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2019年2月10日

就職を控える東大生へ レールから外れてみる勇気を

 インターネットが浸透した現代、AI技術は社会に大きな影響を与える。そんな時代におけるキャリアの選び方や、求められる学生像とは何だろうか。情報システムの構築・維持を請け負う日本ビジネスシステムズ(JBS)の三浦剛志執行役員と、AI技術に特化したインキュベーション(起業支援)事業を手掛けるDEEPCOREの仁木勝雅代表取締役社長に対談してもらった。(以下敬称略)

 

 

学生と社会との接点重要性明らかに

 

──まずは、お二人の普段の活動についてお聞かせください

三浦 JBSはいわゆるシステムインテグレーターです。マイクロソフトなどのサービスを、日本の銀行や商社など大手法人に導入してIT活用を進めています。私自身はメーカーとの年間事業計画の策定に携わる他、経営企画の責任者として、グループ全体の経営方針の策定も行っています。

 

仁木 DEEPCOREの事業責任者として、インキュベーション施設KERNEL HONGO(以下KERNEL)の運営と、ベンチャーキャピタルファンドの運営を行っています。KERNELでは技術者たちを起業家に育成する取り組みを、ファンドではAI技術を用いるスタートアップを中心として、海外ベースの企業4社を含めた13社に投資をしています。この二つの活動を通じて、AI、特にディープラーニング領域の起業家の支援・育成を目指しています。

 

KERNEL HONGOのラウンジ。開放感に満ちあふれている(写真はDEEPCORE提供)

 

三浦 JBSとDEEPCOREの関係としては、DEEPCOREのファンドにJBSが出資しています。同じITに携わりつつも、かたや大手企業相手、かたや学生や若い起業家相手と全く違う角度で仕事をしており、普通に仕事をしていれば接点はありませんでした。だからこそ、あえて両方に関わりながら、これからの関係性を発展させていけば面白くなるのではないかと考えています。

 

仁木 学生の場合、企業がどのような視点を持って動いているか、企業が実際にどのような課題を抱えているか、どうしても見えにくいと思います。将来的には、JBSをはじめ関係先の企業側の視点を学生メンバーたちに伝えていきたいと考えています。

 

三浦 学生時代の友人には大学の教授となった人も多いのですが、その中の一人が、研究の社会的意義や目的を考えずに研究している学生が増えていることを嘆いていました。そんな現状だからこそ、仁木さんが言うような、学生と社会との接点を作ることには大いに意義があると思いますし、協力していきたいと思っています。

 

仁木 勝雅(にき・かつまさ)さん
(株式会社ディープコア 代表取締役社長)
 2016年まで、ソフトバンクグループの投資部門責任者として、国内外のさまざまなステージの投資案件を担当。ボーダフォン日本法人やSprintなどの大型M&Aや、海外のテクノロジー企業やスタートアップへの出資に携わり、国内外の企業において取締役を務める。また国内外の複数のVC(ベンチャーキャピタル、主にベンチャー企業への出資を行う)で投資委員を歴任。現在、AI特化型インキュベーター兼VCであるDEEPCOREの代表取締役社長として、スタートアップ支援を行っている。

 

──そもそも、AI技術は社会にどのような影響を与えるのでしょうか

三浦 これまで社会の枠組みを決めるのは法律、経済だという風潮がありました。しかし最近では社会の枠組みを下支えするITの役割が大きくなりつつあります。現金決済が多いといわれる日本でも、実際にやり取りされるお金はほとんどがシステム上の仮想のお金です。法律や金銭に代わってITそのものが社会の基盤となりつつある時代となる中で、AI技術も新たに社会の基盤を構成する要素になっていくと思います。

 

仁木 DEEPCOREの技術顧問である松尾豊特任准教授(工学系研究科)は、インターネットが社会を裏から支え、生活の基盤となる汎用(はんよう)目的技術となったように、AI技術も人々の生活になくてはならないものになるだろうと言っています。

 

三浦 インターネットやスマートフォンがまだなかった時代や、それらが登場した時の衝撃をよく知らない今の学生世代と、自分たち世代との考え方の違いは本当に大きいですね。

 

仁木 CtoCビジネス(インターネットを介して消費者同士が取り引きをする)の台頭は、インターネットとスマートフォン抜きでは想像もできませんからね。

 

技術を生かした起業も社会貢献につながる

 

──ではKERNELから社会に、どのような影響を与えたいと考えていますか

仁木 日本の起業家を増やしたいと考えています。日本でも昔から起業家はいましたが、数は十分増えていません。マイクロソフトやグーグル、アップルなど技術者が起業して成功した例が海外には多くあるのに、日本では近年、技術者が起業という道を選ぶことはほとんどありません。こうした現状を変えたいと考えていますが、起業を呼び掛けるだけでは社会は変わりません。そのため、技術を使って社会でイノベーションを起こしたいという思いを持った人たちを起業家に育成するコミュニティとして、KERNELを創りました。

