模試や勉強で忙しく、本を読む暇なんてない! そんな受験生は多いのではないか。しかし、受験勉強で忙しい今こそ、ぜひ本を読んでほしい。不安になった時にほっと一息ついたり、勉強がうまくいかない時に勇気をもらえたりするに違いない。文学の魅力を伝える新月お茶の会と東京大学文学研究会は、受験勉強の疲れから離れて「息抜きになる本」というテーマで、受験生を応援し東大の魅力を伝えるFairWindとUTFR(東京大学フロンティアランナーズ)、そして東京大学新聞社編集部は、モチベーションが下がった時に「勇気が出る本」というテーマで、おすすめの本を紹介する。
(構成・本田舞花、内田翔也)
「息抜きになる本」
新月お茶の会 泡坂妻夫『煙の殺意』
呼吸の浅くなった日々を駆け抜けている方へ、一時肩の荷を下ろすための本として泡坂妻夫『煙の殺意』を紹介したい。本作は直木賞作家の手による八編からなる短編集。短編同士につながりはないから、ちょっとした合間に一編ずつ手に取れるのもおすすめのポイントだ。そしてなにより本作では、まるでマジックショーを見ているような驚きと高揚が絢爛(けんらん)に演出される。タスクをこなすことにかかりきりになっていると、どこからともなく現れる外圧が、わたしたちの視野を狭めていく。視線の先が固定化され、なにか観念や常識に縛られ、あるいは縛った思考を繰り返してしまう、そんな経験はないだろうか。本作は知らずと窮屈になったわたしたちを、狭窄(きょうさく)した視野の外へ解き放ってくれる。いま、ここが局在した一部でしかないことを突きつけ、目の前にあるのに不思議と見えていなかったワンダーランドへといざなってくれる。がんじがらめな日々が生んでいた不安や悩みは、本作を読めばその大トリックでいつしか吹っ飛ぶこと請け合いだ。
泡坂の奇術は、その洗練された技術によって、わたしたち読者の死角をつき、見ている世界を一変させる。わたしたちが逆立ちしているのか、世界がひっくり返ったのか、ミステリ小説における騙しの神髄が詰まっている。叙述トリックではない、たくらみに満ちた奇想によるどんでん返しの炸裂(さくれつ)がそこにはある。フルマラソンに給水ポイントは欠かせない。課題で疲弊した頭脳へのエイドステーションとして、ただただ面白い泡坂の小説をぜひ手に取ってほしい。
(新月お茶の会・藤井俊英)
東京大学文学研究会 オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』
受験勉強とは時に不条理なものである。偏差値の少しの差に一喜一憂し、それを上げるために少しでも多く効率良く勉強することに執着する。勉強の楽しさなど忘れ、ただ義務感や不安に駆り立てられるのみ。そうして必死に勉強し、成績を上げたところで、本番の緊張の前に全てが崩れ落ちることもある。時に実力を出せず、時に四点差で落ち、まるで人生の虚しさのようだと思うのは、些(いささ)か仏教的すぎるか。
人生にこんな感慨を抱いたのはお釈迦様だけではない。彼の名はオマル・ハイヤーム。十一世紀ごろのイスラム王朝、セルジューク朝の学者である。彼はそんな人生の苦悩を一編の詩集にまとめた。その名を『ルバイヤート』と言う。
さて、この詩集、さぞかし堅い訓戒が並んでいるだろうと開いてみると、突然酒を勧めてくる。「酒をのむにまさるたのしい瞬間があろうか?」などと言ってくる。彼はイスラム王朝の学者であるにもかかわらず。この一見破天荒に見える詩を通して、時におかしく、時に鋭く、人生の虚しさ、そして今この瞬間を楽しむことの重要性を訴える。その言葉は点数の一、二の違いを争う喧噪(けんそう)から君を解放し、人生への広い視点をもたらしてくれる。また君はその主張の異端さに驚愕(きょうがく)し、思想や歴史を学ぶ楽しみを思い出すだろう。純粋に詩としての言葉選びを楽しむのもいい。
一ページ八行で約百ページと、そこまで長くもないのも魅力の一つだ。日々の勉強に疲れ、嫌気がさしたとき、ぜひ気分転換に読んでみてはいかがだろうか。
(東京大学文学研究会・芋畑邦昭)
「勇気が出る本」
FairWind スティーブン・R・コヴィー『完訳 7つの習慣 30周年記念版』
勇気が出る本。言葉にしてしまえば簡単だが、それを紹介するのは容易なことではない。いくら同じ「大学受験」という箱の中に納まっているとはいえ、その中で経験する苦しさやつらさ、あるいは喜びは人それぞれだ。逆境に立ち向かう物語を紹介するのも良いが、今回は少し趣向を変え「勇気の出し方を教える本」として『7つの習慣』を紹介したい。
私見だが、勇気が出る時には2通りのパターンがあると考えている。その行動を実行するモチベーションが高まったときと、その行動自体が容易になったときだ。世の中の多くの本はこのうちどちらかに注力しているが、『7つの習慣』ではどちらも示され、さらにその2つが一つの体系として自然につながっている。それが、私がこの本を薦める理由でもある。
