文化

2023年10月24日

【100行で名著 拡大版】ディスカッションで見えてくる本の魅力 編集部員の思い出の児童書

 

 

 子どものころに読んだ児童書。思い入れが深い一冊がある人も少なくないだろう。本の魅力は、一人で読むだけでなく思い入れのある本について発表したり、他者の紹介を通して新たな本に出合ったりすることでも味わえる。今回は部員4人がそれぞれ思い出の児童書を推薦する 500字程度の文章を書き、それを基に発表を行い、それを聞いて参加者同士でディスカッション形式で感想を述べあった。大人になっても読む価値のある、えりすぐりの児童書1冊+3シリーズを紹介する。(構成・村川悠)

 

参加者

丸山莉歩(3年)『日曜日の王国』を紹介

堀添秀太(2年)『獣の王者』シリーズを紹介

本田舞花(2年)『三国志』シリーズを紹介

高倉仁美(1年)『探偵チームKZ事件ノート』シリーズを紹介

 

『日曜日の王国』 息苦しい日はこの王国へ

 

日向理恵子『日曜日の王国』サクマメイ絵、PHP研究所、税込み1540円

 

 X(旧 Twitter)で創作活動をするアカウントをフォローすると、案外子育てをつぶやく人が多いことに気付く。仕事や家庭のために筆を折った人もいるのだろう。この本を読むと、そんなことを想像してしまう。

 

 日向理恵子『日曜日の王国』(PHP研究所)は、不登校の5年生・繭の話。家から出ない繭の世界は狭い。父は多忙で、繭の不登校に悩む母と2人きりの毎日。珍しく家に1人の日曜日、窓から色とりどりの矢印が見えた。

 

 「日曜日なら……学校へいっていない繭が、家から外へ出たって、ゆるされるかもしれない」。町中の矢印を追った先は<ギャラリー・額装・画材 日曜日舎>。「日曜日にしか生きられない」者のスケッチクラブだった。

 

 不登校の自分を見つめ続けるらせんの日々を生きていた繭は、絵を描くことを通して世界と向き合うことを知る。しかし物語はそこで終わらない。視線を上げれば、誰にも渦巻く思いがある。日曜日舎の常連は、他の曜日には動けない人形、美大進学を夢見る高校生。見えていなかった周囲の一面を知っていく。ラスト、母が名を持つ人間として繭の目に映るとき、物語は再度飛翔する。

 

 悩める子どもやその近くにいる大人、<日曜日舎>に行けず大人になったかつての子どもに薦めたい一冊。

 

高倉 子どもだって精いっぱい考えるし本気で悩むし、生きづらさだって感じる。この本はそんな子どもの一生懸命な感情に寄り添っていて、子どもの頃に出会いたかったなと思いました。自分も児童書を通して子どもなりに自分の内面や環境を見つめ、考えていたなぁと懐かしくなりました。

 

堀添 脇役についての描写も多く、主人公以外にもいろいろスポットライトが当たる作品だと思うのですが、丸山さんが一番好きな人や、初めて読んだ時と今読み返したときに好きな登場人物が変わっていたらそれも聞いてみたいです。

 

丸山 一番好きなのは繭ちゃんのお母さんの陽子さん。初めて読んだのは結構最近だからあまり印象は変わってないんだけど、子育ては大変だなって思う。Xを見ていて、この人もお母さんなんだなっていうことを知るにつけて、陽子さんが本当に救われてほしいなって考えるようになった。

 

本田 最初のXの創作の話が実際この物語にどう関わってくるのかなと思いきや、お母さんの目線の方にかかっていくのがすごく聞いていて面白いと思ったのですが、お母さんの気持ちを描写した部分を読んで、自分の中で変わった部分はありますか?

 

丸山 親にも人生があるんだなっていうのは考えるようになった。私は結構子ども第一でいろんなことを考えるタイプだから、塾の講師とかをしていても子どもの個性がどうかなとか、子どもが保護者との関わりにおいてどんな悩みがあるのかなというのは考えることが多い。実際は保護者にもいろんな悩みがあるんだろうなって考えるようになった。子供とは別に親に達成したい人生の目標とかがあっても良いというか実際にあるし、それは子どもには見えない別の形で現れてることもあるんだろうなって考えるようになったのが大きいかな。

 

『獣の奏者』シリーズ 自由を求めることを描く、王獣が織りなすファンタジー

 

上橋菜穂子『獣の奏者(1)』武本糸会絵、講談社、税込み638円

 

