インタビュー

2021年2月9日

【地方で働くという選択肢】静岡市の経営者3人に聞く、地方ビジネスの魅力とは

 東京大学新聞社は、20年秋にNewsPicksと共同で東大生のキャリア意識に関するアンケート調査を実施した。その結果、東大生の多くは就職において、自分のスキルや能力に合った「やりたい仕事」を重視しており、それが実現できない場合は転職などのキャリアチェンジも考えていることが分かった(図)。

 

(東京大学新聞社とNewsPicksによる共同アンケート調査の結果を基に作成)

 

 キャリアチェンジの選択肢の一つとして、キャリアの途中で地方に転職することも挙げられ得る。しかし、東京にいる学生は地方で働くことの具体的なイメージをどうしても抱きにくいかもしれない。

 

 そこで、大学を卒業後に新卒で大企業に就職し、30代前後でキャリアチェンジした静岡市の経営者3人に地方ビジネスの魅力や求められる資質、将来のビジョンなどを聞いた。

(構成・友清雄太)

 

(左から)キャリアについて語る平石さん、北川さん、山﨑さん=20年12月22日、いちぼし堂(静岡市葵区)にて ※座談会は安全面に十分配慮して対面で実施されました

参加者


  まずは自己紹介をお願いします

北川信央(きたがわ・のぶひろ)さん 

 木材工場や人材サービス、保育園とコワーキングスペース、住居が一体となった職育住一体型施設である「いちぼし堂」などを運営する北川グループの取締役を務めています。静岡市出身で、2011年に京都大学卒業後、あずさ監査法人で公認会計士として働きました。その後、地方での課題解決に自分の力を試したいと思い、14年に家業である北川グループを引き継ぎました。

 

 最初に取り組んだことは、自社工場での人材活用改革です。業務を丁寧に細分化し、シニアの方々が活躍できる環境を整えたことにより、まだまだ街には役割を欲している人がたくさんいることを実感しました。その中で、育児世代の女性の居場所があると街全体も豊かになるのではと思い、いちぼし堂を開設しました。現在は、いちぼし堂の理念の発信やグループ全体の経営に携わってます。

 

平石享(ひらいし・とおる)さん 

 いちぼし堂の運営責任者をしています。新規事業として、いちぼし堂でどんなビジネスができるかを模索しています。滋賀県出身で12年に東大文学部を卒業しました。学生時代はキャリアについて深く考えていませんでしたが、先が見えるのは嫌だなと。

 

 そこで、修行するために光通信に新卒で入社。東南アジア複数国で新規事業立ち上げに携わりました。東南アジア事業に一通りめどが付き退職。次にやることを探す中で北川さんと出会い、19年にいちぼし堂に参画しました。

 

山﨑遼太郎(やまざき・りょうたろう)さん 

 フジ物産取締役と新エネルギー・不動産部の部長を務めています。静岡市出身で、14年に北海道大学大学院を修了しました。人と会うことやいろいろな場所で学ぶのが好きで、三菱UFJモルガン・スタンレー証券に就職。札幌や福山で営業を経験しました。18年から、静岡市清水区を拠点とするフジ物産に入社しました。

 

地方ビジネスの肌感覚

 

  地方におけるビジネスについて、東京や大企業との違いはありますか

 

平石 

 東京と比べたら静岡は、人も優しくて気候も穏やかでゆったりしている印象はあります。地方だからといって劣っているというのは感じませんし、偉い人との距離の近さは魅力です。

 

山﨑 

 経営目線での違いについて。フジ物産に転職して気付いたのは、同じ物差しで語れないところがあること。大企業の方が仕組みや求められる役割が明確な印象です。一方、中小だと組織が小さい分、人間力勝負で、自分から率先して現場で動くことが求められます。

 

  地方と言っても地域性があると思います。静岡だからこそ良かったということはありますか

 

平石 

 ある程度経済規模があり、頑張って地元を引っ張っていこうとする気概のある同世代が多いのが静岡の魅力ですね。

 

北川 

 確かに首都圏との距離感や都市の規模など、静岡で良かったと思うことは多々あります。静岡というポテンシャルのある街であれば、仲間もいるし、信用を積み重ねることによって、もっといい街に変えていけると思っています。

