文化

2024年10月1日

【火ようミュージアム】自然を感じる ―内藤礼 生まれておいで 生きておいで―

2020930火ようミュージアム

 

 本郷キャンパスのほど近く、上野恩賜公園の中にある東京国立博物館で、特別展「内藤礼 生まれておいで 生きておいで」が開催されていた。

 

 内藤礼は現在東京を拠点に活動する美術家で、「地上に存在することは、それ自体、祝福であるのか」をテーマに作品を制作している。本特別展では、東京国立博物館の収蔵品や建築空間と内藤礼との出会いから生まれた作品がみられる。銀座メゾンエルメスのフォーラムでも同名の展覧会が開催されているが、この記事は東京国立博物館に絞りたい。平成館の企画展示室、本館の特別5室、本館1階のラウンジの3会場を順に紹介する。

 

 第1会場である平成館企画展示室に足を踏み入れると、まず、天井からつり下がった色とりどりのポンポンが目に飛び込んでくる。毛糸でできたポンポンは、頭上の高さにあるものもあれば、腰より少し上くらいの高さのものもある。濃い灰色の内装と相まってどこか非日常を感じさせる。第1会場の真ん中には二つ並んでつり下がった白く半透明な風船があり、動きの少ない毛糸のポンポンとは対照的に、人が近くを通ると揺れる。

 

 展示ケースの中には、白い台の上に作品が点々と並んでいる。その中の一つが《死者のための枕》だ。シルクオーガンジーと糸でできたこの作品は、白く、中がかすかに見える。横から見るといわゆる枕よりもふっくらしている。空気をふんわりと包んでいて、硬いような、柔らかいような、そんな印象を感じさせる。

 

 展示ケースの少し離れたところに、展示ケースと平行に木のベンチがあり、鑑賞者が座ることができる。実はこのベンチも作品だ。鑑賞者はベンチに座りながら、展示ケースの中の作品を少し離れたところから、横からじっくりと眺めることができる。展示ケースの近くで見た時とはまた違った発見がある。それだけでなく、ベンチに座り会場全体を眺めると、隣り合った作品と作品の間の空間的な広がりを感じられる。一直線になっている会場の端にはガラス窓が設置され、会場の内外の様子が反射している。濃い灰色の内装と相まって、映る会場はモノトーンで、何とも言えない不思議さがある。

 

 第2会場である本館特別5室に移動する。第1会場とは打って変わって、明るく、開放的な空間が広がっている。会場は吹き抜けになっていて、左右上方の窓から柔らかな日の光が降り注いでいる。壁は明るいベージュ色で、床はタイル張りになっている。上からは小さなガラス玉がたくさんつり下がっていて、窓から差し込む日の光を受けてほんのりと光ったり、きらきらしたりしている様子が美しい。ガラスビーズ全体が《母型》という作品である。会場の床の上には展示ケースが点々と置いてあり、その中や上に作品がある。鑑賞者は思い思いの順番で作品を見ていく。ケースの上や横には、長方形のアクリル絵具の作品や木、ビンなどが置かれている。一方ケースの中には土製品や動物の骨といった縄文時代の遺跡の出土品が置かれている。現代の作品と縄文時代の作品が展示ケースとその周辺に一つの空間を作り出していることによって、今も昔も人間が創造力を持っているという事実を認識させられる。左右の壁には、キャンバスとアクリル絵具の作品が十数枚ずつ展示されている。ふんわりとした、しかし近づくと力強いようなこの作品は、木々や空、光を表しているようで、後ろの壁との調和もあり、自然を感じさせる。

 

 第2会場には《座》という作品があり、ここでも鑑賞者は座って会場全体を眺めることができる。座って作品を遠くから眺められるだけではなく、会場の中を眺めることもできる。窓から差し込む光が弱まると、室内にいても外では日が隠れているのだと分かり、外の世界を感じることができる。この空間の照明は窓から差し込む日の光だけなのだ。《座》に座りながら、鑑賞者たちは思い思いの時間を過ごすことができる。慌ただしい日常を忘れ、静かなひとときを過ごすことができるのだ。

 

 第3会場である本館1階ラウンジは、総合文化展の会場を進んだ先にある、他の二つの会場と比べて小さな空間だ。ラウンジの中央の《座》という作品は、第2会場の《座》と素材は同じであるが、より小さく、正方形に近い形をしていて、その上には《母型》が展示してある。ガラス瓶と水でできたこの作品は、後方の窓から差し込む光を受け、光を閉じ込めているようだ。窓と向かい合った壁に沿って設置されたソファに腰掛けながら、タイルで模様が作られている壁を見ると、他のタイルとは異なる光の反射をしているものがある。近づいてみると、それは小さな丸い鏡だった。この鏡は第3会場の中に四つ設置されている《世界に秘密を送り返す》という作品だ。小さな鏡をのぞき込んで自分、そして自分の後ろに広がる空間を見ると、何か不思議な感覚に襲われる。このように、展示ケースの中に入っていない作品が数多く展示されていることも本特別展の特徴だ。このような作品は第1会場、第2会場にも複数存在する。ぜひ探してみてほしい。小さな鏡からそっと離れて再びソファに腰を掛け、会場全体を眺め、ゆったりとした時の流れを感じてから会場を後にした。【桃】

タグから記事を検索


東京大学新聞社からのお知らせ


recruit

   
           
                             
TOPに戻る