 この物語は、大きなトカゲのような姿で軍用に使役される「闘蛇」と、狼のような顔立ちで、翼を持ち、神聖視されている巨大な「王獣」が存在する世界を描くファンタジーだ。主人公のエリンは好奇心旺盛な少女で、王獣のことを深く知りたいと思い、王獣の世話をする「獣ノ医術師」になることを目指す。その過程で、エリンは傷付いた王獣であるリランと出会い、助けようとする。しかしリランとエリンが心を通じ合わせるにつれて、政治が絡まり、物語は複雑になっていく。エリンとリランがすれ違いながらも少しずつ歩み寄っていく描写も魅力だ。

 

 この作品の魅力はなんといっても、細部まで作り込まれた作品世界である。王獣と闘蛇を筆頭に、細かい設定が作品世界の深いところまで没入させてくれる。だからこそ、そんな世界の謎を解き明かしていくエリンを応援したくなるのだ。また、エリンを含めた登場人物たちは皆それぞれのしがらみに囚われており、そこから逃れ自由に生きようとする姿は思わず応援したくなる。

 

 この作品は複雑な題材を扱っており、設定も多い。しかし、エリンたちが必死に生きる姿を見たくなり、すらすらと読めてしまうのだ。そんな体験をあなたにも味わってほしい。

 

高倉 異世界での展開でありつつ、主人公が自由を愛し、自由を獲得しようとするという共感しやすい設定は多くの子どもが好きなのではないでしょうか。自分の場合は、自分を主人公に重ねたり、主人公を友達のように応援したくなったりしたから好きになるんだなぁと、この本の紹介を通して気付かされました。

 

本田 食事の描写がすごくリアルでおいしそうだったり、差別される部族が出てくるような世界観が本当にありそうなぐらいリアルだったりして私もこの作品がすごく好きなんだけど、堀添くんが好きな描写とか世界観の設定とかはありますか?

 

堀添 エリンが、自分の母親が処刑されて逃げていたところでジョウンという蜂飼いに拾われるんだけど、そこの自然の描写が一番美しいと思う。ご飯はどれだろう?決められない気がする。確かに全部おいしそう。

 

丸山 私もこの作品が好きで、物語の中でエリンとその母親は自由を追い求めていたと思うんだけど、その過程で作品の世界に存在する他の価値観とどういう衝突をするんですか?

 

堀添 王獣っていうのは聖なる獣で、人に慣れなくて、政治的なシンボルでもあるんです。その獣と意思疎通ができるようになるエリンは国家に影響を与えるほど重要な人物になっていきます。それでエリンの周りのしがらみやタブーがどんどん増えていきます。でもそのタブーを破ったらどうなるかが分かってなくて、怒りを覚えてそれらと格闘しながら生きていくっていう理念がとても魅力的だと思います。

 

『三国志』シリーズ 古代中国の英雄譚 勇気を持ち 理想へ向かって突き進め

 

小沢章友『三国志(1) 〜飛龍の巻〜』山田章博絵、講談社、税込み605円

 

 今から約1800年前の古代中国 。悪政に苦しむ民を救うため、3人の男が立ち上がった。皇帝の末裔(まつえい)・劉備(りゅうび)、文武に優れた関羽、豪傑の張飛だ。3人は義兄弟の契りを結び、「生まれた時は違っても、死ぬ時は一緒だ」と誓いを立てる。一方、幼い皇帝を操り悪逆の限りを尽くす軍人・董卓(とうたく)が暗殺され混乱に陥った中国で最初に台頭したのは、若き政治家・曹操。皇帝の権威を利用し権力を強め、南の国「呉」へ攻め入る。劉備たちは呉の指導者・孫権と手を組むが、仲間の多くは曹操軍の強さに恐れをなし、降伏を勧める。圧倒的な強さを誇る曹操軍を、劉備たちはどのように迎え撃つのか。天下分け目の決戦「赤壁の戦い」が始まろうとしていた。

 

 『三国志』シリーズ(講談社青い鳥文庫)は、長編小説『三国志演義』を子ども向けに分かりやすくまとめたものだ。魅力的な英雄たちにきっと夢中になるだろう。どの登場人物も自分なりの正義や使命を持っており、自分の理想のために戦い続ける。困難に立ち向かい、懸命に生きる彼らの姿に胸を打たれ、私は歴史に興味を持っただけでなく、人としてどう生きるべきかを考えるようになった。はるか昔の英雄たちの生き様に、ぜひ触れてみてほしい。

 

高倉 歴史人物を個人として捉え、歴史を物語として楽しめる一番の時期は子どもの頃だったなぁと思わされました。歴史は集団により形成されるものではなく、個人と個人のぶつかり合いの連続だ、と歴史の捉え方も変わるような一冊だと感じました。大人になった今でも読む意義は大いにありそうです。



丸山 やっぱり三国志は長そうだし難しそうで今まで読まなかったんだけど、この文庫版はどのくらい読みやすいんだろう?



