報道特集

2023年8月11日

東大の地震研究 その歴史と最前線に迫る【後編】東大地震研究所 100年前に背負った使命 そして地震研究の今をみる

 

 東大の地震研究所を知っているだろうか。東大本郷キャンパスの隣、弥生キャンパスにあり、地震・火山に関する最先端の研究を行っている。関東大震災の2年後である1925年に設立され、地震のメカニズムがほとんど解明されていなかった時代から、日本のみならず世界の地震研究において大きな役割を果たしてきた。研究所設立当初からの歩みと最新の研究について、木下正高教授(東大地震研究所)に取材した。(取材・曽出陽太)

 

【前編はこちら】

東大の地震研究 その歴史と最前線に迫る【前編】関東大震災の教訓を首都直下地震対策に生かす 大正関東地震100年シンポジウム

 

0からのスタート 東大の地震研究

 

 地震研究の最先端をゆく東大の地震研究の端緒は関東大震災以前、1880年代にまでさかのぼる。お雇い外国人や日本人の地震学者が地震の研究を始め、地震学講座も開講された。そして1898年ごろには東京帝国大学の地震学者であった大森房吉が新型の地震計を発明し、地震の継続的な観測が可能となった。一方政府では1891年に発生した濃尾地震を受け、震災予防の研究を目的とした震災予防調査会が発足するが、その役割を完全に果たすことができないまま1923年の関東大震災を経験することになる。

 

大森式地震計(写真は地震研究所提供)
大森式地震計(写真は地震研究所提供)
関東大震災で崩壊した東大法学部講義室(写真は『東京帝国大学五十年史(東京帝国大学)』)
関東大震災で崩壊した東大法学部講義室(写真は『東京帝国大学五十年史(東京帝国大学)』)

 

 関東大震災は東京周辺に大きな被害をもたらし、東大においても建造物の倒壊・損傷や火災、図書の焼失などの被害が発生した。この甚大な被害を受け、それまでの震災予防調査会のような形ではなく、研究所という形で地震研究の拠点を作ろうという機運が高まる。そこで東大附属の研究所として地震研究所が設立された。

 

 しかし地震研究所の設立にあたって東京帝国大学の学者の間で二つの考え方が対立した。一つは今村明恒を中心とした、地震の観測をより大規模に行いそれを記録することを重視する考え方。もう一つは末広恭二・寺田寅彦らを中心とした、観測に加えて地震のメカニズムを科学的な視点から解明しようとする考え方だ。最後は後者の考え方が採用された。それは設立当時から地震研究所に残っている銘文の「本所永遠の使命とする所は地震に関する諸現象の科学的研究と直接又は間接に地震に起因する災害の予防並に軽減方策の探究とである」という一文からもうかがい知ることができるだろう。

 

地震研究所設立の理念を刻む銘板
地震研究所設立の理念を刻む銘板

 

 東大が地震研究において当初から果たしてきた役割の大きさは計り知れない。最初期から地震計を制作して地震の観測を始め、地震のメカニズムが全く不明であった時代から地震研究を進めてきた。欧米諸国ではほとんど地震が発生しないため、当時は世界の最先端となる研究を行っていたともいえる。

 

地震研究の最先端をゆく

 

 現在の地震研究所では、地震だけでなく火山現象も対象として研究を行っている。現在特に注力している研究を木下教授に聞いた。

 

 まず一つは、「地震の発生メカニズム」をスロー地震も含めて説明する理論の構築だ。そもそも地震はプレートや断層に蓄積したゆがみが断層の急激な滑りにより解消することによって引き起こされるが、スロー地震は断層の滑る速度が通常の地震と比べてはるかに遅い地震のことを指す。スロー地震には周期が10秒から20秒と長いものから、スロースリップと呼ばれる継続時間が数日~1年に及ぶものもあるという。スロー地震研究の歴史は浅く、約20年前に小原一成教授(東大地震研究所)が発見してから世界の地震研究者が取り組んでいる分野であり、巨大地震にも関わっているといわれている。そしてこのスロー地震の視点を加え、断層のゆがみが解放される現象としての地震を統一的に理解することを目指しているというのだ。この研究は「革命的だ」と木下教授は話す。

 

 もう一つは海底の光ファイバーケーブルを用いた地震観測だ。光ファイバー通信ではガラスなどを使った光を通すケーブルを使って通信を行うのだが、ケーブルの中を通っていく過程で光の一部が反射して戻ってくる。地震の振動によって光ファイバーが変形するとその反射光が戻る時間も変化するので、それを検出することで地震を検知できるというわけだ。振動が起きた位置によって反射光が戻ってくるまでの時間も変化するため海底のどこで地震が起こったかも検出することができるという。この技術の利点は、陸上にある海底ケーブルの末端で観測を行うだけで海底に高密度で地震観測点を設けることが可能であるという点だ。地震観測において画期的な技術であることは言うまでもないが、海底にある断層の構造の研究にも応用できるという。その他にも大量の軽石が発生した2021年の福徳岡ノ場火山の研究やトンガ海底火山噴火の研究、地震の歴史研究など、さまざまな研究を行っている。

 

 今後巨大地震が再び発生することは避けられない。しかし地震やその被害軽減についての研究は日々進歩し続けている。

 

木下正高(きのした・まさたか)教授(東京大学地震研究所)90年東大大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。海洋科学技術センター(当時)深海研究部研究副主幹、海洋研究開発機構高知コア研究所所長などを経て、15年より現職。
木下正高(きのした・まさたか)教授(東京大学地震研究所)90年東大大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。海洋科学技術センター(当時)深海研究部研究副主幹、海洋研究開発機構高知コア研究所所長などを経て、15年より現職

 

【前編はこちら】

東大の地震研究 その歴史と最前線に迫る【前編】関東大震災の教訓を首都直下地震対策に生かす 大正関東地震100年シンポジウム

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