 

三浦 私が就活をしたのは1991年でしたが、当時、進路を考えたときに起業という選択肢は基本的にありませんでした。私が卒業した工学部電気電子工学科の就職先を見ると、2014年ごろまで、大手電機メーカーや通信会社など、自分が就職した頃と変わらない顔ぶれが並んでいました。しかし、最近ではヤフーやグリーなどに加え、自分が名前も知らないようなベンチャー企業も就職先として出てきています。これからは進路の選択肢として起業を選ぶ人も増えていくのではないでしょうか。

 

仁木 将来の選択肢の一つとして、起業があってもいいですよね。企業に入ってもやりたいことをやれるとは限りません。自分がやりたいことをやろうとした結果「消極的に」起業という道を選択した人も何人かKERNELにいます。彼らは「何が何でも起業」と言って起業する人たちとは対照的な存在ですが、自分でいろいろな選択肢を比較して選ぶなら、それも一つなのではないかと思います。

 

三浦 ノブレス・オブリージュじゃないけど、社会的、能力的に恵まれている東大生は、自らの能力を社会に還元していく意識が必要だと思います。社会貢献の選択肢としては、昔は官僚が有力でしたが、今は起業しても社会に大きな影響を与えられる時代になったので、道は一つじゃないと思います。

 

三浦 剛志(みうら・たけし)さん
(日本ビジネスシステムズ株式会社 執行役員)
 伊藤忠商事宇宙情報部門に入社後、国際デジタル通信、Cable&Wireless IDCでサービス企画や経営管理に従事。改称したソフトバンクIDC(現IDCフロンティア)時代には取締役を務めた。ソフトバンクグループのAboveNet Japan(データセンターサービス)代表取締役社長を経て、現在は日本ビジネスシステムズの執行役員を務める他、DEEPCOREのAdvisorも務める。

 

──本郷を拠点に選んだ理由は何でしょうか

仁木 オンラインでオフィスを作ることも可能ですが、やはり現実世界に集まる場所がないと化学反応が起こらないと考え、優秀な人材が集まりやすい本郷を選びました。日本にスタートアップを増やしたい、という思いが根底にあるため、KERNELを本郷だけにとどめるつもりはなく、技術系の人材が豊富で起業の後押しをできそうな場所であればオフィスを展開するつもりでいます。

 

三浦 東大は学部の種類が多く、多様性が確保できているのがいいですよね。

 

仁木 KERNELにも東大の学生が多く参加してくれていて、東大の10学部中、9学部の学生が所属しています。一つの道に縛られず早めに変化の体験を──学生に期待することは何かありますか

 

三浦 人と違うことをするのを恐れないでほしいですね。東大生は基本的にプライドが高く、本質的に一人で取り組むものである勉強に励んできたため、協調性に欠ける人が多いと思っています。自分も含めて(笑)。

 だからこそ、チームワークが求められる大手企業にこだわることなく、自分の性質を理解して生かしていくことが必要なのではないでしょうか。ベンチャーを支援していた濱田純一前総長がホームカミングデーに主催した、起業家を集めたパネルディスカッションで、ある登壇者が「東大生は失敗しても食いっぱぐれることはないので、リスクを取らない手はない」と言っていたのが印象的でした。

 

仁木 私は一つのキャリアにとらわれてほしくないと思っています。どのような道を選んだとしても、自分の選んだ道に縛られる必要はありません。三浦さんの意見とは違うのですが、自分が周りと違うからこそ、周りの人を理解し、歩調を合わせることが大事だと思っています。

 

三浦 私が東大に入った1987年は、東大と京都大学の入試が別の日に行われたため、例年以上に関西から学生が集まり、大学の多様性が確保されていました。しかし、現在は主に関東の中高一貫の男子校出身者が多くを占める、画一的な空間となりつつあります。これまで乗ってきたレールから外れることを恐れないでほしいですね。

 

仁木 KERNELにはAIエンジニアやさまざまな専門領域を持つメンバーが多く、多様なバックグラウンドを持つ社会人や学生の交流の場となっています。中には、一度休学して、やりたいことを追及した経験を持つメンバーもいますね。

 

 

──では最後に、レールから外れることを恐れる学生にメッセージをお願いします

 

三浦 若いうちに変化を体験しておかないと、将来変化を恐れるようになってしまいます。早い段階でいろいろな変化を体験しておくのが大事ではないでしょうか。

 

仁木 海外に行けば、全く違うメンタリティーで行動する人々を見ることができます。そういう意味では海外に出るだけでも大きな経験かもしれません。KERNELも多様な人々との交流の場という機能を果たしていきたいです。

 

(取材・中井健太、撮影・小田泰成)

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