本田 文章は一般的な児童文学よりちょっと難しいぐらいですかね。例えば、三兄弟が誓うところは、大人向けの三国志作品だと「我ら天に誓う。我ら生まれた日は違えど死す時は同じ日同じ時を願わん。」と言うんですが、この文庫版だと「俺たちは生まれた時は別々だが、死ぬ時は一緒だ。」って言っていて全然分かりやすさが違います。歴史書とかにはない人間らしさ、ドラマ感があって読みやすいなと思います。



堀添 主人公たち3人は最終的に死んでしまうと思うんだけど、本田さんはこの話はバッドエンドだと思う?



本田 最初に3人は「死ぬ時は一緒だ」って誓うんだけど、結局全員死ぬ時はバラバラなんだよね。戦いが絶えない時代だから主人公たちが最終的に幸せになるのは難しいんだけど、その過程では共に戦って勝利したり、苦難を乗り越えて楽しい時を過ごしたりする場面もある。三国時代は登場人物全体でも幸せになった人はいないし、ハッピーエンドではないけど、全員がその時その時を一生懸命生き抜いたということはこの物語の魅力だと思う。



丸山 本田さんの好きな武将と好きなポイントをお願いします。



本田 私が一番好きな武将は関羽ですね。実際関羽は武力も知恵もあるし人情に厚いです。好きなエピソードを一つ紹介すると、主人公の劉備の軍が負けてしまった時、関羽は敵の大将である曹操の捕虜になるけど、曹操は関羽の力や賢さを買って捕虜なのに配下に入るように誘うとかして丁重に接するんですよね。関羽は曹操の下で武功を上げて厚遇への恩を返してから、400キロ離れた劉備のところに帰ることを宣言します。曹操も関羽の忠誠心に感心してちゃんと解放する。関羽の敵であっても相手を尊重して一度受けた感謝は必ず返す義理堅さが好きだし、人気の理由の一つかなと思います。

 

『探偵チームKZ事件ノート』シリーズ 本好きへと導いた 探偵5人の物語

 

住滝良『探偵チームKZ事件ノート 消えた自転車は知っている』藤本ひとみ原作、駒形絵、講談社、税込み814円

 

 

 小学4年生から小説を読むようになった記者が最初にはまったのは、講談社青い鳥文庫の「探偵チームKZ事件ノート」シリーズ だった。主人公の彩が進学塾で知り合った男子4人と探偵チーム「KZ」を組み、1巻で一つの事件を解決していく物語である。

 

 作中ではチームの5人の個性がはっきり描かれる。冷静沈着だったり感情的だったりお茶目だったり、全員にキャラがある。それぞれが得意な科目や役割を持ち、各メンバーが強みを生かして事件に挑む。事件解決までは調査を通して情報を集め推測していくという単純な運びである。しかし、その過程にはメンバー間のけんかや恋愛感情の芽生えなど、中学ならではの「青春要素」が多く、読み手を飽きさせない。さらに、成績の優劣を巡るコンプレックスや過去の挫折など、登場人物の人間味あふれる内面が描写されることも本作の魅力である。

 

 小学生にも分かりやすいストーリーと共感しやすいシーンがあってこそ生み出されるワクワク感が、本作には詰まっている。このシリーズを読んで記者は、小説に引き込まれ次々とページをめくりたくなる体験をし、今に続く本好きの土壌が作られた。

 

高倉 好きなエピソードは、上杉くんが KZ のリーダーの若武くんと喧嘩する場面です。上杉くんは賢くどのような言葉が相手に刺さるのか分かっているからだと思いますが、口先ではものすごくひどいことを言うんです。ひどすぎて子どもなりに若武くんに感情移入をしてつらく感じた記憶がありますが、そのあと一人になった上杉くんが言いすぎた自分を責める描写があるんです。

 

 小説なのでいろいろな登場人物の目線で多角的に見る必要が必然的に出てきますが、小説に没頭するあまり感情が上下する経験がとても好きでした。

 

丸山 児童書のミステリーには大人の探偵がいることもしばしばですが、KZ シリーズは未成年の彩(アーヤ)たちが中心となって困難を解決していくところがまぶしいなと思います。久々に読み返して、KZ の青春をのぞき見したくなりました。

 

堀添 こういう「少年少女が協力して謎を解く探偵もの」って良いですよね。私も小学生の頃何本も読んで、一時期ミステリーにハマった経験があります。メンバー間の不和も描いているのは珍しいような気がしますが、それが独自の魅力につながっているのだと思います。

 

本田 絵柄がかわいくて引かれますね。メンバーそれぞれのキャラクターが個性的で、「得意な教科がある」といったところが中学生らしくて面白いです。登場人物たちはどのような事件に挑むのか、彼らはそれぞれの得意分野をどのように生かすのか、そしてどんな人間関係が展開されるのか? 読んでみたくなりました!

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