受験

2022年1月6日

【受験なんでも相談室】文理融合と農業経済学のすすめ 

 

 

 大学受験は悩みが尽きないもの。どうせ誰かに相談するなら、その道のプロにアドバイスをもらいたい!そんな受験生や保護者などからお悩みを募集し、東大生や東大の教員などに話を聞く連載企画「受験なんでも相談室」。今回扱うのは経済学と生物学の両方に興味がある高校生からの質問。文理融合の意義や、農学部にありながら経済学を学べる農業経済学の魅力などについて農業・資源経済学専攻の中嶋康博教授に話を聞いた。(取材・葉いずみ)

 

今回の質問

 経済学と生物学に興味があります。現在の志望は経済学部ですが、生物学も捨てられません。どちらも学ぶことができるような進路や、どちらの方が良いなどアドバイスがあれば教えていただきたいです。(高校3年生)

 

科学技術の社会実装には文系知識が不可欠

 

 農学における生物研究では、一般の栽培作物や家畜はもちろんのこと、森林、海洋生物、害虫、土壌中細菌、発酵微生物、人獣共通感染症病原体など農林畜水産業に関わるさまざまな生物が研究対象となります。一方私が研究している農業経済学は、古くは地主・小作関係などに注目して、農業と社会の関わりを経済学的に読み解いてきた文系の学問です。社会や経済の発展を促す技術革新は、農業分野では品種改良など主に生物学的科学の進歩によってもたらされており、その成果を数量的に解析するという分野も併せて持っています。

 

 農業経済学は、この農学の研究成果を社会に生かす仕組みづくりにも関わってきました。世界の食料危機を救った「緑の革命」という言葉をご存じかもしれません。戦後の農学の発展によって数々の利用価値の高い品種が作り出されてきましたが、その新品種を農家に広く普及させなければ意味がありません。それには経済学など文系的観点からの関与と評価に基づく改善が必要でした。

 

 科学技術をビジネスとして成立させ社会実装する上で、このように文系知識も持つことは他の理系分野でも重要だとされてきました。例えば2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが開発したリチウムイオン電池は、従来よりも格段に優れた蓄電力を有する画期的な電池で、現在はスマートフォンやノート型パソコン、電気自動車などでその能力を発揮しています。しかし開発当初はリチウムイオン電池の利点を生かせるこうした製品自体がありませんでした。リチウムイオン電池の今日の活用は、旭化成をはじめとする諸企業がさまざまな産業を連関させるビジネスモデルを展開したことで実現したのです。新技術をうまく活用するには、文系知識を基に人間とは何か、社会はどうなっているかを知り尽くしていなければなりません。

 

農学部で学ぶ経済学  ─経済システムモデルを体感せよ─

 

 私が所属する農学部農業・資源経済学専修では、農業生産から食品の加工・流通・消費までを対象に学びます。例えば「地域経済フィールドワーク実習」では生産者に聞き取り調査を行い、生産の現場に伺い、販売方法や食品表示の仕組みなどを具体的に理解していきます。

 

 農業・資源経済学専修の魅力は食品という身近な切り口から、生産から消費に至るまでの経済システムをこのように一気通貫に学べる点にあります。ここで学ぶ経済システムは食品以外の対象にも応用可能なエッセンスが詰まったモデルであり、学びがいがあります。例えばあなたが将来企業に就職し他国に製品市場を拡大しようとしたとき、現地の経済システムを理解する必要があります。こんな時に農業経済学を通して得た社会を把握する力がビジネスを切り拓く助けとなるでしょう。

 

 また農業・資源経済学専修では主に日本を対象に学びますが、それは世界で応用できる内容も含んでいます。日本を対象にした研究には二つの課題があります。一つ目は急速な人口増加する過程でどのように食料を提供してきたかという、日本にとっては過去のテーマ。二つ目は少子高齢化・人口減少の中、少ない農家で効率良く安全な食料をいかに安定して作り続けるかという、日本にとって現在進行形のテーマです。両テーマで明らかにされる日本農業の経験はいずれも他国で応用可能なもので、特に後者は世界がいずれ必ず直面する課題として極めて重要です。世界の人口は100億人まで増加しますが、21世紀中にピークを迎え、アフリカ以外の地域は人口減少に転じると言われています。工業・サービス業での雇用がますます拡大する中、食を支える第一次産業就業者数の減少はどの国でも避けようがないのです。

 

 こうした課題解決のために新たなイノベーションの社会実装や新経済システムが必要で、そのためにまず今日の社会経済システムを理解する必要があります。農業は人類にとってかけがえのないことは今後も変わりなく、実は世界を股に掛けるビジネスとしてますますやりがいのある領域となっています。農業・資源経済学専修で経済システムモデルを捉え、文理両方の知識を生かして農業の課題に取り組んでみてはいかがでしょうか。

 

中嶋康博(なかしま・やすひろ)教授(東京大学大学院農学生命科学研究科)
89年東大大学院農学系研究科(当時)博士課程修了。農学博士。東大農学部助手、東大大学院農学生命科学研究科助教授(当時)、同准教授を経て、12年から現職。

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