報道特集

2025年3月14日

共通テストより易しい!? 東大の情報科目は高校新課程にどう対応するか

東大 情報教育

 

 高校新課程に対応した大学入学共通テスト(共通テスト)が今年1月に初めて実施された。出題形式や内容の変更が複数の教科で見られた他、新設の「情報」に注目が集まった。東大でも最終的な合否判定で550点満点中の11点分が利用されるだけに、受験生の多くが「情報」の対策に力を注いだことだろう。旧課程の「社会と情報」を高校時代に履修した記者自身も新科目「情報Ⅰ」を試しに解いてみた。すると91点と想定以上の高得点。それもそのはず、出題テーマの大部分が前期教養課程の必修科目「情報」で扱われる内容と重なっていたからだ。このことは25年度学部入学者の多数が、必修科目「情報」で学ぶ内容のうちある程度を入学時に習得している可能性を示唆する。今後、駒場での情報教育はどう変わるのだろうか。共通テストの問題や、大学での情報教育に対する学生の声などを手掛かりに、前期教養課程での情報教育の実態を探りつつ、今後の展望を情報・図形科学部会の山口泰教授(東大大学院総合文化研究科)に聞いた。(取材・岡拓杜)

 

高校新課程 必修の「情報Ⅰ」 全員がプログラミングの基礎を学習

 

 高校での情報教育は、2003年度の普通教科「情報」(情報A・B・Cの3科目から一つ選択)の新設を機に本格的に始まった。約4分の3の高校では「情報A」が必修となっていたが、同科目はあくまで情報機器の操作方法に重点を置くものに過ぎず、現場での指導も教科書のごく一部の内容に止まっていた。こうした問題意識からそれぞれ「情報C」と「情報B」を発展させる形で、13年度から「社会と情報」と「情報の科学」が開始。情報活用の実践力の確実な定着だけでなく、情報モラルの育成を重視した内容に変わった。前者は情報化が社会に与えた影響など情報の社会的側面に、後者は情報技術を利用した問題解決など技術的側面に焦点を当てる内容で、生徒の多様な関心や能力に応じて、いずれか1科目を選択する制度が目指された。しかし、実際には生徒ではなく学校側が履修科目を指定する場合がほとんどで、結果的に「社会と情報」の履修率は15年度の調査で約8割に上った。

 

 こうした実態は、情報やコンピューターに関心を持つ生徒の学習意欲に応えられているとはいえず、高度情報社会を支えるIT人材の需要が高まる中で「情報の科学的な理解に裏打ちされた情報活用能力」を育成していくことが課題となっていた。そこで2022年度からは旧課程の「社会と情報」「情報の科学」の内容を合わせ発展させた必修科目「情報Ⅰ」と、より発展的な内容を扱った選択科目「情報Ⅱ」に再編した。

 

 「情報Ⅰ」では旧課程2科目の内容に加え、プログラミングや情報セキュリティ、データベースに関する学習活動が充実化された。情報技術を生かしたコンテンツ制作やデータの分析手法など、旧課程で必修ではなかった内容も含む。特にプログラミングに関する内容では、分岐や反復を含む基本的なアルゴリズムを、実際のコードを用いて学習。単にプログラミングの仕組みを学ぶだけではなく、問題解決のために実際にプログラミングを活用する内容となっている。

 

共通テスト 平均点は約7割 東大の必修科目「情報」と重なる出題も

 

 2025年度の共通テストから試験教科に「情報」が追加された。高校新課程に対応した「情報Ⅰ」と旧課程を履修した過年度生向けの「旧情報」が行われた。大学入試センターの発表によると、それぞれ平均点は69.26点、72.82点と、全科目の平均点58.77点と比較すると高い部類に入る。「情報Ⅰ」は四つの大問から構成され、全問必答で回答数は47。各予備校の講評を踏まえると、22年の試作問題と比べれば同程度またはやや高難度だったが、平均点に表れるように「やや易」と評価できる難易度だったようだ。内容としては「情報Ⅰ」の学習範囲から幅広い出題が見られ、情報分野特有の知識よりも、設問の状況理解や論理的思考力が問われる共通テストらしい問題だった。

 

(資料1)共通テスト「情報Ⅰ」第1問問4(東京大学新聞社が試験問題を基に作成)

 