 

  その自信はどこで付けたのですか

 

北川 

 一歩一歩じっくりと経験を積み重ね、へこたれないこと。家業を継いでからの初めての大仕事は、台風で冠水してしまった自社工場の水を昼夜問わずポンプで吐き出す作業でした。そういった一つ一つの経験が肉体に刻まれ、どんな問題でも何とかするという自信を少しずつ付けていきました。環境が整っていないのが逆に良かったですね。その中でも自分の価値を出さねばならないという感覚を養えたのが大きいと感じます。

 

景勝地・日本平から臨む静岡市(清水区)の街並みと富士山(撮影=友清雄太)

 

  地方で活動する際に求められる資質とは何ですか

 

北川 

 体を動かして積極的に学ぶ姿勢が大切だと思います。一見すると無駄と思えることでも、何か学べるかもしれないという謙虚で貪欲な姿勢が大事です。

 

山﨑 

 利他の心を持つことです。突然外部から入ってきて自分を中心に考えていても、誰も振り向いてくれないので。

 

北川 

 結局は人間力ですね。人として信頼されることが最も重要です。変に気取ってはいけません。工場では絶対に横文字を使わないよう心掛けています。

 

 

就職し経験を積むのか、いきなり起業するのか

 

  修行することの重要性について伺いたいです。新卒で大企業に入っていろいろ経験して起業するのか、いきなり起業するのかについて、どうお考えですか

 

北川 

 僕は修行してからの方がいいと思います。自分の中の軸やスキル、組織を見る力などが身に付きます。

 

山﨑 

 僕も修行して良かったです。自分の価値や場に与えられる影響、コミュニティーやチームを作る大変さを学べたし、他の企業を経ることで、相対的な価値観が得られました。

 

平石 

 人によりますね。私は、実際の現場でやってみないと物事を理解できないタイプだったので勉強になりました。頭がとても良くて考えたことをその通りに動かせる人は下積み不要だと思います。

 

  地方で活動するに当たり、経営者と従業員ではその幅に違いがあると思います。その点についてどうお考えですか

 

山﨑 

 その違いは考えていないですね。就職の時は多少気にしていましたが、今思えば無意味だなと。地方だと経営陣との距離が近く、中小だと逆に、役職にとらわれない幅広い仕事ができます。従業員であっても魅力的な活動が可能です。

 

平石 

 実力がなく変なプライドを持っていると、地方でもどこでも厳しいかもしれません。周囲からどう見られるかよりも、やりたいことをどう実現するかを考えたいですね。

 

  これからの夢やビジョンを教えてください

 

山﨑 

 地元である清水に何かしらの形で貢献したいです。大企業に勤めていた時は地元を良くしようとは全く考えていませんでした。前職の時はプライドは自分自身にありましたが、戻ってからは地元の清水に感じるようになりましたね。

 

北川 

 地元への貢献はもちろん、いちぼし堂の事業を通じて「多様な居場所」をここから生み出せるようにしたいです。これができれば日本全国や世界でも通用すると考えていて、いずれは静岡から世界を目指したいです。

 

北川さんが19年に開設した、いちぼし堂。1階が保育園、2階がコワーキングスペース、3階が居住スペース、4階がテラスとなっている。記者は20年11月から21年1月までここで生活していた

 

  最後に、東大生にメッセージをお願いします

 

平石

 偶然性を楽しんでほしいです。東大生は頭がいいから先が見えてしまいがち。だけど、見えてしまうところで終わるのではなく、わざと見えないところに突っ込んでいってそこで出会ったものを楽しむ。そうすれば人生も豊かになるかもしれません。

 

 加えて、別に地方が優れているという訳ではなく、東京以外にも地方や海外などの選択肢がある。その中の一つして目を向けてもらえるとうれしいです。

 

山﨑 

 芯となるプライドは高く持ちつつも、いらないものは捨てられる力を身に付けてほしいです。その上でわくわくするところ、見えないところに突っ込んでいく。それができると最強だと思いますね。

 

北川 

 手触り感を大切にすること。やはり、頭だけで得られる情報は少ないです。肉体を通して経験していく。そして、最終的にオーラを醸し出せる人になってほしいです。

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