今年9月、東大が約20年ぶりとなる授業料改定を発表し全国的な注目を集めた。しかし変わったのは授業料だけではない。19号館の建設や1号館の改修工事、赤門の耐震工事計画など、3年後に迫る設立150周年に向けてキャンパスも生まれ変わろうとしている。ソフト面でも運営方針会議が新設されるなど、東大の経営が変わる1年だった。東大は2024年を踏み台に、どこへ向かっていくのだろうか。1年の歩みを東大の変化に注目して3回に分けて振り返る。(取材・岡拓杜、渡邊詩恵奈、劉佳祺、溝口慶、平井蒼冴)
生まれ変わる運営システム UTokyo Compassの具体化進む1年
藤井輝夫総長の就任から3年目となる今年は、総長としての6年間の任期の折り返し地点にあたる。「現代的で地球的な諸課題を前に大学の可能性を問いなおし、これまでの在り方を設計し直すことをも厭いとわない」と宣言し、基本方針となるUTokyo Compassを作成したのは2021年9月のことだった。今年は同方針で示された理念・構想を具体化した機関の設立が続々と明らかになった他、5月末にはUTokyo Compass2.0と題した改訂版も発表された。まさに東大の在り方が生まれ変わる1年。今年のニュースを体制の視点から振り返る。(執筆・岡拓杜)
今年2月に東大は学士課程4年・修士課程1年からなる5年制新課程College of Designを2027年秋に開設すると明らかにした。昨年の10月には同構想を初めて学外に発表し、設置検討委員会を立ち上げての本格的な議論を進めてきた。UTokyo Compassに掲げた「新しい大学モデルの構築」に向けた主要な施策の一つで、グローバル入試、秋入学、英語授業を通じて、社会変革を推進する人材育成を目指す。1学年100名程度と小規模だが、他学部の学生も新課程の授業を受講できる他、教員の一部が既存学部と兼任することで、教育・研究面での改革の全学への波及を推進する。
College of Designを軸とした改革構想は、3月に国際卓越研究大学(卓越大)の第2回公募に関する報告書が公表された際にも鍵になるとされた。卓越大とは研究論文の質・量ともに低調な日本の大学の現状を憂慮し、文科省が2022年に公募を開始した新制度だ。卓越大に選ばれた大学には科学技術振興機構(JST)が設置する10兆円規模の基金による支援が行われる。同報告書は初回公募で落選した後に設置した「国際卓越研究大学対応タスクフォース」が作成したもので、次回公募への申請を適当と結論付けた。
一方、卓越大認定により大学の自律的な組織運営が損なわれると危惧する声もある。文科大臣による卓越大の認定に、政府の「総合科学技術・イノベーション会議」の意見を聞くことが必要とされる。また卓越大に選ばれた際に各大学が作成する「国際卓越研究大学研究等体制強化計画」の認可の際には、文科大臣が総理大臣や財務大臣との間で協議を行うよう定められていることから、政府が大学の運営に介入できるようになるのではないかという懸念だ。加えて、卓越大は経営方針の決定権などを持つ合議体を置き、うち半数以上を目安に学外委員を登用する必要があるため、大学の自治への影響を不安視する教員もいる。
報告書ではUTokyo Compass推進の手段として卓越大の構想を策定する従来の方針を維持するのが望ましいとされている。昨年12月に国立大学法人法改正で東大に運営方針会議(中期計画などの決議、大学運営の監督を担う)の設置が義務付けられ、申請とは無関係に卓越大と同等の合議体設置が決まった。また今年3月に明らかになった卓越大のガバナンス体制の方向性を受け、東大は「合議体に学長の選考・解任の権限を持たせるような制約」は課されないとの判断を下した。これらが方針維持の理由として挙げられた。
多様性の確保に向けた取り組みも進んだ。2月には30% Club Japan大学グループに加入している大学の一つとして、コミットメントを発表した。その中で藤井総長は、東大の学生や教員、学部長・研究科長などの上位職に占める女性の割合が低いことに対する課題意識を示した。4月には多様性包摂共創センター(IncluDE)を本郷キャンパスに新設。既存のバリアフリー支援室と男女共同参画室を統合し、関連分野の研究機能を強化することで、DEI活動の包括的展開を図る。
こうした施策は横断的な学部教育や多様性を訴えるUTokyo Compassに基づく。今年5月の増補ではグローバルな課題や現代的問題を解決するための学知・方法知の中心に「デザイン」を位置付けた。これは課題と向き合い有用な見方を探して、関係者との対話に基づき解決を目指すことだと説明する。
