PROFESSOR

2020年5月4日

「積極的探究で独自の経験を」京大から東大へ、植物学者・川北篤教授インタビュー

 植物の多様性や他の生物との共生関係などを研究する川北篤教授(東大理学系研究科附属植物園)が東大に着任したのは2018年。それ以前は、学部時代から教員になるまで京都大学(以下、京大)で過ごしたという。京大と東大の性格の違いや学生時代の過ごし方などについて、新入生へのメッセージを踏まえて熱く語ってもらった。

*取材はオンラインで行われました。

取材・村松光太朗

 

川北 篤(かわきた・あつし)教授
(東京大学理学系研究科附属植物園)
07年京都大学大学院博士課程修了。博士(人間・環境学)。同大助教、准教授を経て18年より現職。

 

植物に目覚め、旅行に明け暮れる日々

 

━━大学入学以前から、植物に夢中な「植物少年」だったのでしょうか

 

 いいえ、中学・高校時代は日々サッカーに明け暮れていました。理科だと、生物実験の楽しさから「物理よりは生物かな」と思うぐらいで。進学に際してはフィールドワークを交えた野外の生物学(いわゆる生態学)に面白みを感じ、その分野に強いのは京大だという程度の認識は持っていました。

 

 しかし根本にあったのは「人と違うことをしたい」というひねくれた精神です。東京の進学校に通っていて、同級生には東大志望が多く、しかも物理選択が主流でした。それなら自分は「京大」の「生物」で行こう、と。特にこれをやりたいという明確な意志はまだありませんでした。

 

━━では、植物に目覚めたきっかけは何ですか

 

 京大入学後の初学期にあった生態学の屋外授業が転機でした。後に私の指導教員となる加藤真先生(現・京大教授)が、京都盆地を囲む山に日帰りで引率してくれたのです。先生は博識で、山に着くなりそこらに生える植物の名前を片っ端から列挙し、どんな昆虫と共生関係を築いているかなど、その魅力を1日歩きながらゆっくり教えてくれました。「身近にさえ、こんなにも面白い世界があるんだ!」と引き込まれ、漠然と抱いていた生態学への興味、植物への好奇心が強く刺激されました。

 

━━それからの学生生活はどうなりましたか

 

 植物漬けです。自転車で京都周辺の山々を巡り、知らない植物を片っ端から集めて図鑑と見比べるのが毎週末の習慣になりました。入ったばかりのサッカーサークルは辞め、ラーメン屋のアルバイト代はすべて植物を求める旅に費やすことに。

 

 テントと寝袋を担げば、青春18きっぷで日本全国どこにでも行けるし、どこでも生きていける気がしました。北海道の高山植物や長野の花畑など、今でも鮮明に覚えています。「研究」を意識したわけでは全くなく、教科書の勉強では知り得ないような美しい景色を見に行きたいという純粋な気持ちでした。

 

━━旅行は1人でしたか

 

 友達が多くなかったので(笑)。一度、兄が下宿に来た時、私がたくさんの植物を新聞紙に挟み標本にしている様子を見て「あいつ暗いよ、大丈夫?」と母親に報告したとか。それでも周りの目は気にする意識はほとんどありませんでしたね。

 

長野・白馬岳の花畑(写真は川北教授より提供、学生時代に撮影)

 

 

好奇心は今も変わらず

 

━━研究者になることを意識したのはいつ頃ですか

 

 2年生の冬、加藤先生にツチトリモチという寄生植物を見に行きたいと相談したところ「花粉を運ぶ虫が分かっていない植物だから、論文になるよ」と勧められ、鹿児島や沖縄に調査に行きました。やはりテントと寝袋で山の中にこもり、花に来る虫をずっと観察。翌年度、花序に産卵するメイガというガが花粉を運んでいることを突き止め、論文を書きました。

 

 確かにこの頃から「研究」はしていました。しかしどこかのタイミングで研究者を志すようになったわけではなく、気が付いたらこうなっていたという感覚です。今でこそ教員になってやることは増えましたが、まだまだ知らない植物を見たい、調べに行きたいという学生の時の気持ちのままです。

 

珍しい植物を見つけて喜ぶ修士課程所属時の川北教授(写真は川北教授より提供)

 

━━植物の多様性研究の魅力を教えてください

 

 多様性の果てしなさに夢を感じます。どれだけでも見るに値しますし、自分の知っていること、今見えているものも世界で起こっている現象のほんの一部にすぎないのです。

 

