今年は東大が授業料値上げを決定し、国立大学協会(国大協)が国立大学の財務状況の悪化について「もう限界です」と声明を出すなど、東大や他の国立大学の財務・経営への注目が高まった。菅野暁理事は昨年、東大初のCFO(最高財務責任者)に就任した。今年1年の歩みを東大の変化に注目して振り返るこの企画。第3回では、東大の財務・経営の現状とビジョンを菅野理事に聞いた。(取材・平井蒼冴)
【生まれ変わる東大─2024年をニュースで振り返る】第1回と第2回は以下のリンクからお読みいただけます。
【生まれ変わる東大─2024年をニュースで振り返る②】駒場19号館? D&I棟? 赤門? 東大のキャンパスはどう変わるのか?
──東大で初めてのCFOに就任しました。自身の役割をどのように捉えていますか
昨年の5月ごろにCFO就任の打診を受けました。国立大学は補助金で運営されているイメージが強く、なぜCFOが必要なのか疑問に思いました。ところが、藤井輝夫総長の説明を聞く中で、国立大学が置かれている状況が分かってきました。20年前の国立大学法人化以来、基盤的経費として活用できる運営費交付金は下げ止まったとはいえ減っていて、大学が自ら必要と考える事業を推進するためには外部から資金を調達する必要があるというのです。UTokyoCompassにあるような、寄付金の運用益で事業を展開するエンダウメント型への移行に向け、新たな財務経営体制を構築しなければならず、金融のキャリアを積んだ人材が必要とのことでした。このビジョンを実現していくことが私の役割と思っています。
──昨年までの財務担当理事とCFOは何が違うのでしょうか
財務担当理事は国からの予算を部局にどう分配するか、足りない資金をどのように調達するかなど、昨年度まで財務に関するあらゆる事項を管轄していました。今年からは財務の専門知識を持ったCFOが、教員出身者が務める予算配分担当理事と相談しつつ、予算の全体的な設計や資金の調達方法を考えます。アカデミアが引き続き予算配分を担う一方、資金調達などは専門家がサポートする構造です。
──海外大学を視察したと聞きました。財務・経営の在り方についてどのような学びがありましたか
日本の国家予算の状況や上記のような前提を踏まえると、国からの支援が手厚い独仏の大学ではなく、エンダウメント型の経営を行っている米英の大学の視察が必要と考え、昨年と今年で両国の計7大学を訪問しました。日本の大学は、教授会自治の延長で経営も教員が担ってきたと思いますが、教学以外で大学を支えるプラットフォーム部分は、必ずしもアカデミアが担わなくてもよいのではと思っています。米国の大規模研究大学は、財務、IT、人事、資産・不動産運用など、民間のプロフェッショナルが活躍できる領域は民間出身人材に任せると割り切って、役割分担を明確にしています。東大の収入の3割ほどが国からの運営費交付金であることを考えると、東大の経営は独仏のような補助金型と米英のエンダウメント型とのハイブリッドと言えるでしょう。今後教育研究活動をさらに拡大するときに、後者によって自立財源を得ていくことが必要であると考えています。
──資産運用会社で社長を務めた経歴も持っていますが、資産運用会社と東大のような国立大の経営や資産運用の手法に違いはありますか
資産運用については、昨年4月からCIO(最高投資責任者)に福島毅執行役というプロフェッショナルが就任していたので、私が就任した時点ではすでに大きな違いはありませんでした。一方、経営では大きな違いが二つありました。まず大学の経営は単年度主義だということです。民間企業であれば収入を増やし経費を抑えることで生まれた利益を中長期的な投資に回しますが、大学の場合、毎年の決められた予算をきちんと使っていくという考えが教職員の発想の根幹にあります。今年赤字になっても、将来的にプラスになると思えば投資するというのも企業では当たり前ですが、大学ではまだ難しいのが実情で、中長期の経営計画もこれまで存在していませんでした。二つ目はトップダウンの構造をとる民間企業と比べ、部局ごとの力が強くボトムアップであることです。学問はボトムアップが適切なので、悪いことではないですが、経営面では部局中心主義が行き過ぎると非効率です。例えば、各部局にそれぞれ同じことをする部署があるときに、DX(デジタルトランスフォーメーション)で3人分の仕事を2.5人分にしても、人は減らせません。しかし部局間で同一の業務を本部に統合し、DXで100人分の仕事を70人分の仕事にすれば、30人をこれから伸ばしたい事業に回せ、新たに人を雇うコストを抑えられるはずです。
