大学に入れば誰にもバラ色の学生生活が待っているとは限らない。思い描いていた学生生活とは違っていたり、やりたい学問ができなかったりといったことは少なくないだろう。そうした現実の中、仮面浪人(大学に在籍しつつ他大を目指し受験勉強する)という選択肢を取る人がいる。実際に仮面浪人を経て他大から東大に、もしくは東大から他大に進学した3人と、東大を目指す浪人生が多く在籍する河合塾本郷校の青木緑校舎長に話を聞いた。(取材・長廣美乃)
Aさんは九州大学法学部から文Ⅲへ進学。1浪して受けた東大に再び不合格となり、後期日程で九州大に入学したが、劣等感や自己嫌悪感を拭えずにいた。1年の夏にシンガポール国立大学の学生との交流で刺激を受け「もっとレベルの高い人々に囲まれた環境で学びたい」と思った。九州大は取得単位が少なくても進級できると知り、最後の挑戦を決意することにした。
受験勉強開始が10月と遅れたため、12月中旬まで基礎固め、その後センター試験対策、2次試験対策をした。勉強の合間に家事をしたり授業に出たりした。授業は週5コマのみ出席。単位取得を諦め、東大が不合格なら次年度に再履修を考えていた必修授業もあった。友人と話す時間はなく、所属していた環境系のサークルも10月の学園祭への参加が最後で、アルバイトは10月末で辞めた。
一人暮らしで家族には仮面浪人すると伝えておらず、合格を伝えると驚きつつ喜んでくれた。「身勝手な行動を許してくれて感謝しています」とAさん。大学の友人にも伝えなかったが、高校の同級生1人だけには打ち明けた。
つらかったのは、2次試験対策の最中に大学の定期試験やレポート提出があったことと、「仮面浪人」とインターネット検索した際に否定的な記事ばかりがあったこと。1月以降は風邪予防で自宅に引きこもる日が続き「それまでの人生で最も孤独感にさいなまれた半年」だったという。
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長谷川明紀さんは早稲田大学法学部から文Ⅲへ進学し、今は文学部の4年生。東大不合格が分かってすぐ仮面浪人を決意した。中1から東大専門塾に通っていたため東大以外の大学への進学が親にも申し訳なく、自分を変えようと最も大変だと考える道を選んだ。親にも仮面浪人は伝えた。
仮面浪人中は教科ごとに時間を決めて勉強。4月以降基礎的な参考書を用いて不正解の問題を洗い出し、夏からは現役時代の塾のテキストや過去問を用いた。11月からセンター試験対策に取り掛かり、センター試験後はそれまでの復習。東大型模試は全て受けた。大学図書館にこもり勉強したが、合間に必修の授業に出席し好成績を修めた。
クラスの人に仮面浪人を隠すことには苦労した。「仮面浪人」=「自分の選んだ大学を蹴ろうとしている」であり、気分の良いものではないと思っていた。
仮面浪人を経験して良かったことは、全力を尽くせば自分でも難しいことに粘り強く取り組めると思えるようになったこと。多くの人に支えられていると再確認できたこと。それから、東大を選ぶ理由を見つけられたこと。ずばぬけて博識な人や、賢い人がいるのは東大だと思ったという。
「やはり一番に感謝すべきは両親だと思います」と長谷川さん。私立大学での仮面浪人は金銭面の負担も大きい。自分の選択を理解し応援してくれた両親と、当時の自分の努力に恥じないよう頑張るというのは、大学生活を通して長谷川さんの軸になっている。
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東大から他大に進学するために仮面浪人した人もいる。斉藤瑠音さんは文Ⅱから東京医科歯科大学医学部に進学した。高3の終わりごろ医者になりたいと思い始めたが、文系だったためいったんは文Ⅱに入学した。通い続けるつもりはなかったが、親から「半年通ってみてそれでも医者になりたいなら再受験しても良いのでは」と言われ、1年のSセメスターは全て出席。その後は一度も出席せず、1年修了時に留年手続きを行い、結果的に「仮面浪人」という形になった。
仮面浪人1年目は家や図書館で勉強したが失敗。2年目は医学部受験に定評のある予備校に通学することにした。1年目は未修だった数Ⅲや化学、生物を教科書と初歩的な問題集で勉強し、予備校に通い始めてからは化学などは予備校の授業中心で、英語は自分のペースで勉強を進めた。
「親をはじめ多くの人にお世話になったことはきちんと覚えていたい」と斉藤さん。「大人として、医者として、自分も人を支えていきたいという思いが強くなった浪人生活でした」
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サークルやアルバイト、友人関係など、犠牲にすることもある。回り道のようだが、その経験は彼らの糧となっているようだ。青春時代の1、2年をどう過ごすかは人それぞれだが、環境の許す限り、夢や自信のために妥協を捨ててみるのも良いかもしれない。
自分の適性見つめて後悔ない大学選びを
仮面浪人の利点は、第1志望校の勉強に集中できる点。第1志望校に不合格だった場合のことを考えて併願校の対策をする必要がないためだ。一方、その大学に通い続けることになった場合に、仮面浪人期に友人関係やサークルを犠牲にしたせいで大学生活を謳歌(おうか)できないという欠点もある。
河合塾本郷校の青木校舎長によると、毎年本郷校の生徒の約1%に当たる5、6人が、大学を休学し入塾する。入学式後や前期の授業が終わった後に決心するようだ。
仮面浪人の理由には、受験校の調査不足や就職を見据えた現役志向などがあるようだ。取れると思っていた資格が実は取れなかった、現役で入れる不本意な大学に入ってしまったなどのケースである。「まずは自分自身で納得のいく大学選びを」と青木校舎長は言う。
それでも、入った大学に違和感を持ったのであれば籍を置いたまま他大受験を目指す道もある。青木校舎長も昨年度、通っていた国立大学を休学し、東大を目指して見事トップの成績で東大への合格を果たした受験生を見てきた。「挑戦を続けている受験生はたくさんいます。悔いのない大学選びをしましょう」
この記事は、2018年9月25日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。
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