 例えば、第1問の問4(資料1)では「ユーザーインタフェースをデザインする際に用いられる法則」について問われた。これはフィッツの法則と呼ばれるものだが、これに関する知識がない場合でも、リード文を読み解くことで正解が②であることが分かる。実は同じ法則を扱った問題が昨年の前期教養課程「情報」の期末試験でも出されていた。⑴や⑵はフィッツの法則を表す数式が示され、そこから法則の内容を読み取る問題。⑶はある仮定の下でフィッツの法則の近似式を求める応用問題だった。共通テストと扱うテーマは重なるが、いずれもより発展的な問題で、数学的な理解が求められる出題となっていた。

 

共通テスト 東大試験
資料2(左)は共通テスト「情報Ⅰ」第3問問3、資料3は2024 年度「情報」期末試験共通問題図5(情報教育棟のウェブサイト(https://www.edu.c.u-tokyo.ac.jp/edu/exam/exam24.pdf)を基に東京大学新聞社が作成)

 

 プログラミング分野ではどのような出題があったのだろうか。第3問では、文化祭に向けて複数の工芸品を制作する際に、それぞれの制作日数に応じて作業者に工芸品を割り当てるアルゴリズムを理解できるかを試す問題が出題された。例えば問3はソースコードを穴埋めする形式で(資料2)、二つの繰り返しと条件分岐に注目し、プログラムの構造を理解して解く必要があった。変数が複数出てくることもあり、一つ一つの処理を考える際に、状況や目的を整理しながら解き進めることが重要だっただろう。こうしたプログラミングに関する基本的理解は前期教養課程でも必修だ。「情報」の期末試験ではソースコードの穴埋め問題が例年出題される。例えば二分法と呼ばれるアルゴリズムを活用してディスプレイの対角線の長さを求める問題(資料3)。条件付き処理や反復処理の操作が「もし〜ならば」や「〜しながら繰り返す」といった文章によって記述されている共通テストの形式とは異なり、実際のプログラミングに近い形で記述されていることが見て取れる。

 

 このように「情報Ⅰ」では、前期教養課程の「情報」と学習する内容こそ重なっているが、要求される情報教育の達成度は、あくまで前期教養課程における必修の情報教育の基礎部分にすぎない。一方で、新入生の情報教育の定着度は共通テスト対策を通して確実に向上することが予想される。特に2024年度の調査では8割を超える学生がプログラミング身に付けていないという数字も出ていた。大学での教養教育の一環としての「情報」の前提は変化しつつある。

 

前期教養課程 教養としての必修科目「情報」の他にも多様な講義

 

 前期教養課程では、1987年に情報教育棟が新設されたことを機に、この建物を利用した本格的な情報処理教育が始まった。94年には現在の「情報」の前身となる「情報処理」が必修化。普及し始めたばかりの計算機に親しむことが目標の一つになっていた。そうした計算機の使い方中心の教育から情報科学の基礎の教養教育へと重点が移ったのが06年の「情報」への改編だった。併せて現在も使われるテキスト『情報』も刊行され、17年の改訂を経て現在に至る。全科類必修の「情報」のシラバスには情報社会に必要なリベラルアーツの一環としての情報教育の重要性が説かれている。「いわゆる『利用・活用』の方法を習うことではな」く、情報の技術面・人間的・社会的側面を正しく理解することが目的。現行のカリキュラムは高校の旧課程での学習内容をベースにしたもので、プログラミング分野の内容も教科書に記載されているが、授業で必ず扱うわけではない。そのため受講者の中には「新規性に乏しい」との声も聞かれる。

 

 ただ、前期教養課程では、学生のさまざまなニーズに応える多様な授業が開講されているのも事実だ。現在、情報・図形科学部会が開講する情報関連科目数は必修の「情報」を含めて15に上る。例えばプログラミングを学びたい場合には、Python言語でコードを記述しながらアルゴリズムの基本的な考え方を学ぶ「アルゴリズム入門」や、演習形式でより発展的な内容を扱う「計算機プログラミング」を受講することができる。

 

 情報・図形科学部会が担当する授業以外にもプログラミングを学べる講義は多い。例えば「宇宙科学実習Ⅱ」ではPython言語を用いて宇宙科学に関する数値計算を行う。研究現場でプログラミングがどう使われているのか学べる実践的な講義だ。逆に基礎理論に注目し、計算とは何かという根本的な問いに立ち返って計算機そのものの仕組みを学ぶ「計算の理論」も開講されている。