──東大は現在、安定的な財源の多様化を目指していますが、授業料の値上げだけでは限界があります。他にどのような種類の財源を増やしていくべきでしょうか
まずは寄付金です。米国大学は寄付金の残高を数兆円持っていて、毎年数千億円の運用益を出しています。東大は運用に回せる寄付金の残高が500億円ほどしかないので、これを10年間で5000億円まで持っていきたいです。外部研究費の獲得は東大の強みでもありますが、これについてもさらに伸ばしていきたいと考えています。加えて不動産の活用も検討しています。例えば高層の建物を構内に建て、大学施設の他に共同研究相手の企業等に貸し出して賃料を得るような仕組みが考えられます。
──1回目の大学債発行の際に東大は年間10億円分の大学債償還用の資金を用意していましたが、今はどれほど用意できているのでしょうか
大学債償還に充てられる資金は、基金の運用益や民間企業などとの共同研究費の間接経費などを含む大学全体の余裕資金に限定されています。第3回の大学債発行に向け、毎年30億円ほどの償還資金を用意できるという前提で準備しています。
──現在、大学債で得た資金は具体的に何に使っているのでしょうか
第1回、第2回の合計で300億円調達していますが、その内85億円をハイパーカミオカンデ(次世代の宇宙素粒子観測装置)の建設に、ポストコロナ社会に適合するための施設整備に合計100億円程度を投じました。チリにある東大アタカマ天文台の建設や、柏キャンパスや留学生用宿舎がある駒場IIIキャンパスの土地取得、本郷キャンパスに設置予定のD&I棟の建設にも活用しています。大学債を発行することで、まとまった金額が貯まるまで投資を待つことなく、教育研究環境改善のための機動的な支出に対応できています。
──東大がエンダウメント型に舵を切った理由は、国からの補助金が減っていく中でそうせざるを得ないからなのでしょうか
授業料値上げの議論の中で、東大は授業料を上げるのではなく、国に大学の授業料無償化を訴えていくべきだという意見がありました。それも一つの考えですが、国による授業料無償化の原資は国民の税金です。他の支出を減らしてまで授業料無償化に向かうのか、国民がそれを支持するのか。議論は必要でしょうが、大学の経営を担う立場からは、見通しの利かない収入に依拠するわけにはいきません。世界の大学が教育研究への投資を増やす中で、東大が引き続き世界の公共を担う役割を果たすには、やはり一定の成長が不可欠と考えます。国からの支援増が具体的には見込めない中で、引き続き東大が担う役割を果たすための手段として、藤井総長が志向したのがエンダウメント型に舵を切るということでした。私も東大が進むべき方向はこちらだと思います。
──藤井総長は度々国に対し運営費交付金の増額を働きかけていくと表明しています。運営費交付金の増額についてどう考えていますか
総長はもちろん運営費交付金の増額を働きかけ続けるべきですし、国としても増額すべきですが、増額が実現するという前提で私が何もしないわけにはいかないのです。今年6月の国立大学法人協会(国大協)の「もう限界です」という声明は、東大の授業料値上げの検討を公表した後に発表されたということもあって非常に印象的でした。国大協の永田恭介会長(筑波大学長)は、地方国立大学などは本当に厳しい状況で、それがあの発表につながったと言っていました。自前で収入を伸ばす力があると考えCFOを設置する国立大学が東大以外にもある一方、運営費交付金が増えなければ縮小均衡するしかないという国立大学もあり、財務面だけで言えば二極化しています。国立大学全体を考えれば東大としても補助金の増額を引き続き国に求めるべきですが、東大としてはそれだけでは足りないと考えています。
──大学ファンドによる支援を受けられる国際卓越研究大学制度(卓越大)についてどのように考えていますか
研究力を強化するために真剣に取り組んで、採択を目指すべきです。米国大学との一番の差は資金です。資金がなければ施設も教職員の処遇も良くはなりません。この差はなんとか埋めなければならず、卓越大による資金を導入するべきです。政府から干渉される可能性に危機感を持つ人が多いのは理解できますが、運営方針会議の制度設計などを通じ、大学として制御可能と考えます。第1回の公募で東大は落選しました。東大が自身の強みを全て並べてアピールした結果、自力で改革できるというように判定され、落選したのだと思います。採択された東北大学は、自らの弱みを分析し、それを強くするための改革案をプレゼンしていました。東大は国内でトップでも、世界的に見たら弱点もあります。弱点を改善するために卓越大の資金を投入するという姿勢で2回目の公募に臨むべきです。