(注:9月10日から「波に鴨図」の面に展示替え)。ピカソの《花の冠をつけた裸婦》には簡素な椅子と絨毯(じゅうたん)を、ザオ・ウーキーの《無題》には洒落(しゃれ)た間接照明をという風に、作品とそれに合うインテリアを併せて展示しているエリアも、ショールームのような楽しみ方ができて飽きることが無い。

 

円山応挙《竹に狗子波に鴨図襖》江戸時代 18世紀
円山応挙《竹に狗子波に鴨図襖》(江戸時代 18世紀)

 

 作品が置かれる場所を重点的に取り上げた6階から5階へ下る。するとそこからは軽妙な語り口による解説文、QRコードから館内でのみ見ることができる数多くの資料と無料で聞ける音声ガイドをお供に、作品の保有者に注目して鑑賞を行うことになる。古賀春江のどことなく不気味な《素朴な月夜》が川端康成の家に飾られていたり、《臥裸婦》で西洋風の女性を描いた岡田三郎助がビゴーの《日本の女》を所蔵していたりと、普段意識することが少ない分、作品と保有者のつながりはそれ自体が意外性に富んでいる。展示方法はここから一般の展覧会同様のものとなるが、なぜその人が作品を保有しており、どのように作品を眺めていたのかということに思いをはせれば、自然に作品と鑑賞者の間に空間が立ち上がってくることだろう。6階フロアでは20作品程度が展示されていたが、このフロアではその3倍以上の作品が置かれ、時代やジャンルもさまざまである。「空間と作品」展の本旨からいったん離れて、自分好みの作品を探してみるのも良いだろうし、それが許されるのも本展の魅力の一つといえる。

 

ジョルジュ・ビゴー《日本の女》 (制作年不明)
ジョルジュ・ビゴー《日本の女》(制作年不明)

 

 4階へ下る。6階と5階で既にかなりの満足感を得る事ができる本展だが、4階も60点程の作品が展示されている。既に所有者と場所の観点で絵画を鑑賞した鑑賞者は、最後に作品と自分たちの居る空間を区切る額縁に着目することになる。時代や地域、芸術家の嗜好(しこう)によって形状や装飾が異なる額縁は、いざ注目してみると奥深い。豊富な解説資料を基に額縁の見方を学んでいくと、《麗子像》や《海の幸》といった有名作品においても芸術家が額縁に込めたこだわりを感じ取ることができる。作品の四隅を保護するだけの額縁や、曲面を描く額縁。さまざまな額縁を目にする中で、本展では鑑賞者なりにどのような額縁を作品に与えるかといった問いも投げかけられる。出口付近には美術館が額縁を割り当てた作品が一斉に姿を現す。作品に合う額縁を考えるのは芸術家だけの仕事ではない。作品の性格を理解し、作品が置かれる場所を想像すること。額縁を考える上で必要となるのは、変わらず作品との間に空間を立ち上げることである。家具類が用意されていた6階から通常通りの展示方法を取る4階への下降を経て、鑑賞者はいかなる作品に対しても本展で提示されたアプローチを取れるようになるだろう。丁寧に見進めていけば4時間はかかる程に充実した内容を誇る本展は、学生入場無料(高校生以上要予約)だというのだから驚くほかない。

 

 美術館にはカフェが併設されているほか、東京駅近辺ということもあって鑑賞後の散歩が心地良い。秋の最中にある現在、「空間と作品」展に赴いて新鮮な鑑賞経験を積んだ後、都会の街並みをそぞろ歩きするのも一興だろう。【竹】

 

(画像の作品は全て石橋財団アーティゾン美術館蔵)

 

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