 

 工学部の情報系の学科に進学する学生は、前期教養課程の情報教育について「大学の外でなかなか学べない基礎理論を扱う講義など充実した内容」と評価。プログラミングなどの授業については「あくまでコードを記述するための思考法を学ぶもので必ずしも実用的なレベルとは言えないので、使いこなすためには学外のリソースなどを活用しつつ自学自習も必要です。ただ、教員に質問できる環境を生かせる点で、基礎を学ぶ場合には有効かもしれません」と振り返っている。

 

山口教授「2026 年度ごろから『情報』の授業を大きく変えていきたい」

 

 前期教養課程では情報教育に関連して、基礎理論まで幅広くカバーした多様な選択科目から成るカリキュラムが編成されている。しかし、その入り口となる必修科目「情報」は、入学者に想定される能力や経験の変化のために、多くの学生のニーズに合わなくなる可能性もあるだろう。東大は「情報」をどうアップデートしていくのだろうか。情報教育のカリキュラム編成に携わる山口泰教授(東大大学院総合文化研究科)に話を聞いた。

 

──今年から高校新課程「情報Ⅰ」を履修した学生が入学してきます。前期教養課程の「情報」はどう変わりますか

 「情報Ⅰ」では情報の技術・理論的側面もしっかりと取り上げているので、多くの学生が情報に関連する基礎知識や経験を持つようになると認識しています。また新カリキュラムでは小中高を通じてプログラミングに触れる機会が確保されているため、授業内容もそれに応じて変えていく必要があるでしょう。これまではプログラミングの記述方法や基本的な考え方も含めて、受講者に未経験者がいるものと想定し、導入部分から丁寧に説明していました。しかし、今後は新課程での学習を前提とし、より抽象的なレベルでアルゴリズムを取り扱う授業を展開できると考えています。それに対応するために教科書の改訂にも取り組んでいるところです。

 

──今回の教科書改訂のポイントは

 最大の変更点は「問題解決」と「機械学習」をより詳しく取り上げているところです。まず、既存のデータモデルに関する章を問題解決と結び付けて、ある条件下での最適解を求める問題などをプログラミングの知識を活用しながら考える授業を志向しています。その延長線上に位置する機械学習についても取り上げますが、単なるAIの使い方を学ぶものではありません。基本の教師あり学習の先に、必ずしも正解データ(入力と出力の直接的なペアのデータ)が与えられない学習があり、それが生成AIにもつながっているというように、機械学習の全体像を理解できるような授業を目指したいと考えています。他にも各章で内容を更新し、全体として教科書の半分近くを書き換える予定です。

 

──授業はいつ頃から変わるのでしょうか

 来年度の授業では大きな変更は行わず、従来の授業内容に新しい要素を少しずつ取り入れながら、学生の実力を見極めていくつもりです。浪人生への配慮という意味合いもありますが、各高校が新課程への対応に苦労しているため全員が十分に「情報Ⅰ」を学べていない可能性もあり、慎重な移行が必要だと考えているからです。2025年度の授業を通じて学生の学習状況を確認し、授業内容自体は26年度ごろから大きく変えていきたいと思っています。

 

──新入生に期待することは

 今年度からアドミッション・ポリシーの「高等学校段階までの学習で身につけてほしいこと」に「情報」について記載することにしました。教養学部では「情報を解析する力」「情報の処理手法を構想する力」「情報を表現する力」という三つのスキルを身に付けてもらいたいと考えています。これに向けて、高校時代に情報の基礎を学び、受験生が一定の準備をして共通テストに臨むことを期待しています。今年の共通テスト「情報Ⅰ」の問題は、一定の情報リテラシーがないと解けない良問だと評価しています。まずは共通テストのレベルを解けるように準備してもらいたいです。初回の「情報Ⅰ」の成績は良好のようですから、来年度の新入生の情報に関する理解度は比較的高いと期待しています。

 

山口泰先生
山口泰(やまぐち・やすし)教授(東京大学大学院総合文化研究科)
88年、東大大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。東大大学院総合文化研究科助教授、東大大学院情報学環教授などを経て、07年より現職。

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