一方で、運営方針会議の設置は東大の自発的な取り組みとは一線を画すものだった。昨年12月の法改正で、東大を含む事業規模が大きい「特定国立大学法人」に設置が義務付けられ(図)、東大は今年9月末に関連する規則を制定した。合議体は学内委員と学外委員が同数の計14人で構成され、学内からは総長、理事3人(うち教学に関する資源配分・財務担当から各1人)と教育研究評議会が推薦した3人の教職員が入る。その他、学外委員には東大の卒業生で代表的な活動を行っている人を充て、女性比率が約5割にするとしている。東大は構成員をまだ公表していない。
学生に身近なシステムも変わった。2014年から運用が始まったITC-LMSが終了し、3月からUTokyo-LMS(UTOL)が開始された。1月にはITC-LMSが約38時間停止する事態も生じた。東大情報基盤センターは1月に東京大学新聞社の取材でクラウドサービスの故障が原因だと答えた。UTOLでは一つのデータセンター全体が機能停止になったとしても耐えられる設計に変わるため、同様の障害の可能性は低下するという。
生まれ変わる財務経営 東大財政は今
東大は今年9月、来年度からの授業料値上げを正式決定した。東大の法人化から授業料値上げまで、東大の財政面での変化と、東大の今年の産学連携についてまとめた。(執筆・平井蒼冴)
東大は国立大学の一つとして文部科学省(文科省)の直轄下にあったが、2004年の国立大学法人化を機に自律的な経営が求められるようになった。法人化以前の予算は文科省が部局や項目ごとに計算して定めており、大学の裁量で組織を超えた予算配分ができないなど制約が多かった。一方、法人化後に交付されるようになった運営費交付金などの使途は各大学が自由に決められる。運営費交付金は文科省の予算から大学での教育・研究の安定的な実施を目的に配分されてきたもので、これら国からの補助金は現在東大の収入の3割弱を占める。東大の予算総額は法人化後、緩やかな減少傾向にあったが、15年以来下げ止まっている。この状況の中、今年9月東大は光熱費などの諸費用の高騰、人件費の増大などを理由に、20年にわたって据え置かれていた授業料値上げを決定した。
東大は、交付金が増えない現状に授業料値上げだけでは対応できないと説明している。公的経費に依存した補助金型の旧来システムを見直し、寄付金を元に基金を運用し、運用益を独自財源とするエンダウメント型経営を目指している。昨年4月にはCIO(最高投資責任者)に資産運用会社ブラックロック・ジャパン元CIOの福島毅氏が、昨年8月には、CFO(最高財務責任者)に資産運用会社アセットマネジメントOne元社長の菅野暁氏が就任した。今年改訂があったUTokyo Compass2.0ではCFOオフィスの設置を明記し、中長期財務経営見通しの策定と継続的な改訂、キャッシュフローマネジメントなどを担わせるとした。今年は文学部や農学部にも基金が新設された。
東大は長年産学協創(産業界で活躍している人材とのネットワーク強化や次世代人材育成を通じて、産学の相乗効果を積極的に引き出し、新たな社会的価値を創造する、産学連携を一歩進めた段階)を推し進め、研究費獲得を目指している。今年も、複数の企業などと連携を結んだ。また、他企業や団体と連携しスタートアップの支援を目指す動きもあった。
4月、東大はNTT東日本と地域循環型社会実現に向けた産学協創協定を締結した。自律・分散型地域を支える社会起業家や次世代デジタルネットワークの創出を進めるという。7月にも、モデルナおよびモデルナ・ジャパンと産学協創協定を結び、メッセンジャーRNA(mRNA)技術による医薬・ワクチンの可能性を拡大することで社会課題の解決を目指すとしている。
5月には大和証券グループ本社とパートナーシップ協定を結んだ。金融・資本市場に関わる教育・研究で協働し、社会と経済の発展、より良い未来社会の実現を目指すという。同月、東大とJR東日本の共創プロジェクトにマルハニチロも参加することが明らかになった。東大とJR東日本は100年間の産学協創協定を昨年結んでいた。マルハニチロはこれに加わり、人・地球に優しく持続的な食「プラネタリーヘルスダイエット」の創出や供給に取り組むとしている。
今年6月の発表では、昨年度の東大関連ベンチャーの累計創出数は577社になったと明らかにされた。東大は社会課題解決のためのスタートアップ育成にも取り組む。東大は、5月に他大学や企業とともに「WE AT(ウィーアット)」を設立。WE ATはスタートアップなどへの産学ネットワークを通じた幅広い支援や、起業家の育成などに取り組むとしている。