 例えば奄美大島に生息するカンコノキという植物は、ハナホソガというガと共生関係を結んでいます()。ハナホソガのメスはカンコノキの雌花に卵を産みに来ますが、その途上で雄花の花粉を集めて雌花に受粉させる行動を取ります。そうしてカンコノキの受粉を手伝う代わりとして、雌花が熟す頃に中でふ化するハナホソガの幼虫は種子を決まった数だけ食べて成長します。残りの種子は放置されるので、そのままカンコノキの子孫となります。

 

 進化の過程で培われたこのような興味深い共生関係が、比較的ありふれた植物であるカンコノキにさえ見つかるのです。そうなると次に、世界中の近縁種ではどうなのか、と探索の枠が広がっていきます。

 

)カンコノキとハナホソガの共生関係
 ハナホソガは口吻を使ってカンコノキの雄花で花粉を集め(A)雌花を受粉させ(B)卵を産み落とす(C)。産卵するメスは口吻に大量の花粉を持っている(D・矢印)。できあがった果実(E)には6個の種子ができるが、その一部はハナホソガの幼虫に消費される(F・矢印)。(図は川北教授より提供)

 

━━生物に共通のDNAなど、普遍性を追究する生物研究とは毛色が異なりますね

 

 確かにそうですが、実験室で行われるような分子生物学と距離を置くつもりはありません。どちらも大事だと思いますし、普遍性に対して美しさを覚えるという感覚は私にもあります。ただ自分でそのような研究をしていないだけです。

 

 あえて対比的に多様性研究の効用を挙げるとすれば、それは新規の知見を広げることにあると言えるでしょう。普遍性研究は既にある現象の山に新たな知見を積み上げて集約していく営みである一方、多様性研究は山の裾野を広げるようなものです。既に知られている現象だけからは想像もつかないような世界観を提供してくれるのが多様性研究の醍醐味と言えます。

 

 

京大と東大の違いは? 優れた環境は利用するもの

 

━━その後長年過ごした京大を離れ、東大に移られました。異動時はどのような心境でしたか

 

 学部時代から教員になるまでずっと京大にいたので、やはり京大に育ててもらったという意識はありますし、離れる時は寂しかったです。しかし東大が持つ植物園には、日本の植物学をけん引してきた歴史と伝統があります。そんな素晴らしい環境に行けるという高揚感も大きかったです。

 

 東大に着任してからは、京大の植物学との違いに驚きました。植物と他の動植物や環境との関係性の研究が盛んな京大に対し、東大では一つの植物の葉や茎などの形態に着目した研究が主流でした。同じ国でも、大学が違うだけでこんなに性格が違うんだな、と刺激を受けましたね。

 

━━教育環境や学生についてはどう感じましたか

 

 京大は放任主義の風潮が強いです。何人かの先生が「こんな授業は受けなくて良いので遊びに行きなさい」というぐらいでした。それはそれで、私の植物への渇望を後押しするような良い環境だったと思います。自分が京大で過ごした学生時代と比べると、東大生は専門課程から実習がみっちり入ったりと、大分忙しそうに感じます。ただ、東大の教育は基礎がしっかりしていて大変手厚く、生物学科の学生は私より生物学をよく知っていると思います。単純な良しあしでは比較できません。

 

━━最後に、新入生へアドバイスをお願いします

 

 優れた教育はすぐそこにあります。しかし、ただ受け身になって他者に委ねるというのでなく、自分の中に独自性を培うことを大切にしてください。たとえ世界トップレベルの研究室に行ったとしても、そこで培われている考え方を無造作に受け入れるだけでは、他の研究者と似たようなことしかできません。あくまでも自分の足で立ち、良い教育と優れた研究環境を自らの成長のために利用するくらいの気持ちでいてください。このことは研究に限らずあらゆる道に通じると思います。

 

 独自性を培うためには、自分の足で動き、五感で生のものを感じ取る経験を積むことが大切です。インターネットの情報で満足しているうちは、誰かが知っていることを取り込むだけで、やはりその経験も誰かの経験の部分集合にしかなりません。自分だけが見た景色、自分だけが得た感動などがあれば、それが自信となり、個性になるのだと思います。1人の時間は大切です。誰かが計画したものに付いていくだけでなく、自分でも計画してみてください。私自身も大学に入ってから植物に目覚めました。何か一つ、自分の面白いと思うものを見つけ、突き詰めてみてください。


この記事は2020年4月21日号から転載したものです。本紙では他にもオリジナルの記事を掲載しています。

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