具体的には、第一の習慣「主体的である」でモチベーションを高め、第二の習慣「終わりを思い描くことから始める」でモチベと行動をつなぎ、第三の習慣「最優先事項を優先する」で行動の実行を支える。第四の習慣「Win-Winを考える」、第五の習慣「まず理解に徹し、次に理解される」、第六の習慣「シナジーを作り出す」は他者が絡むときの鉄則であり、これは受験というよりむしろ大学以降の生活の基礎となる。第七の習慣「刀を研ぐ」はこれら全てを包括し、維持し、高めることを教えてくれる。
私の受験生活はこの本の実践記録であったし、それが最も効果的であったと確信している。参考になれば幸いだ。
(FairWind・青木秀真)
UTFR 太田あや『非進学校出身東大生が高校時代にしてたこと』
なぜ東大に行こうと思ったのか─おそらく多くの合格体験記は現役高校生に受験戦略を伝えることを主眼として書かれ、進路選択に至るまでの契機についてはあまり書かれないだろう。大方の合格体験記を書いているのは、東大受験が進路選択の1つとして当然のようにあった進学校出身の人たちなのだから。
受験戦略と対照的に、進路選択に主眼を置いた合格体験記、周りにいる誰もが選ばないだろう道を辿たどった人たちの合格体験記として、この本には固有の価値がある。東大内における非進学校、東大在学中の先輩や自分以外の東大志願者がいないような高校から進学した人たちの、幼少期から東大入学までのエピソードが、筆者から彼らへの取材をもとにしてオムニバス形式でまとめられている。
独学や学校内での個別指導など、独りで東大を目指す人ならではのユニークな話がしばしば登場する。思いもよらない滅多にないような経験も、どこか共感できるようなことも…ときには青春を謳歌(おうか)し、ときには逆境にぶつかり、少しずつ未来へ進んでいく姿は、受験生にとって行動を起こす力になるはずだ。
自分のような高校からも東大に行けるんだ─この思いは、紹介文を書いている私自身が高校時代初めてこの本に出会ったときのことだ。孤独に東大を目指していた人たちの奮闘の記録は、あなたが将来のことで不安になったとき、そして進むべき道に迷ったとき、その決断を力強く押してくれることだろう。
(UTFR・柴田翠國)
東京大学新聞社編集部 ヘルマン・ヘッセ『デミアン』
「われわれはたがいに理解することはできる。しかし、めいめいは自分自身しか解き明かすことができない」という力強い言葉で序章をしめくくる本作は、夢想的でありながら現実的な意志を抱くデミアンという青年と、主人公シンクレールの物語である。ヘッセの作品で初めて「己を追い求める、自己に立ち返る」ことを主題とした作品は、「明」と「暗」の世界の対比を重層的に描いており、その葛藤の中に日々を模索するシンクレールの姿がありありと映し出されている。
本作品には、こんな一節がある。「鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない」
何かに対峙する、何か困難なことに向き合うというのは常に自分より大きなもの、大きく見えるものに対する戦いである。受験生諸君は今まさに、自分の殻を破るために、今いる場所のさらに先の「何か」を目指し、その境遇に立ち向かっている。
受験というのは確かに、一面から見れば他者との争いに他ならない。しかし、あまりにも膨大な「自分以外の受験生」は、時に一対一の他者としてではなく、より大きな何かとしてしか受け取れない。何千、何万という枠を争うのは一対一の自分対他者ではなく、自分とその他大勢の大きい何かでしかない。めいめいは、その大きな奔流のなかで、自分自身に対してしか働きかけることができない。重要なのは、己に立ち返ること。今自分がどこにいるのか、何をしているのか、どういう状況にあるのか。それを常に探し続けるのは、受験勉強において最も重要なことではないだろうか。
もう受験までは半年ほどしかないかもしれない。しかしまだ半年。受験の過程は、最後の最後まで常に暗中模索だ。暗いことを恐れたくはないが、何かに縋(す)がりくなるときだってきっとある。その暗がりに携えるに然るべき意志の端々を、この本に見つけてみても良いのではないだろうか。
(東京大学新聞社編集部・内田翔也)
いかがだっただろうか。二次試験まであと半年ほどといえど、まだまだ続く長い受験生生活の中で、落ち込んでしまうことや焦りを感じること、無力感に襲われることがあるかもしれない。そんなとき、少し勉強の手を休め、本に手を伸ばしてみていただければ幸いである。本はきっと、君の力になってくれるはずだ。
【記事修正】
2023年10月1日午後8時05分 タイトルの修正を行いました。